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一抹

(一抹)
安心なんて一生ない




あたしは、とある軍の…とある武士に仕える忍に恋をした。戦国の世、あたし達が出会う事の方が有り得ない話だった。だけど出会った…そして、あたし達は数度の逢瀬を重ねて、二度と会う事はなかった。


『あ…佐助からメール……』


佐助は覚えている筈がない。彼の昔、自分が幸村君に仕えていた忍であった事なんて。あたしだって朧気に記憶があるぐらい。だけど出会った瞬間に、ビデオの早送りのように蘇った記憶。あたしは平民で佐助は忍…逢瀬を重ねた後、彼に会う事はなかった。戦が終わるまで待ち続けたけれど、彼は戻って来なかった。


『何々…明日はサンドイッチが食べたい…と。了解しましたよー…』


だからだろうか、佐助からのメールは何故だか安心する。たった一行のメールであっても彼が携帯を手に持っていて、生きている事を教えてくれるから。毎日じゃなくても良いし、数日置きのメールでも構わない。だけど毎日問い合わせてしまう、まるでそれがあたしの日課のように。


『この不安はいつか消えるのかな…』


そんな日が来ない事は知っている。例え平和な世であっても、いつかまたあたし達は離れ離れになってしまう日が来るかもしれない。佐助が消えてしまうのか、あたしが消えてしまうのか…そんな事は分からないけれど、佐助とあたしを繋ぐ糸が途切れてしまう日が来るかもしれない。


佐助が住む家の方向を窓から見ようとして空を見上げれば紅い月。あたしはいつかもこうして空を見上げた。いつか、月の光を背負って、会う事の出来なかった日々なんて何ともないと言わんばかりに笑う佐助が、あたしの元へ降りて来てくれるのではないかと微かな期待を込めて空を見上げた。


『だけど、…ね…』


だけどそんな日は来なかった。だからこそ、期待した。叶わない願いだったとしても、毎夜願った。


佐助に会いたい。会いに行きたい…


『はいはーい、どしたのなまえ。ちょっと今手が離せなくってさ』


気付いたら受話器越しに佐助の声が聞こえて、一瞬で我に返った。不安な気持ちがあたしの手を勝手に動かして、知らない内に佐助の携帯に電話を掛けてしまっていた。


『あ、…えっと…』


勿論何か話したかった訳ではないあたしは、突然聞こえた佐助の声に思わず声を失う。何か話さなければとは思うけれど、焦れば焦る程に会話と呼べる話題は尽く頭から消滅して、言葉にならない呻きの様な声が出てしまう。


『おーい、なまえちゃーん。何か言ってくれないと俺様困っちゃうよ』


『ご、ごめん…気付いたら電話掛けてた』


上手く言葉が出てくれないから、つい本当の事を言ってしまえば受話器の奥から聞こえたのは少し呆れたように笑う、佐助のくぐもった声。そりゃあそうだ、気付いたら電話掛けてたなんて無意識も良いところ、単なる変質者だ。だけど後悔するあたしの耳に届いたのは意外な言葉。


『じゃあ、急に俺様が会いに行っても大丈夫な訳だ』


『え……あっ』


ふと声が近くなったような気がして、顔を上げれば窓枠に器用に足を掛けて、こちらへ手を振る佐助が見える。


いつかの、遠い昔も…佐助はこうして突然現れた。突然現れては突然消えてしまう。それは、いつ死ぬか分からない、戦場に身を置く彼なりのあたしに対する優しさだったのだろう。いつか、本当に会えなくなってしまう日が来た時に、あたしが少しでも佐助が生きていると信じる事が出来るように…


『やっぱりメールより電話、電話より直接会うのが一番だね』


なんて、お構い無しに窓を越えてあたしの前に立つ彼は昔と何も変わらない。変わったといえば時代が変わった事と、彼が忍ではない一般人だという事。時代が変われば明日を夢見る気持ちも意外と安易に持ててしまう訳で、佐助がいれば不安だって一瞬。勿論、完全に消えた訳ではなく、多少は残るけれども。それでも昔とは違う、確かな距離と確かな安心があった。


『どう、安心した』


『うん……安心した。凄く、凄く…』


どうして人というのは、大切な人が傍にいるだけでこれ程までに安心してしまうのだろう。過去の結末を知るあたしだからこそ、そう思うのかもしれない。だけど今は過去なんかじゃない、未来を願う事の出来る今にあたし達は互いに存在しているのだから。


『あたしから、ずっとずっと…離れないでね』


背中に手を回せば、彼が永い悪夢から助け出してくれるような、そんな気がした…



















(一抹の不安は消えないけれど)


それ以上の安心をくれる、彼が居るから…



















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100809めぐ
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あきゅろす。
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