日記ログ
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  <双子ザン山、その後のケータイ電話>

時刻は既に夜9時半を過ぎていた。まばらとはいえまだ社員が残っている。自分が先に帰る訳にはいかないと相も変わらず液晶画面を覗くザンザスは、目の疲れを感じて席を立った。広い廊下の喫煙コーナーで胸ポケットから取り出した煙草を一本口に銜える。
すると、同じポケットにある携帯が振動を伝えた。
慣れた手つきでパチンと開けば、先日買い与えた携帯から送られているメール。
「・・・・・」
メールを見るなりザンザスは絶句し肩を震わせた。吸い込んだ煙にむせて思わず咳き込んでしまう。
「・・・こいつ・・・!」
並んでいながら一つ一つが独立している黒い合皮のソファに突っ伏して、くっくと咽喉を鳴らしたザンザスの携帯に映りこんでいる物は。
『風呂の中で寝ちまってふやけた』
皺だらけの親指のアップ。
その他にも猫を見つけたと言ってはぶれた尻尾の映像が送られてきたり、友人と食べたというラーメンは湯気だけが映っていたり。
オマエの写真を送って来いと言いたい所なのだが、こんな小さい機械で繋がっているという事が――それだけでも、嬉しいのだという無邪気な恋心が写真の端々に感じられて、なんともくすぐったくて。
取り敢えず、土曜の夜ごとに拉致して抱き枕にしてやろうと、忙しい時間の合間を縫って画策するイケナイ大人なのだった。


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 桃の節句に間に合うように、父剛は忙しい時間をやりくりして毎年長女の為に雛人形を飾ってくれる。玄関の下駄箱の上に桃の花の枝を挿し、床の間を綺麗に拭き掃除した後にお内裏様とお雛様だけの雛飾りだけれど、ガラスケースに並んだそれを大切そうにダンボールから取り出すのだ。
 山本家に双子が生まれたその年に、5月には武の為に兜を、そしてたけしの為に年を明けた2月、双子を一人ずつ抱えてデパートに行き、店を開店したばかりの若い夫婦だから七段飾りなんて買えないけれど、どのお雛様が一番綺麗かなんて話し合いながら一生懸命選んだらしい。
 そんなに大きくも無い雛飾りだから自分が出す、とたけしが言うのだけれど、何故か剛は頑として聞き入れずに、手ずからそれを出して飾る。そうして3月3日を過ぎないうちに、再びそれを綺麗に片付ける。
 ガラスケースを取り外してそれぞれが手に持つ扇やしゃくを布にくるみ、それぞれの髪が崩れてしまわないようにくるりと包み込む。水拭きしたガラスを乾いた綺麗な布で一点の曇りもなくなるまで磨き、白い柔らかな不織布で覆って、それをダンボールへと仕舞う。
きっとそうやって母が楽しそうに出したり片付けたりしていたのだろう。娘の成長を願い、夢に見て、いつか素敵な人と結ばれてくれる日を目の裏に描いていたのに違いない。――父は、その在りし日の母の姿をずっとずっと心に大切に仕舞いこみながら、人形を飾るその時だけ取り出して、思い出に浸っているのかもしれない。
「君をお嫁さんに貰うのが僕で、お母さんは許してくれるかな」
女の子の節句とはいっても家族3人のうちの女は自分ひとり。それも今日は自分が食事当番なものだから、蛤のお吸い物を作っていたたけしの後ろで、卓袱台の前、座布団に一人腰掛けていた雲雀がボソリと言った。
「母さん喜んでるんじゃねえ?俺と同じで面食いだから」
クスクス笑うたけしの嬉しそうな顔を見ながら、それじゃ当面の敵はやはり父剛だな、と何となく居住まいを正す並盛最強風紀委員長雲雀だった。


