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発作(大学生パロ)

 銀さんと土方さんが結婚する話。
『奇癖』続編









 幼馴染みの銀時が、夜中に突然電話してきた。こっちは爆睡中だったので半分夢の中みたいなかんじでやっと電話に出た。

『アルバムがない』

 切羽詰まった声ではあったように思う。

「明日じゃダメなのか」
『大事なヤツなんだよ。部屋中片付けたんだけど、ない』

 ああ、年に一回あるかないかの発作みたいなのが始まったようだ。

 俺の幼馴染みは、俺の記憶にある限り片付けという物が大の苦手だった。考えてみれば小学校の頃から道具箱の中がしっちゃかめっちゃかで、よくおばさんや先生に怒られていたと思う。本人はすべての位置を覚えているつもりらしいが、傍から見ればそうでもない。始終物を探しているような印象だ。
 そんな銀時だが、ある日突然やる気を起こすことがある。それはもう、発作じゃないかと思うくらい唐突で、徹底していた。銀時が片付け中の部屋には入れない。日頃の神経質っぷりに拍車が掛かっていて、足を踏み入れようにもその足の置き場まで指定される始末。
 手伝おうとすると本人も困った顔になる。すべての計画と設計図は銀時の頭の中にある訳だが、それを他人に伝えることができないらしい。整理するだけでなく、整理する過程さえ銀時のプランに沿わないと気分が悪いのだそうだ。まったく厄介な性分だと思う。
 初めは手伝ってやろうとしたこともあったけれど、それをやると喧嘩になるってことがわかったから、もう口出しはしないと決めている。


『十四郎、よく思い出して。黒い表紙の、わりと小さめの』
「なあ……明日にしようぜ」
『明日っつか、もう今日だけど。お前俺んちの物の在り処、よく知ってるから』
「知らねーよ、おまえすぐ置き場変えるし散らかすし。それより眠いんだけど」
『……泊まりに行ってもいいか』
「はあ!? 今何時だと思って……」
『バイクで行く。あ、近くなったら押してくから、音は大丈夫』
「音なんか気にしなくていいけど、寝ちまうぞ? 鍵開けられねえかもしんねえし」
『待ってて。すぐ行くから』

 眠くて頭が回らない。言い争いをしてるこの時間が惜しい。仕方なく折れて、ただし鍵は開けとかないから次に電話に出なかったら諦めろと焼けくそで言い放ち、俺は再び睡眠を貪るべく布団に潜った。
 薄れる意識の中で、ああひょっとして銀時がこっちに引っ越したとき、片付けに時間がかかるしその間に失くしたら困るから、と言って俺んとこに一個だけ小さな段ボールを預けたな、なんて思い出してしまった。天袋の右、開けて手前に置いてある。忘れてた。天袋なんて引っ越してきて以来ほとんど開けたことがない。
 そうなると眠気が後退したような気がする。いや、確実に眠い。眠いのに、確かめずにはいられない。絶対にあそこに置いてあるはずだ。でも、万が一違ったら。そのときは探せばいいんだが、たった今、俺の記憶が正しいかどうか確かめたい。
 布団の中は程よく温まっているし眠くないわけでもない。なぜ布団を出る必要があるのか、自分でもわからない。わかっているのは、『確かめないまま眠ってしまうと気分が悪くて、最悪夢に出てくる』ことだ。
 銀時から預かった箱は、間違いなくあった。どうせ銀時がもうすぐ来るから、それまで待っていてやろう。だが銀時の探し物は本当にこの中にあるのだろうか。

(こん中じゃなきゃ、どこだ)

 俺が預かったものといえば、この箱と……他にあっただろうか。
 銀時は部屋を散らかすくせに、人に物を貸さない。借りない。責任が持てなくて怖いんだそうだ。貸すくらいならやる。返す自信がないから借りない。そう言っていた。高校のときはよく俺の部屋で漫画を読み、続きが読みたくてのたうち回りながら帰って行った。銀時の部屋なら俺が行ったときに勝手に回収していくから、持ってっていいぞ、と言っても頑なに持って帰らなかった。
 だから銀時が俺に物を預けるのは滅多にないことだし、この段ボールのときも驚いたくらいだ。他に預かったものなんかあったら、忘れるはずがない。

 銀時の部屋は? 見落としがあるのではないか。だが今それについて言及するのはタブーだ。片付け方に口を出してはいけない。

 携帯のバイブが布団の上でぶーぶーいってる。着信は銀時だ。玄関を開けると、銀髪頭が息を弾ませてふわふわ揺れていた。

「引っ越しのときのアレか? そんくらいしか思いつかねえぞ」
「それだ。絶対そうだ」
「じゃ、開けてみろよ。俺は寝る」

 眠りに落ちる間際に聞いたのは、銀時の嬉しい悲鳴と安堵のため息だった。

 片付けが終わった銀時の部屋に行ってみた。別人の部屋だ。床にはチリひとつなく、服もきっちりしまわれている。ベッドは皺ひとつないシーツに包まれているし、ゴミは粗方出し終わったようだ。
 これがいつまでも続けばいいと思うのに、何かが足りない。俺が手持ち無沙汰なのだ。銀時に物の在り処を聞かれることもない。掃除をしたくてウズウズすることもない。
 いいことの、はずなのに。

