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一回転して元通り

つまりはそういう事




右頬に食らった痛みを苦笑いに変え、隣に在るべき熱が引いてしまった事に佐助は大きく溜め息を吐いた。何故この様な虚無感に苛まれなければならないのか、明らかに自分が招いた事であったし悪気も其れなりにはあった。当然と言えば当然である彼女の態度にまたやってしまったと何度後悔したとしても癖は治りはしない。溜め息と共に顔を上げれば背後に感じる気配…恐らくなまえと同程度見慣れた存在に、佐助はゆるゆると片手を上げた


『佐助、先程なまえ殿が凄い大股で某の横を通ったぞ』


声の主は幸村であり、数瞬なまえが戻って来てくれたのかと抱いた淡い期待は見事玉砕、元より有り得ないと考えていただけに多少失望感は薄れるものの矢張り抱いた期待に薄れた筈の失望感が倍となって伸し掛かる


『あーうん、なんか怒らせちゃったみたい』


『怒らせた…佐助にしては珍しい』


まるで他人事の様に言葉を吐く。佐助にしてみれば他人事で済むに越した事はないのだが現実は他人事ではなく己が当事者。幾ら他人事の様に笑ったとしても変わらない事実に溜め息は止む事なく溢れ、吐き出した溜め息が雲になっているのかとさえ思えた


『や、だってさ、怒った顔も可愛いから』


『…お主、最低でござるな』


自分でも最低な癖である事は重々承知、怒る顔を見たいが為に態となまえを怒らせる言葉を投げてしまうのは無意識ではなく、意識的という辺り質が悪い。それを敢えて幸村に言われてしまえば


『旦那にもいつか分かるよ』


自分勝手に傷付きながらもそう返す事で認めたくない性癖を隠し通した。



謝るべきなのだと分かっている…正確に言えば分かっていた。怒りに任せて突き放してくれたら良いと考えていた佐助にとって、校門前で俯き加減に立つなまえは、何があっても決して自分を突き放しはしないだろうとどこからか自信を湧かせるもの。驚きよりも確信を与える程に、自分の到着を待つなまえの姿を見ては場違いに口許が緩む。


『なまえ、』


手を肩より上に上げて名前を呼べば、佐助に気付いたなまえは見向きもせずに歩き出す。無視されてしまう事は予め予想出来ていた。いつもより速い歩速で歩くなまえに相変わらず緩む口許を抑え、沸々と沸き上がる性癖を隠して隣に並んで見せるも、なまえは依然として俯き加減に歩みを進めた。


『なまえちゃんってば、まだ怒ってんの』


謝らなければと思う心とは正反対に出てしまう、佐助の癖。人を心底馬鹿にする様な態度は、なまえの神経を逆撫でするには十分であり、勢い良くなまえが自分の方へ向く姿さえも愛おしく、その表情に肩が震える程満たされる欲求を自覚する。


『…佐助は何でも出来るもんね。料理だってスポーツだって何だってあたしより出来るもん』


『まァ…否定はしないけどさ』


もっと怒り狂えば良い、向けられるなまえの怒りが全て自分へと向けられれば…自覚のある性癖は佐助の内側で更なる欲求を求め鳴り響く。その怒りが自分への嫉妬であればある程佐助に心地好い快楽を与える事などなまえは気付きもしない。態とらしく笑えばなまえは怒りに悲しみを織り交ぜた様な表情を浮かべ


『どうせあたしは彼氏の為に作ったケーキが半生ですよーっだッ』


口を尖らせ拗ねた表情へと変わらせた。元よりなまえの怒りの原点はそこにある。調理実習で作ったプチケーキを彼氏である佐助に届けたまではなまえの怒り自体存在しなかった。同じオーブンで焼いたプチケーキは皆中までふっくらと焼けており、佐助に渡せば喜んで貰えると算段していた。それなのにプチケーキを口にした佐助からの一言は思いも因らぬ程に酷く馬鹿にされた言葉であったため、今に至る。


『拗ねない拗ねない』


『拗ねてないっ、怒ってんの…ッ』


わしゃわしゃと乱雑になまえの頭を撫でれば乱れる髪を懸命に直すなまえが佐助を睨み上げる。逆効果以上、佐助にとってはなまえの笑顔よりもそそる、頬を赤く染めて怒りに潤んだ瞳は少しばかり物足りない気もしたが十分な満足感を与えた。


『そんな顔されたら、誘ってるとしか思えないよ』


『なんてプラス思考…っ』


まるで何を言っても通用しない佐助の態度に心底呆れた表情を浮かべ、嫌味たっぷりになまえは溜め息を吐く。怒りを通り越して呆れるまでになってしまったなまえを見て、タイミングを計るかの様に佐助は穏やかな笑みを作るとなまえを見下し、


『愛情たっぷりで美味しかったぜ』


なまえの頬に手を添えてそう言った。なまえは佐助の甘い言葉に弱い…突き放される事に快楽を覚える佐助とは違い、甘くとろける雰囲気に酔い痴れる普通の女子と何ら変わりのない彼女。違うところと言えば怒る顔に魅力を感じる曲がった自分が彼氏な事だろうと自身を嘲笑い、穏やかな笑みを崩さないままなまえを見れば、なまえは不安気に佐助を見上げゆっくりと口を開く。


『ほ、本当に美味しかった…』


『そりゃあもう、愛情は最高の隠し味ってね』


なまえの作ったケーキは決して生焼けではなく、ふっくらとした綺麗な仕上がりだった。唯、佐助の言葉に翻弄されただけ。申し訳ないと思う反面、自分の欲求を満たす為に吐いた嘘に関して予想通りの反応を見せたなまえに満足した自分もいる。


『嘘だァ…』


『今俺様にキスしたら目茶苦茶甘いぜ』


一方のなまえが疑い深い眼差しを佐助に見せるので、もう一言…甘い言葉と共に唇を寄せればなまえは納得のいかない表情を浮かべながらも緩やかに笑い


『もう…佐助は狡いよ』


佐助の胸に顔を埋める事で全て許せるのだと痛感した


















(悔しいけど、それが幸せ)


そんな彼が大好きなんです





(一回転して元通り)


















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100120めぐ(100316訂正)
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あきゅろす。
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