日記ログ
B
初めての公式戦は、心臓のドキドキが指先まで伝わって、膝に構えるグローブまで震えているのが分かった。
(こっちに飛んでこい、絶対捕ってやる)
(ああ、でもやっぱり来ないで!外したら大変!)
そんな思いが交互に押し寄せる。
『レフト!!』
高々と上がった打球は大きく伸びてファールラインを割る。
走れ!走れ!大丈夫届く!!





『ナイスキャッチ!!ナイスレフト!!!』
皆が笑顔で声を掛けてくれた。グローブの中でボールを掴む指先が、未だ震えていた。


その数ヶ月前、監督から呼び出しを受けた。
『お前、ちょっと暫くマネージャーに着いてスコアブック付けてみろ』
渡された薄めのノートに、視界が歪むのがわかった。
今、野球部の二年生は自分を入れて10人。全員がレギュラーになるのは無理。だけど、絶対なれると思っていた。一応そのポジションには三年生が引退した今、自分しかいなかったから(一年は一人いたけど)。
それに、一年の夏も二年の夏も、あれだけ暑くて苦しくて吐いたり頭から水被ったりしながら、プールだ海だなんて言う友人達を横目に、顔や腕が黒光りするまで球を追い掛けたのだから。なのに、こんなのって。
部室を出た後、スコアブックを抱き締めたまま蹲ってしまった俺の腕をつかみ立たせてくれたのは、同じ二年生でセンターの武だった。
何処へ向かっているかなんて判らない・・・というより、どうでも良かった。頭の中には、監督の言葉と渡されたスコアブックの事だけが、ぐるぐる回っていたから。
漸く立ち止まった所で肩を押され、座らせられる。膝を抱えるようにして、顔をその膝の間に埋めた。
武も隣に腰掛けているらしい気配。でも何も言わない。時折空気が動くのは、武が自分の帽子で扇いでいるかららしかった。
『武俺さ』
『ん?』
『結構頑張ったんだぜ』
『ああ、そうだな』
『何で今更マネージャーなんだよ』
『マネージャーになれって言われた訳じゃねえだろ?それにスコアブックつけるのも、いい勉強になるぜ。監督は、そういうつもりだったんじゃねえ?』
『そっかな?』
『ものは考えようだろ』
『皆お前みてえに前向きになんて考えらんねえよ』
『・・・かもな』
嘘だよ。そんなこと思ってねえよ。だって武が誰より先にグランドに来て、一番最後まで残ってるの知ってるもん。それに人一倍チームのこと考えてるってのも。
だけど俺だって、それに負けねえくらい頑張ったんだって!皆みたいに中学からやってきた訳じゃないから、それこそルールブック片手に一生懸命やったんだ。お前のスイング見て真似してみたり、俺なりに必死だったんだよ。
なあ遅かったのかな?もっと早くスタートしてたら、こんな思いしなくて済んだのかな?じわじわ滲む汗を拭う。そう。汗なんだよこれは。決して涙なんかじゃ―――
『精一杯やったから、悔いはないなんて、あれ違うよな』
武が、ボソリと言った。
『精一杯やったからこそ、だからこそすげー悔しいんじゃんな』
ギリギリ握り締めた両腕が痛い。噛み締めた歯が、嗚咽を我慢する喉が痛い。
拭いた汗の上を涙が伝う度に、まだ夏の名残の太陽に照らされて頬がひりつく。


ヒリヒリ、ヒリヒリ、物凄く痛い。




―――俺は、この痛みを一生忘れないだろう。







『ナイスレフト!』
回が終わってセンターから走って来た武が背中をグローブで叩く。
『おう サンキュ』
その武のグローブに自分のもぶつけて喜びを分かち合う。


あの日から俺は更に頑張った。物凄く、それこそオシッコに血が混じるくらいに。引退した先輩たちも、同じ学年の奴らもすっごく応援してくれた。そうして、レフトは俺のものになってくれた。いろんな事に感謝した。
そして今日、あの日悔しくて流した涙は俺のグローブの中に落ちて来て、それを俺はしっかりと受け止めた。