 その翌年、銀時は突然部屋を引き払った。
 何も聞かされていなかった。あれから銀時の部屋はまた散らかったり片付いたり、忙しかった。『片付け発作』が複数回来たことは、俺と銀時の長いつき合いの中でも特筆すべきことだった。でも相変わらず俺が手出しすると不機嫌になって、いちいちアレはどうした、コレはどこへやったと文句言っていて、俺は腹を立てながらもこれがずっと続くものだと思い込んでいた。

 だから、本当に不意打ちだったんだ。


『ごめんな。留学することになって』

 銀時がいないと気づいたのは、なんと銀時が海を越えた地から電話してきたときだった。

「ひと言あってもいいだろ……! 今どこにいんだ」
『ニューヨーク』

 これが二十年近く一緒に過ごしてきたヤツに対する仕打ちか。世話を焼かせるだけ焼かせて、理不尽な怒られ方をして、その挙げ句、これか。

「わかった。こっちァもう夜だから。俺、寝るわ」
『怒ってる?』
「テメーが怒らせるようなことしたんなら、そうじゃねえの」
『ごめん。電話する。メールも』
「あっそ。アリガトな」
『……ごめん』

 言葉通り、銀時はほとんど毎日メールをくれた。今日はこんなことを勉強したとか、こんな物を食べたとか。甘味は日本のほうが美味い、でもケーキのサイズは半端ないとか。銀髪はアメリカでも目立つからすぐ覚えられたとか。
 それを読むのは楽しみでもあり、また寂しくもあった。彼が専門分野の研究のために留学したことは明らかだったが、取り残された感は消えなかった。俺はなかなか返信しなかった。できなかったのだ。こちらは変わりばえしない、と、そのひと言で済んでしまうから。
 電話には最初のとき以来、一度も出なかった。銀時の声を聞いて、充実した生活を送っていることを耳で確かめ、俺は要らないと思い知るのが怖かった。こんなに離れてしまっては、俺はお前の世話を焼くこともできない。余計なことをと不機嫌にさせることも。それが寂しい。お前はそう思わなくても。そんな女々しい泣き言を、留学中のあいつに知られてはならなかった。



『郵便送ったから、絶対見て。見たら絶対電話くれ』


 一年経ったころ、銀時からいつものメールがきた。いつもとほんの少し変わった文面で。
 メールのやり取りは相変わらず続けていた。銀時が送ってくるのがほとんどで、俺はやっぱり滅多に返せなかった。電話にも出なかったし、銀時もそれはすぐに理解して、電話はしてこなくなった。
 それでもこのとき俺は、わかった、と返信したのだ。
 こんなに長いこと話していなかったから、銀時の声をそのうち忘れてしまいそうだ。自分にはそう言い聞かせた。
 もちろん真意は違う。
 いい加減、吹っ切ろう。
 諦めとともに決心したからだ。銀時は俺に恋愛感情を持っていない。持っているのではないかと錯覚した時期もあったけれど、一度だって言葉にしたことはない。俺が、一方的に、焦がれていただけ。もう銀時を解放しなければ。

 大層な決心をして、銀時からの封筒を震える手で開いて、そこにニューヨーク行きの航空券が入っているのを見た途端、涙腺は遠慮なく緩んだ。
 会いたい。
 お前も、そう思ってくれるのか?
 思い切って電話を掛けた。数コールで応答があった。

『十四郎?』
「……うん」
『良かった! こっちからしようかとも思ったんだけど、お前嫌がるかなって』
「……うん、」
『チケット見た?』
「うん」
『来てくれる?』
「うん……ッ」

 ろくな返事はできなかったけど、日時の確認や必要な手続きを全部教わって、会わなかった一年より、もうすぐ会えるまでの数日間のほうが長く思えて、そっちに行ったらあれがしたい、これも見たい、銀時が言ってた大味のケーキを食ってみたい、とガキみたいにせがんで、

『十四郎は英語できるんだっけ』

 さりげなく聞き出されたことに気づかなかった。




 空港まで迎えに行く、東洋人はただでさえ若く見られるのに十四郎はもっと若く見られちまうから、絶対に動くな、誰にもついて行くな、英語がわからないフリをしろと言われた。
 実際はそんな心配は不要だった。世界中どこでもあの銀髪はひと目でわかった。一年前と変わらない、緩い笑みと紅い瞳で銀時は駆け寄ってきた。

