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その前提は正しいか

 銀←土でなんやかんやでくっつくまで。








 最近俺の身辺が微妙におかしい。

 いや、俺だっていくらなんでも自意識過剰じゃねーの? って思って新八にも聞いてみた。そしたら案の定『あったかくなると脳みそが綻びる奴も増える』という内容の小言と冷たい一瞥をくれただけだった。
 ごめん、急に変なこと言って。俺もそう思いたい。そうであってほしい。
 でも残念なことに、気のせいではないんだ。だってほら。


「……なんだよ」
「テメーこそなんだよ」

 この世で最も会話の弾まない男が俺の行く手を阻んで、マヨライターでタバコに火をつけるところだった。ここ往来だからね。ダメだろいろいろと。

「なんだとはなんだ。見てわかれよ。俺はこれから甘味処に行って団子を喰おうと思います。以上」
「行けば?」
「イヤイヤ。行けばって。あのね」

 ぶん殴っていいかなコレ。かなりイチャモン付けてやったのに暖簾に腕押し。オメーは見ただけで他人の行き先がわかるのか。エスパーか。
 その上コイツときたら、俺が右に避ければ右に(もちろん俺から見てだ。大人は他人の視点で物を見るもんだ)、左に避ければ左に立ち塞がる。エスパーじゃないのか。どっちなんだ。

「喧嘩売ってんのかテメー」
「……別に、」

 黒い隊服を着込んだ男は、困ったように目を伏せた。そして、あーだのうーだの散々引っ張ってからやっと言葉らしい言葉を吐いた。

「似たような思考だからだろ」
「……バカですか? おたく」

 俺が右って思ってオメーも右って思ったらそりゃ似た者同士だろ。でもそんなら俺はここで立ち往生しないわ。すんなりサヨーナラだわ。俺が右でお前が左だからこんなことになってるんじゃないの。大丈夫なの。



 でも、俺が言いたいのはそこじゃない。困ったことに。
 この瞳孔ガン開き男は、これまでなら俺が『BAKA』なんて言おうものなら『B』の段階で青筋立てて怒鳴り返してきたもんだ。そこが面白いから存分に罵ってやれた。
 なのに最近のコイツはしゃっきりしない。受け答えのキレがない。今みたいに、あーとか、うーとか、もっと酷いと黙る。瞳孔男=俺に逆らうってのは決まり事みたいなもんだろ。それが急に無口になるもんだから、俺としては微妙に居心地が悪いんだ。
 だからって俺の生活に支障を来す訳でもないが、どうもモヤモヤする。これでアイツも調子狂ってるのを自覚すればまだいい。ところがアイツはどうやら無自覚らしいのだ。こっちが近づかないようにしてんのに、アイツがボーッとしてる結果、ばったり出くわすことになる。見廻りの当番制かなんか知らないけど、なんとかなんないのか。互いにモヤッとしながら別れることになるって、分かり切ってるのに。


 俺になんか言いたいことがあんのか?


 考えに考えた末、そう結論してみた。だから新八にそう言ってみたら冒頭のように馬鹿にされた訳だが、俺だってそう思いたい。だいたい何を言いたいのか知らないが、アイツが俺に遠慮する訳がない。言いたいことは道の向こうからコメカミに血管浮かせて怒鳴ってくるのがあの野郎だ。
 苦情の類には違いないが、なぜあんなに遠慮するんだ。ひょっとして俺は自分で気づかないうちに人にあるまじき無礼を働いたのか。今更ソコか。
 大抵の無礼は働き尽くしたからね。もはや俺にそんな、行儀良さみたいな高等な要求はしてこないはずだ、アイツは。その辺アイツは俺という人間を深く理解してると思う。

(じゃあなんだよ!?)