 俺は、あの悔しさを抱き締めて、震える指先を隠さずに、走れる限りグランドを走ろう。







おまけ


「あ、雲雀」
「お疲れ」
一度学校に戻り、今日の反省会をして軽くキャッチボールとランニングを済ませると解散になった。
マンションに帰る前に寄って行こうと思ったら、階段の昇り口で風紀委員長に出会った。
「勝ったの?」
「とーぜん!」
「そう、じゃおいで」
雲雀はそう言うと山本の汗でぺったりしている腕を掴む。
「おいでって、どこ行くんだよ」
「応接室」
「え〜俺帰って風呂入って寝たい〜」
「わかってるよ、だから」
「だから?」
二段上から見下ろしてきた顔が、急に目前へと迫って。
「僕ももう帰るから、草壁に後を頼んで一緒に帰ろう。バイクの方が疲れないでしょ」
砂だらけの顎に手をかけ、ちょんと啄むだけのキス。
帰ったら沢山キスして沢山抱き締めるよ
そんな囁きに山本が首を潜めて「明日も試合あるんですけど」と眉間に皺寄せつつ苦笑すれば、冗談に決まってるでしょ、取り敢えず緒戦突破のお祝いだよ。そう言って笑った。

―――――――――――――――――――

 涼やかな風に肌寒さを感じて、ユニは換気の為に薄く開けていた窓をピタリと閉じた。
秋も深まり、緑だったはずの葉は赤く色づいて、そろりそろりと抜け落ち、冬支度をはじめている。
こつん
二階の窓辺から離れようとしていたユニの背後で、ガラスに小粒の石が弾けた音。


彼だ


ユニは絨毯を軽やかに駆けると、まるで仔兎のように階段を跳ね降りた。


両手に抱えた紙袋、片方からは美味しそうな匂いを漂わせ、もう片方には何故か丸められたブランケットが入っていた。
そしてここは屋根の上。
「何でこんなところに?」
目を丸くするユニに、男はニッコリ笑ってブランケットでユニを包み込むと、自分の股の間に抱え込んだ。
そうして、袋から次々に食べる物を取り出して行く。
「花火を見るのは、やっぱ高いとこじゃないとな」
生ハムとチーズを挟んだパニーニを小さな手に持たせ、自分はグラスにワインを注いで口をつけた。
「花火?」
ユニが両手で持つパニーニにぱくりとかじりついたその時、星明かりしか無かった夜空が突然色付いた。ひゅるひゅる線を描いた珠がパッと弾け花を咲かせる。次から次へと色とりどりに、咲いては消え、消える傍からまた花開く。
「うわあーっ!」
感嘆の声を上げたユニに、背中でくつくつ喉を鳴らした男は、綺麗だろ?と言った。
この辺りで花火が上がるのはとても稀だ。いくら幅広の川や湖があっても、花火を打ち上げる人間がいなくては話にならない。
ならばなぜ?それも花火の季節は暑い時期といつか誰かに聞いたことがある(背後の男だったかもしれない)。
「・・・・今日は川向こうのマフィアの誰かさんの、誕生日なんだってさ」
自分の疑問を感じ取ったのか、後ろの男がボソリと言った。その声が、少しだけ沈んでいるような気がして、ユニは振り返ろうとしたが、がっちり抱え込まれているためそれは叶わず。
砕けてはパラパラ落ちて行く花弁に、二人して黙って魅入る。半分までパニーニをかじった所で、同じように口を動かしていた男が再び綺麗だな、と言った。
「一人で見るより、二人で見た方が綺麗に感じるのって、なんでだろな」
「おじさんは、こんな風にいつも誰かと見てたの?」
「・・こっち来てからは、あんまり無かったな。花火自体久しぶりに見たし。向こうにいた頃は、・・・・見たけど」
「誰と?」
「―――大好きなひとと」
その声音が。余りにもいとしげで、そして余りにも悲し気で、ユニはそれ以上何も聞くことができず、ただ花散る空を見上げパニーニを咀嚼するのに努めた。
腕の力が弛み、振り返ろうと思えば出来ないことも無かったが、あえてしなかった。
もしも声と同じに悲し気な瞳がそこにあったとしても、まだ大好きなひとと花火を見た思い出の無い自分には、慰めの言葉も励ましの言葉も掛けてあげることはできないから。