「ダークスーツ持ってきた?」
「あ? ああ、持ってきたけど。今要るのか?」
「今すぐじゃないけど。午後イチで使う」
「……時差でおかしいんだけど」
「そうか、ちょっと寝てく? 俺の部屋で」

 銀時に連れられて行ったのは、いわゆるシェアハウスのようなものなんだろう。様々な国籍の若者がいて、みんな銀時に笑いかけ、俺に挨拶してくれた。

「今日お前がくるって言っといたから。楽しみにしてたみたい」
「お前の部屋は?」
「俺だけの部屋じゃねえんだ。慣れれば居心地いいんだけど。でも、すぐ寝るだろ?」
「……え、」
「気になる? 相方には断ってあるから大丈夫だよ、寝てても」
「ほんとにお前が使ってんのか?」

 疑いたくなるほど、そのスペースは小綺麗に片付いていた。そして、ああ、俺じゃない誰かがこいつの世話を焼いて、まめに片付けたりしてやってるんだろうな、と思ったら一気に鉛を飲んだみたいに心が重くなった。
 なのに銀時は言うのだ。

「みんなで使うスペースだから。それに、俺が散らかしてると『日本人は』って言われちまうからさ。少し気をつけてる」

 でも十四郎は気にしなくていいよ。だいたいお前は神経質にお片づけするから、みんなびっくりすんぞ。
 銀時は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。それとも、嫌か、と。
 安心した途端、疲れがドッと出た。起こしてあげるからという銀時の声と、髪を撫でる優しい手の感触に、たちまち俺は眠りに引き込まれた。

 ほんの一時間眠ったところで起こされた。これから出かけるという。

「パスポート持った? 金は? スーツは?」

 銀時は矢継ぎ早に確認してきた。頷くと、車に押し込まれた。銀時の友達が一斉に囃し立てる。銀時も笑いながら怒鳴り返した。

「幸運を祈るって?」
「信じるカミサマがちげーんだよって言ってやった」
「どこ行くんだ」
「ちょっと遠出して、国境超えまーす」

 それから銀時はあまり喋らなかった。それでも銀時の隣に座っていられることが嬉しくて、満たされて、俺はこいつがどんな一生を歩もうとも、ずっとこいつを好きなままなんだろうと納得した。
 諦めるなんて、端からできっこなかったのだ。

 国境が見えてきて、カナダに入るつもりなんだと理解した。銀時がきっぱり『観光』と言い切ったので俺も従った。

「名所なのか、ここ」
「綺麗だろ。俺が気に入っただけなんだけど」

 早く着替えろ、と銀時が急かす。車の中であちこちぶつけ、互いに譲れと文句を言いながら着替えを済ませる。

「なんか、あんのか」
「……いいから。早く」

 銀時はいきなり俺の手を握り、その建物へ引っ張った。銀時の手が汗ばんでいて、珍しいなと思った。

「あのさ、ここで言うのもなんだけど」

 銀時は前を見つめながら言うのだ。

「きったねえ部屋、いつも片付けてくれてありがとな」
「? おう、」
「せっかく片付けてくれてんのに文句ばっか言ってごめん」
「おう。そうだな」
「あのアルバム失くしたとき、もうこんな思いは絶対したくないと思った」
「あ? なんだ、あんなことか」
「俺にとっちゃ大事なモンだったんだ。お前に預けとけば安心って思うあまり忘れちまってた。死ぬかと思った」
「大袈裟だな」
「あれ、お前と俺の写真なんだ」
「……え」
「ガキのころから。いろんな行事も。中坊ンときも、高校ンときも、大学生になっても。一緒に撮った写真は全部、あれにしまってある」
「……」
「いくらページ増やせるアルバムっつっても、もう限界だった」
「……」
「あれ以上、増やせない。だから」

 扉の前で銀時はそっと俺の両手を握って、額に押し当てた。


「これからは一生、お前が整理して、アルバム作ってください。あと部屋も片付けてください」
「……」
「一年練習した。お前に迷惑掛けないように。それでも十四郎から見ればだらしないだろうけど」


 教会の入り口でプロポーズするなんて、どんだけ行き当たりばったりなんだ。どんだけ俺に気を揉ませて、自分勝手に事を進めて、

「やってやるに決まってんだろ……」

 涙が止まらない。

 銀時が珍しくきっちり畳んだハンカチで、拭ってくれた。そして銀時は右手を差し出し、改めて俺の手を取る。

 扉が開いた。


「お前の物は、一生俺が管理してやる。安心して散らかせ」


 こっそり囁くと、銀髪がふわふわと揺れて、



 愛しい人は極上の笑みを浮かべた。




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結婚式がよくわからないので、途中終了!
銀さんは、土方くんが
「健やかなるときも、病めるときも」
ってヤツを英語で聞き取れるかな?って
心配したようです。
リクエストありがとうございました!


 

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