つみつくり
気付いてしまった、禁断の想い。
ぼんやりとしていただけならば良かった。出来る事ならばぼんやりとしている事すらも気のせいだったのならば…
『…の……なまえ殿っ』
『え……あ、幸村様…』
朝起きた時から身体が重く、思うように動かない。お陰で本日の仕事は半分も終わらず、更には幸村様が声を掛けて下さった事にも気づかず…本当に困ってしまった。
『どうされたのだ、なまえ殿』
『い、いえ…申し訳ございません、少しばかり考え事を…』
上手く取り繕う事が出来たのかも分からず、取り敢えず笑って見せる。体調が悪い程笑っていなければいけないような…そんな気がした
『余り無理されるな。顔色が悪いでござる』
『は…はい…』
寒気と頭痛と目眩…恐らく風邪の引き始め。早く洗濯を終わらせなければ夕餉の支度に間に合わない…それなのにまるで宙に浮いているかの様に身体が揺れてしまう。
『あ…』
『なまえ殿…っ』
ひらり、布が一枚風に吹かれてしまい、反射的に手を伸ばせば思いの外身体が傾く
ああ、倒れてしまう…
頭で理解出来ても身体は言う事を聞かず、青い空が真上に見えた
『……う…』
次に見えたのは木板を並べた天井…。気を失ってしまったのか、眠ったお陰で少し身体が軽くなったような気もする
『なまえ殿、目を覚まされたか』
『っ…ゆ、幸村様…ッ』
驚いた、その一言で済む訳がない。私が布団に横たわり、その横に幸村様が座っておられるなんて…
『も、申し訳ござ……っうう…』
段々と覚醒する頭で理解出来た事は恐らく私は殿方に、恐れ多くも幸村様に寝室まで運ばれた事。起き上がろうと腕に力を入れるが敢え無くぐらりと視界が揺らいでしまった
『っと、急に起き上がってはならぬ。今はゆっくり休まれよ』
『いえ、あの…まだ夕餉の支度も済んで…』
言おうとして、障子の奥がやけに暗い事に気が付いてしまう。
『夕餉は済ました。他の女中に佐助が知らせてくれたのでな』
『それではもしかして幸村様…』
幸村様は唯穏やかに頷いた。そう、幸村様は気を失って倒れた私を運んで下さっただけでなく今の今まで付き添って下さった…
『看病も他の女中が申し出てくれたのだが…その、』
言い掛けた言葉を最後まで聞きたいと思う気持ちと、聞いてはならない気持ちが交錯する。高が女中である私にまで気を回して下さる幸村様のお気持ちは嬉しいけれど私と幸村様では身分の差が大き過ぎる…
『いけません、幸村様…』
『な、何とっ…まだ具合が…』
優し過ぎる…
貴方様の優しさは私を、私の気持ちを膨らませてしまうのです。私が幾ら幸村様を想おうとも、決して叶う事はないのです。
『どうか皆様の…信玄様の所へお戻り下さい…私は大丈夫ですので』
『しかし…っ』
貴方様は私の看病などされてはいけない。病は気を弱らせてしまう…これ以上幸村様が私の傍にいては私は、
『せめて、そなたが再び眠りに就くまで…』
何故貴方様はそれ程迄に唯の女中である私を
何故、そのように切ない目をされるのですか…
『幸村様…あの…』
私は気付いているのかもしれない。自惚れで済めば、熱に浮された頭の戯れ事ならばまだ救いようがあったかもしれない…
『そなたの傍に、某をおいては頂けぬか』
私が今、手を伸ばせば貴方は…
『幸村様のお言葉とあれば…私は断れません…』
貴方が伸ばした手を、私には拒絶する事は出来ません…
(優しい命令)
握られた手は焔よりも熱い
(つみつくり)
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091210めぐ(100316訂正)
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