二時間近く見上げていた夜空が、段々小さく狭まって来た・・・・そう感じたときには、ユニの瞼は密やかに閉じられていた。
花火の開花の後に周囲の木々を震わせていた音が遠退いて行く。
ふわりと抱え上げられたと同時に、夜の帳を静かに押し退ける深淵。
「なぜ部屋にいない」
声はすぐそばで聞こえた。怒っているのか、それは殊更に硬く、夢うつつながらも体が震えそうになる。
「・・・・一人で花火見るのは、嫌だったんだ・・」
「すぐ帰ると言ったはずだ」
「アンタのすぐは三時間後?」
「・・武」
「・・・・ごめん、でも一人で見てると寂しくなるんだ・・寂しいのは嫌だ・・」
ベッドに降ろされ、冷たいシーツに横たえられた上から、温かな毛布が被せられた。
元々が微睡みの中だったから、温かさに包まれるとさらに眠りに誘う空気が回りに満ちて来る。
「おやすみ ユニ」
額に柔らかく口付けられ、足音が遠ざかって行った。
ドアが閉じる瞬間、おやすみなさいと返したくて開いた瞳に映ったのは、もしかしたら夢だったのかもしれない。けれど夢でもいいと思った。男が微笑んでいるならば。


 たとえそれが、夜の闇を体現したような誰かの腕の中であっても。


―――――――――――――――――――――

笑顔の秘密



 いつもその人は窓を越えてやって来た。だから私は約束をしている日は必ず鍵を開けて待っていた。
その日もその人はやって来た。
それも、暗闇を従えて。



私たちは今、屋根の上に座って星を見ている。それも何故か三人重なるように連なって。
「あの、おじさん?」
「ちょっと寒くなってきたからなあ、こうしてりゃ寒くねえだろ?」
「私は・・。でも」
ユニは後ろから自分の背を抱く男の更に後ろにいる男を、ちらりと覗き見た。
じろり。
(はうっ!)
只でさえやぶにらみみたいな目付きをしているというのに、思い切りその目と視線がぶつかってしまい慌てて山本の前に縮こまる。どうしよう、怒っているのだろうか。
「あはははっ!こえ〜おっさんだろ〜?顔だけじゃなくて、性格も物凄え怖いんだぜー?」
いきなり小さくなったユニに、何に怯えているのか気付いた山本は、その子供らしい柔らかい頬をつんとつつくと、背後の男の額を同じように突く。
が、全くフォローになってないセリフにユニは口をポカンと開けたまま、眉を潜めた。・・自分でも変な顔をしているのだろうなと思いながら。
「おい、てめえ」
「でもこのおっさんが、俺の一番大事な人なのな?」
そう言うと大柄の男の頬の傷を可愛らしく啄んで。
「「え」」
前と後ろから同じような声を上げられて、山本は満足げに笑う。
「大好きなユニに、俺の大事な人を教えときたかったの」
山本はユニの頭に顎を乗せた。冗談かと思ったがそうではないらしく、その証拠にユニの見ている前で闇色の男がぐしゃりと自分の前髪をかきあげたのだ。――それは照れているのを悟られたくないようにも見えた。
(こんな恐そうな人が照れるなんて)
ユニは心の中に安堵と、そして少しの可笑しさが込み上げてきて、それを悟られてまた睨まれないように真っ赤になりながら懸命に口を引き結んだ。
そうして三人が黙ってしまったその時、夜空を流れたものは。
「流れ星!」
「おー俺も見えた見えた!あのなユニ、流れ星が消える前に三回お願い事唱えると、叶うんだってよ」

「ほんと?!」


今夜は一年中で一番流れ星が沢山見える日だったらしい。だからユニに見せたかったんだと、山本は穏やかに笑う。
あっちからもこっちからも星が零れて、そのたびにお願い事をしてみたけれど、三回唱えるのは中々難しい。
夢中になっていたユニの耳に囁く、山本の声。
「笑顔でいるから誰かを幸せにできるんじゃねえよ、ユニ」
ママが幸せでありますように
ママが幸せでありますように
ママが幸せでありますように・・・
「え?」
「大切な人がいるから幸せで、笑顔になれるんだ」


