「寒い」
土方くんは布団に包まって頬を膨らませた。
「寒過ぎる。少しでいいからエアコンつけろ」
「ダメだって。少しもつけられないんだって」
ウチ来る前に散々説明しただろ。そんでもウチ来るっつったのは土方くんだろ。外に食べに行くって選択肢は……近場はマズイ。けどそれこそ少し足を伸ばせば済むって言ったよな。
「歩き回るの寒いし嫌だ」
「回らなきゃいいじゃん。今からでもどっか行くか? 予約してねえから待たされるだろうけど」
「嫌だ。先生とくっつけない」
土方くんはますます膨れて頭から布団を被って隠れてしまった。
いやごめん。でも不可抗力なんだよ。
冷蔵庫壊れちゃったの。俺んちの。
ほら、終業式前で結構忙しくてさ。家であんま飯食ってなかったわけよ。コンビニ弁当で済ませたり外食したり。そんで気づかなかった。食材入れてなかったし、被害はなかったんだけど祝日になって土方が遊びに来て、
「先生。冷蔵庫あったかいんだけど」
って言い出した。
あっ被害あった。土方のマヨネーズ。
俺としてはないようなモンだけどね。常温保存平気だろあれ。それに一ヶ月もぶっ壊れてたわけじゃない、ここ数週間の話だ。下手したら先週のことかもしれない、壊れたのは。
でもマヨネーズらぶな土方にそんな言い訳な通用しなかった。扱いの雑さについて一頻り拗ねてくれたあと、
「先生は俺が腹壊してもいいのか」
土方くんは一層ぶんムクれた。
「ごめんね。じゃ小瓶でマヨ買ってくるから」
「足りない」
「余ってもここに置けないし勿体ないだろ。小瓶たくさん買えよ」
「寒い。買い物行きたくない」
「じゃあどうすんの。今日マヨなしで過ごすの。大丈夫なのおまえ」
「大丈夫じゃない」
なにこいつ。俺を困らせて楽しいか。楽しいだろうな。チッ。
「とにかくそういう訳だから今日の食材は今日買わねえとダメなんだよ。どっちにしろ買い出し行くから」
「……」
「お前どうする? ここにいる?」
「……」
「寝てんの?」
「起きてる」
うーん。どうしたらいいんだ。察してくれってことなんだろうけど、無理だっつの。
「なんで冷蔵庫が壊れてるとエアコンつけちゃいけないんだよ」
布団の下から土方くんの不満声がする。
えっ。そこ説明しないとダメだった?
「部屋があったまるだろ」
「うん」
「冷蔵庫の中もあったまるだろ」
「うん。あったかかった」
「食材傷むだろ」
「……でも気がつかなかったんだろ」
「だからここんとこ外食とかコンビニ弁当とかで」
「今日買ったヤツは今日使うんだろ」
「まあ、そうだけど」
「じゃあいいじゃねえか。寒い」
「でもケーキ溶けるだろ」
「ケーキ?」
「クリスマスの……あ、」
「え、」
土方くんは勢いよく布団から顔を出した。目がまん丸だ。可愛い。やっと機嫌が直ったらしいけどものすごくびっくりしてる。
やばい、もしかして。
案の定土方くんは目に見えて慌て始めた。
「えっと、ケーキって俺の係りだったのか」
「イヤイヤイヤ。いい。俺が悪かったマジで」
「いや俺だ。ごめん、それで……」
「いやいいんだってば」
去年のクリスマスにも土方はウチに来た。珍しくお土産を持ってきてくれた。
高校生の小遣いなんだからそういうのは俺が買うから、と言おうと思いながら冷蔵庫を見たら、正統派クリスマスケーキのシュトーレンだった。
甘いのが苦手な土方が試食した上で『これは割と美味かった』のを買って来たらしい。
『先生いつも生クリームだらけのでけえヤツ買うだろ。俺は食べられねえから一人で食ってるし。たまには一緒に食えたらいいかなって』
冷蔵庫を急いで閉めて、顔を真っ赤にして目をキョロキョロさせながら恥ずかしそうにそう言ってた。
だから俺は、さっき土方が冷蔵庫開けたのはてっきり今年もケーキしまってくれたんだなあと思ってたし、そもそもクリスマスは土方くんの好きなケーキを一緒に食べようと思ってた。俺が試食して買ったらどうしても甘いほう選んじゃうから、この子に任せよう、と。
「や、先生甘いほうが好きだろ。去年は俺につき合わせちまったし、二年連続で甘くないヤツじゃ悪いなと思って……用意してなかった」
ごめん、と土方くんはしょんぼり視線を落とした。
なにこいつ。なんなの。ホントなんなの。
「じゃあエアコンつけろ。そんで部屋あっためる間に買い物行くぞ」
「……」
「おめーは留守番すんの?」
「行くっ」
さっきまで膨れっ面だったのが嘘みたいだ。土方くんは布団を跳ね飛ばして、今度は体ごと飛び出してきた。頬っぺたが緩んでてかわいい。ホントなんなのこの子。思わずぎゅーっと抱きしめちまっただろイイ歳したオッサンなのに。
この輝きは冬空の星に優る宝物。
俺の土方。
「ってオイ。ジーパンどうした」
「え? あっ……!? ふ、布団潜るときごわごわして邪魔だから脱いだ……忘れてた」
「買い物、やめるか」
「なんで!?」
「やめるぞ。えい」
「ひゃっ、ちょ、待っ……ぎん、」
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一足遅れでめりくり!
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