「ただいまー」
兄武が玄関口(店があるので普通の家庭でいう所の裏口が山本家の玄関だ)から恋人であるザンザスを伴って帰って来た。手にしているのは雛あられや菱餅を象った三色おこし、そして商店街の和菓子屋さんを通るたびに、ショーウィンドーを覗いていたたけしの目を楽しませていてくれた、可愛らしい梅や桜を模した餡菓子。
「ザンザスに買ってもらっちった。すっげー美味しそうなんだもん」
甘いものなんて本当は好きじゃないくせに、この兄はいつだって自分がそうしたいからしたのだ、という言い方をする。
「ありがとう、ザンザスさん、武」
父直伝のちらし寿司も、蛤のお吸い物も、箸休めの胡麻和えもできあがっている。たけしは先に少しだけ小皿にそれをよそうと、仏壇で微笑んでいる双子そっくりの笑顔に向かって手を合わせた。


―――――――――――――――――――――


驚いた。何が驚いたかって、武が電話してから10分と経たないというのに迎えに来たというのも去ることながら。
「うちのが世話になったな」
(“うちの”?)
あの男が。大会社の結構偉いポジションにあって随分と忙しくらしいあの男が。会えば挑発的な言葉か鼻で笑うことしかしないような非常にムカつくあの男が。
(武の為なら礼――のようなこと――を言う)
「へえ」
何だか妙にあの男を手懐けてしまっている天然幼なじみに感心してしまう。その幼なじみといえば、膝に負担が掛からないようにという配慮からか横抱きにされ(いわゆるお姫様抱っこというやつだ)呑気に手なんか振っている。
「おい、あまり暴れると落ちる」
「ちゃんと肩にこうして掴まってるから大丈夫なのな!」
「そうかよ。病院行くぞ?」
「へーい」
恋人同士というより、年の離れた兄が弟を溺愛しているという風にも見えないでもないが。
(あの人はあの人なりに、武を大事にしてるってことか)
本当は大切な幼なじみをあの男に拐われてしまうのは、どうにもまだ納得できない気持ちがあるけれど。
車の助手席に、振動を与えないように幼なじみを降ろす手付きが、とても優しいから。
「これ以上あてられないうちに、僕らも帰ろう」
そう言って横にいる彼女の手を取れば、発車した車のテールランプを少し頬染め見つめながら「お姫様抱っこ・・・」なんて呟くものだから。
「ここでしてあげようか?」
耳元で囁けば、赤い顔を更に赤くして、恥ずかしいからやだっ!!と歩き出してしまった。もちろん手は繋がれたままだった。


「とまあ、普通はああいう反応が一般的なんだろうな」
遠ざかる二人のやり取りを車のバックミラー越しに見ていたザンザスは、隣で全開にしたパワーウインドに頬杖着きながらのほほんとしている年下彼氏に、問い掛けるでもなく呟いた。
「えー?あ、お姫様抱っこ?もっと恥じらいがあった方が良かったか?」
風を受けていた窓から肘を離すと、運転席のザンザスの右腕に添うように顔を近付けて来る。
「お前に恥じらいなんてもんがあったら、俺はこんなに苦労してない」
「あははっ何だそれ」
普段の自分がどれ程開けっ広げで、その度にザンザスは苦行僧のように試されている気持ちでいるなどと、微塵も気付いていないような額を、デコピンの代わりに唇でつつく。
嬉しそうに綻んだ武が、甘えるように右腕に短い髪を擦り付けて来た。
「だってさ、嬉しいもん」
「ん?」
ウインカーを左に指示し、ハンドルを回す腕は当然左手一本。
「外であんだけ堂々密着できる機会なんて無いだろ?それに会うの10日ぶりだったしな。恥ずかしいより、すっげー嬉しかったんだ」
どうしてこうも何のてらいもなく素直に喜びの感情を表現できるのだろうか。ザンザスは一種の感動すら覚えてしまう。・・・怒りや哀しみは意地でも見せまいとするくせに。
不覚にも少しだけときめいてしまった胸は、右腕に張り付いていた子供を抱え込むことで誤魔化して。
「ザンザス?」
「あ〜・・・ったく、お前早く大人になれ」
「何だよーガキ臭いこと言ってんなって言いたいのか?」
「そうじゃない アホ」
「何なのなー、ザンザス時々わかんねえこと言うな」
抱える頭が可笑しそうに揺れている。
自分では全くといって良いほど気付いていないこの天然タラシが、それでも変わることなく自分の傍で笑っていればそれでいい、そう思った。