おじさんは帰って行った。二人並んで。
私はその後亡き母に代わりジッリョネロのボスとなり、アルコバレーノの最頂点に立った。
だからこそ、あの言葉を思い出す。
「姫?」
「γ!」
随分と年上の付き人は少しだけ皺が増え、最近特に口煩くなったけれど、相変らず私の側に居てくれる。
『大切な人がいるから幸せで、笑顔になれるんだ』
(ほんとに そうね)
「どうかしましたか?姫。楽しそうですね」
「楽しいわ とてもね。行きましょうγ」
腕を組んで歩いても、もう誰も兄妹なんて言わない。
私の背は伸びて、髪も長くなった。そしてγへの想いも深く、深く。
あれからあの二人には会っていない。あのあとすぐ母がなくなり、私は当主として擁立されてしまったし、ボンゴレとは同盟を組んだものの、もともとあの組織は同盟のファミリーだからと言ってむやみに干渉したり、手を貸せなどと言ってきたりはしないから。
気にならないわけではないけれど、きっと私と同じように、便りが無いのは元気な証拠と、おじさんも思っているだろう。



ねえおじさん、貴方は今も笑っていますか?



私は沢山笑っています。




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※これは先日よし乃さん宅で開かれたチャットでの応接室のソファーのお話です。うちのソファーは雲雀さんが風紀委員の拠点を応接室にしたさい買い換えられたので、まだ幼児という設定。




僕はアイツが大嫌い。せっかくお兄ちゃんが静かな部屋でご本を読んでいるのに、大きな声で来て邪魔をするんだ。そのくせ、『ゴメンひばり、もしかして仕事中だった?』なんて、わざとらしく謝ったりするから、お兄ちゃんだっていいよと言わざるを得ないじゃないか。


お兄ちゃんはとても優しい(お兄ちゃんと一緒にお仕事してる人もだけど)。
僕が独りぼっちで寂しくないように、お休みの日でも来てくれるし、出来るだけ僕が痛まないように、普段は机の側にある一人掛けの椅子に座ってくれるし、暑い日はクーラーをかけてくれたりもするんだ。僕のこと、とっても大事にしてくれるの。
なのにアイツときたら。
汗のにおいがするタオルとか平気で僕の顔にぶつけるし、僕とお兄ちゃんが遊んでる最中に邪魔しに来る。たまに砂とか落として来るんだ、これって嫌がらせ?!僕がお兄ちゃんと仲が良いから嫌がらせしてるの?!
だけどそれより何より嫌なのは。


「ん?ちょ・・・何ひばり何でやる気になってんの?!お、俺すっげえ汗くさいし、やめたほうが良いと思うのな!!」
「その雄のにおいに興奮するんだよ」
「はあああ?!だっ、ダメダメダメダメーーーーーーっ!!!」
「ダメも嫌よも好きのうち」
「ちがっ・・!や・・・!!」


・・・・なんてね?いつもは優しいお兄ちゃんなのに、アイツが来ると何だかおかしくなるの。
上からギシギシアイツの汗かいた体が張り付いて来て気持ち悪いし、二人分の重さがのし掛かって来るから最悪。


あーもう!あんなヤツ、大嫌いっ!!