 鼻くそ穿りながら考えたけど、これ以上思いつかない。団子は美味いけど幾つ喰ったか忘れちまった。財布大丈夫かな。
 と考えてるうちに人影が過ぎった。ああコレは最近のパターンだなと思いつつ顔を上げると、やっぱり土方が気まずそうに俺を見てるところだった。

「また? 今度はなに」
「……別に、」
「あのさ、俺なんかした? つか、なんか用事あんだろ」
「特に」
「まあ、座れば?」

 今までの土方ならさっさと刀抜いて『仕事中だ』と叫びながら斬り掛かってくるはずだ。でも、今日なんかスゴイよ。

「おー……」

 人一人分のスペースは空いてたけど、俺の隣に座ったんだから。

「団子喰う?」
「喰う……いや、やっぱイイ」
「餡子除けてやるよ。つうか餡子やらねえよ。マヨでも掛けてろバカ」
「え、いいのか?」
「え、いいけど」

 どういうことだ。俺の喰いかけでいいって、そんなに腹減ってたのか。もしかして屯所限定で食糧危機なのか。まさかウチの大喰い娘か。あいつがウチの賄いに不満を募らせた挙句とうとう襲撃したのか。
(なるほど。それしか考えらんねえ)

 そりゃあ言いにくいわ。


 ごめん土方、俺が鈍感だった。あの娘ヨソんちに迷惑掛けてたのか。真選組では、俺が喰わせてない疑惑は通り越して、厳然と『喰わせてない』って事実が罷り通ってんだ。洒落にならないんだ、きっと。
 だからさすがのコイツも、『いい大人にこんなこと言うのもなんだけど、お宅の娘さん、ちょっと……』的な、遠慮がちなスタンスを取らざるを得なかった訳だ。
 そりゃそうだ。俺ならともかく、ヨソんちの娘の行儀悪さを指摘しにくいのは道理だ。それにコイツはあのチンピラどもを事実上仕切ってる親玉だし、チンピラに喰うモン喰わせる義務もあるだろう。言いたいけど言いにくい、その狭間で悩んでたのか。そうかそうか。
 ああスッキリした。


「悪かったな、言ってくれれば」

 俺は心から詫びた。如何に俺が90%自分が悪いのに残り10%に全力を注いで謝らない男だとしても、これは謝るべきだ。胃袋は士気に関わる。戦えなきゃ真選組の存在意義がない。

「えっ……!?」

 滅多にない俺の謝罪に、土方は喰ってた団子を噛まずに飲み込むほど驚いたようだった。ひと頻り噎せて茶を飲んだり胸を叩いたりして騒いでいたが、収まったら涙目でこっちをガン見してきた。

「い、言ったら、考えてくれんのか?」
「あたりめーだろ」
「それは……、期待してもいいってことか?」
「期待? んな生温いコト言うかよ。きっちりケリつけるぜ」
「ほ、ほんとか?」
「そーだよ」
「じゃ、言わせてもらうけど」
「おう、つうか分かったから……」
「好きだ、つき合ってくれ」



「……えええええええええええええ!!!?」



 慌てるな、落ち着いて神楽とタイムマシンを探せ。
 しかし目の前の土方は俺の魂の叫びを聞いて、みるみる萎れていく。開いてるはずの瞳孔には水膜が張ってくる。

「神楽がお宅の食糧食い尽くしたんじゃねーの!?」
「……なんでそうなる」
「だって! そうでもなきゃテメーが俺の喰いかけなんか喰うはずが……って、どうしたアァァ!?」

 土方の眉間から皺が綺麗に取れて、切れ長の目はまん丸になり、頬が真っ赤に染まって、半開きの口がパクパクして、

「おれ、くった?」
「おう」
「……ッ!」

 ゼンマイ仕掛けの人形のように、土方は立ち上がった。そして恐るべき速さで走り去って行くのを、俺は見守るしかなかった。
 土方が首筋まで薄紅色に染めあげているのが、遠目でもしっかり見えた。



 なにアレ。



 いや、驚くべきはソコじゃない。

(かわいい……?)

 遠ざかる背中と、今まで目の前にあった赤い頬に、涙目。

(いやいやいや。ナイナイナイナイ!!)

 ちょっと待て俺、本格的にタイムマシンを探そう。落ち着いてなんかいられるか。いっそ作るか。


 土方に負けず劣らずの全力疾走で万事屋に駆け戻り、玄関を開けるやいなや新八に『オイィィィ!? 土方って可愛いと思う!?』と叫んだ俺が、新八どころか神楽にまで白い目で見られたのは言うまでもない。


(今晩屯所に行くからな!)


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リクエストありがとうございました!




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