日記ログ
B
『うれしい楽しい大好き』




山本武は身長が高い。それは14歳にしてはとかではなく、なんと既に日本人一般成人男性の平均身長172センチを優に越えている。


だがしかし、結局は14歳の中学2年生でしかない彼の周囲には、当然だが一つ上もしくは一つ下しか居ない。


だからつまり、成長著しい頃とはいうものの、山本と同程度かそれ以上の背の高さの同年代男子には、校内では滅多にお目にかかれない。
故に大抵の場合は必然的に見下ろす形になってしまうし、ぶつかったとしても受け止める側になるのだ。
女子でも男子でも。




「わ」
たまたま大正時代から続いている商店街の乾物屋に用事があったのだというザンザスに、学校帰りにばったり会ってしまった武は、これからまた会社に戻らなければならないという年上彼氏を商店街の出口に停めた車まで見送るべく後ろから着いて歩いた。
忙しない年末。クリスマスすら仕事が詰まっていてゆっくりデート出来なかった恋人なのだから、せっかく偶然会えたのだ、一緒に歩くくらいのオマケがあっても良いだろう。
コートを着た広い背中。イタリア人のザンザスは、とても体格がいい。武はこの背中がとても好きだった。いや、勿論顔も腕も自分以外には少々難ありという噂(主に幼なじみから)の性格だって大好きなんだけれど。
たまにマンションに行くと夕飯を作ってくれたりするのだが、その背中に抱きついてザンザスの声を聞いていると、とても落ち着くのだ。
そんなことを考えていたら突然ザンザスが振り向いたものだから、先程のセリフとなる。
鼻先を掠めたのは、僅かな煙草の薫り。
それに混じり、ザンザスが常に漂わせているオリジナルオーダーのトワレ―――。


「武?」
上から声が降って来て、武は我に返った。
「うわ、ゴメン」
いけないいけない、ここは人通りのある商店街。誰が見てるかわかりゃしない。
俺は何言われたって構いやしないけど、大会社の御曹司であるザンザスが、迷惑するようなことだけは避けなければ。
「武、どうした?」
そんな武を、ザンザスは足を止めて覗きこんでいた。
早く会社に行かなきゃならないだろうに、こんな、俺みたいなガキの為に立ち止まって、話し出すのを待ってくれている。


ゴメン。申し訳ない


だけど、嬉しい


武はそっとザンザスの腕に手を添えて回れ右をさせ、背中を押し歩き出した。
「おい武」
怪訝そうな広い背中に話し掛ける。
「俺さ、背が高いじゃん?」
「ああ?」
「学校にいるとさ、ぶつかっても相手は俺の肩辺りまでしかなかったりして、受け止めるのが当たり前なんだけど」
「それがどうした?」
そうこうしている内に、もうザンザスの車が見えて来てしまった。
濃紺の車の窓越しに、綺麗な横顔。中で秘書の人がザンザスの戻るのを今か今かと待っている。


あの助手席に座るのも、あと数日はお預けなんだ―――。


武はザンザスの背中を勢い付けてポンと押した。
少し――ほんのちょっぴりの焼きもちを込めながら。
「ザンザスは大きくて、俺みたいなデカいのでも受け止めてくれるから」
「武」
少しあいてしまった二人の間の距離を詰めようと、ザンザスがこちらに足を向けたけれど、車の中にいた秘書の人がザンザスに気付いてしまったから。
「会えて嬉しかった、一緒に歩けて楽しかった、ザンザス大好き!じゃあまたな!!」
手を振り、すかさず駆け出した後ろで、言い逃げされた恋人がどんな顔をしていたかなんて武には知ったこっちゃ無い。
だけどザンザスの広い背中と武を受け止めてくれる逞しい胸が大好きなのは本当のことなので、そんなザンザスと付き合っているのは凄く嬉しくて、たまに落ち込んだり焼きもち妬いたりもするけど、やっぱり楽しいので。
ちょっとでもこの気持ちが伝わってくれたらいいなあ、なんて、思った。


「ボス?」
「・・・・・」
「どうされました?顔が」
「・・・商店街の中が暑かったんだ」
「そう・・なんですか?」
風の通り道だから、すれ違う人は誰も寒そうにコートの襟を立てているアーケードで、1人赤い顔を黒い手袋に覆われた大きな手で押さえる男は、風のようなスピードでどんどん小さくなる背中を、手袋の隙間から視線で追い掛ける。
捕まえて抱き締めて――しまいたい衝動を必死で押し留めた男が、コートのポケットに忍ばせた携帯で手探りながら器用に打ったメールの文字は。


“amare”


 ―――――――


『ねえ、』




正月明け、ぬかるんだグランドでは走り込みもできず、筋トレのみで午前中には終わってしまった野球部の武と、イベントが5日前で終了し、打ち上げも一昨日の夜に終わり漸く通常の仕事に戻ったザンザスの、久しぶりに二人揃っての日曜日。


1ヶ月近く、こうしてゆっくり会う機会が無かったのだから、たまには何処かへ出掛けるか?


年上彼氏にそう提案されたまでは良かったのだが。


ソファーに深く腰掛け、四日分貯まった経済新聞に目を通しているザンザスの背後から、ソファーの背凭れを挟んで腕を回しながら、武は先程から『何処に行く?』とまとわりついていた。
「お前が好きな所にしたらいい。クリスマスプレゼントの礼も兼ねているんだからな」
「そう言われると困っちまうのな〜。ん〜、どうしよ。なあ、ザンザス」
「何処でも連れてってやる」
「ん〜・・たって、なあ・・・なー、ザンザスは何処か行きたいって希望ねえの?海とか?山とかは?」
「だから俺に振るな。お前に聞いているんだ」
くくく、と笑う振動が腕から伝わって来て、首を捻るばかりだった武も、何だか楽しくなって来た。
こんな会話すら、久しぶりなのだから。
「なあ」
「なんだ?」
「ザ〜ンザス〜♪」
「・・だからなんだ?」
「なんでもな〜い。ははっ!」
「ぷはっ!」
何でもない割りには嫌に楽しそうな年下の恋人に短く吹き出したザンザスは、新聞を低いガラステーブルに置くと、腕を巻き付けたままの武の後頭部に腕を回して、そっと口付けた。
ちょん、
弾けるように瑞々しい、その唇。
「いつ会っても、お前は変わらんな」
くっついては、離れ、くっついては、離れ。
何度目かに離れた隙間を縫って、武は言った。嬉しそうに微笑みながら。
「なあ」
「ん?」
「俺、やっぱり何処も行かなくてもいいや」
「どうして」
紅い瞳が真意を探るようにゆっくり瞬く。武はもう一度近付いた唇を受け止めると、腕を解いてソファーを軽く飛び越え、定位置――ザンザスの膝へ乗り上げる。
ちょん、
今度は、自分から口付けて。
「ずっと行きたかったのはザンザスのとこだし、会いたかったのはザンザスで、したかったことは今してる。だから、今日はここから動かねえ」
にっこり笑い、正面から首に腕を回した武に、暗赤色の瞳を僅かに瞠ったザンザスだったが。
「・・・欲の無いヤツ」
考えていることは目の前の子供と然程大差無い狼青年は、成長期のしなやかな体に腕を回して二人でソファーに横たわり、会えなかった間の寂しさを埋めてやるべく髪に指を絡ませるのだった。
まだそれだけで蕩けそうに頬を染める少年に、早く大人になってくれと願いつつ。




おわり





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