かちり
扉が開く音がして、誰かが入って来た。おかしいな、お兄ちゃんはさっき見回りに行った筈なのに。
うわ、埃っぽい!!と思ったら、アイツが僕に腰掛けてるよ!!
あーもう、サ・イ・ア・ク!!
撥ね飛ばしてやりたいと思うんだけど、残念ながら僕は自分の意思では動けないんだ。
それにしてもおかしいのはコイツだ。いつもはうるさい位の足音とか話し声とか、させて来るのに。
そういえば、よくよく見てみるといつもと格好が違う。今日は、お兄ちゃんが前に携帯のテレビで見てた、甲子園とかいうのに出て来た野球の選手みたいなカッコしてる。あ、言っとくけど、野球の選手みたいなカッコしてるだけで、コイツは全然野球の選手みたいにかっこよくないんだよ?あれだよきっと、今流行りのコスプレとかいうの!
凝ってるなあと思うのは、珍しく靴を履いていない足の白いソックスが、見事に砂色に染まってるのと、並盛と胸に書いてある服も、下地のクリーム色が判らないくらい茶色いこと。
おまけにさっきから、コイツ部屋の中だってのに帽子取らないんだよ。失礼なヤツ!!
かちり
また誰か入って来た。誰だろう、お兄ちゃんのお友達の人かな?
「山本」
あ、お兄ちゃんだ!!でも待ってよ、さっき見回り行ったばかりなのに、もう終わっちゃったの?いつもより時間短かすぎない?
「・・・ひばり見回り途中で切り上げたな?」
あ、やっぱり。でもコイツと同じこと考えてたなんて、やだな。
「・・・ちゃんと草壁に頼んで来たし。大体こんな顔してる君を、僕が放っておけると思ってるの?」
こんな顔?こんな顔って、コイツはいつもニヤニヤヘラヘラしてて、お兄ちゃんに叱られたって全然堪えてないみたいに笑ってばっかの―――。
「だから、ひばりが帰って来るまでにどうにかしようって思ってたのに・・・」
「見逃してなんて、あげないよ」
お兄ちゃんはそう言うと、ずっと帽子のつばを掴んだまま俯いているアイツの腕を掴んで抱きしめた。あろうことか、僕の上で!
くっそ〜!!僕のお兄ちゃんなのに!!お兄ちゃん絶対コイツに騙されてるよ!!コイツ―――そうコイツは、いつもはそういう風にされるとギャーギャー騒いでうるさくて、お兄ちゃんが居なくても図々しく部屋に入って来る不法侵入者で、おまけに、おまけに
・・・・・?
だけど、アイツは今お兄ちゃんに黙って抱きしめられている。どうしたんだろ?部屋の中はとても静か。
「・・こんな負け方、納得できねえ」
「そうだろうね」
「何だよこれ・・・よりによって、なんで」
「馬鹿じゃない証拠でしょ、良かったじゃない」
「俺は野球馬鹿な筈なのな」
「・・・いいから、病院行くかバイクで家に送られるか二択だよ」
「今家帰ると、親父が心配する・・・」
「じゃあ病院だね。点滴打てば熱もすぐ下がる」
熱?あ〜なにコイツ熱あったの?・・・だから、いつもより静かだったのか。いつもより密着したとこが熱かったのか。
だけど親父が心配するって、心配されんの嫌いなのかな?ていうか、お兄ちゃんには迷惑掛けても平気なの!?あうーやっぱりコイツ嫌い!やなヤツ!!
一人憤慨する僕の上、お兄ちゃんは携帯電話を取り出して、並盛総合病院とかいうところに電話掛けると、アイツの手を引いて立たせた。
アイツは、砂まみれの顔を何でか歪めてて。
「ゴメンひばり」
「別に。大体昨日の試合中からおかしいな、とは思ってたんだよね。大して投げてもいないのに、肩で息してるし振りにキレがないし」
「昨日・・・って、ええ?!昨日の隣町の学校でやった試合も見てたのかよ!?」
「バイクで流してたら、偶然通り掛かったんだよ」
「・・・うそこけ」
汚れた顔を赤くしたアイツは、繋がれているお兄ちゃんの手をツンと引くと、小さな声で何か囁いた。
僕の、目の前で。
「・・・行くよ」
お兄ちゃんは柔らかい手付きでアイツの頬っぺたをぺちぺち二回叩くと、僕に背中を向けて二人連れ立って行ってしまった。回される鍵の音が、ひとりぼっちの僕の背中に突き刺さる。
残された僕の前にはもう誰もいない。明かりすら消されてしまった部屋の窓から、チカチカ瞬く星影に、甲高く響くのはきっとお兄ちゃんのバイクだ。


行っちゃった。かなしいな。寂しいな。


だから僕はアイツが大嫌いなの。



優しい優しいお兄ちゃんが、友達よりも僕よりも、アイツにはもっと優しい笑顔を向けるから。




おわり


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