願わくば、この先もずっと。


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小さくて、可愛い


兄武の親友だという沢田綱吉は、小さいし運動神経0だし勉強も常に補習組。クラスの女の子だけじゃなく男子にまで馬鹿にされている。
だけど綱吉親衛隊を自負する獄寺は取り敢えず置いとくとして、武は
「ツナはすげ〜んだぜ!」
そう言って憚らない。
何でなんだろう、とたけしは首を傾げる。確かに自分の目から見ても、綱吉は全く冴えない少年なのだ。
人並みより大きいからといって、たけしは身長でなんて勿論人を判断したりはしないが、勉強でも体育でも余り一生懸命さが窺えないのが気に入らなかった。たけしは人の頑張る姿勢が好きだから、兄が野球に傾ける情熱や、雲雀が並盛を思うがゆえの行為を行き過ぎだとは全く思わない。むしろ肯定的に捉えていた。
(楽しいこととか、無いのかな)
そして、綱吉はたけしの親友である笹川京子に想いを寄せている。
京子は鈍感だから、あんなにあからさまなのに全然気付いちゃいない。見る度もどかしいのはたけしばかりで、一度兄に、それとなく綱吉の気持ちを代弁してやったらどうかと提案してみたが、見守ってようぜなんて、やんわり却下されてしまった。


そんな件の人物を、たけしが見掛けたのは階段の下。三階応接室の彼とお弁当を食べ終えたたけしの視線の先で、階段の踊り場の柱に隠れ何やら熱心に見つめている。
(なんだろ、あっちに何かあんのか?)
考えてみれば、あっちは今自分が帰ろうとしている教室がある。
(あ、はいはい、そういうことね)
廊下にはきっと彼のエンジェルでありたけしの友人笹川京子が黒川花とでも話しているのだろう。それをこんな場所から覗いているわけだ。
(じれったいなあもう)
あんな風に見ているだけでは、何も始まりはしないのに。いっそ当たって砕けてしまった方が、潔く次に行けるではないか。
(よおし!)
たけしは綱吉の背中を押してやろうと考えた。とんとん軽やかに階段を駆け降りる。ところが中段まで差し掛かったところで、後ろからはしゃぐ声が近付いて来た。勢いを殺そうとしたが後ろの生徒は前を見ていなかったらしく、背中が激しくぶつかりたけしは体勢を大きく崩した。
「わ、やべっ!山本・・・!」
「うわっ?!」
手すりとは反対側にいたものだから手は宙を掻き、頭から突っ込む先には綱吉が驚きの形相で固まっている。
(ヤバッ)
廊下に叩き付けられる!! 咄嗟に頭を腕で覆い受け身の体勢を取り、衝撃を少しでも和らげようと身を縮ませたが、いつまでも固い床との衝突は感じられず。
「あ、あれ?」
ゆっくり目を開けると、柔らかな山吹色の髪が鼻の辺りをくすぐっていて。あれ?体の下に感じるのは固い廊下の冷たさじゃない。それに、胸に何か当たってる・・・?
「う、うわああああっ」
「え、ちょ、あーっゴメンゴメン!!」
気付いたら、たけしは綱吉の上に乗っかっていた。いや、乗っていたというよりは、押し潰していた。なんせ発育の良すぎるたけしと平均より細身で小さい綱吉だから、どうしたってそう見えてしまう。
だけど。
「あ・・・沢田、受け止めてくれたの・・・か?」
真っ赤になったり真っ青になりながら壁に背を預けアワアワしている綱吉は、きっと考え違いなどではなく、たけしを助けてくれたのだ。
こんなに体格差があって、もしかしたら打ち所が悪ければ大怪我をしたかもしれないのに。四つん這いで近付くと何故か綱吉の方が腰が引こうとするが、たけしは構わず山吹色の後頭部に掌を這わした。大きなたんこぶが出来ている・・・。
「ありがとーーーーっ!!沢田ーーーーっっ!!」
「ぎゃーーーーーっっっ!!!」
抱き付いた体はやっぱり女の子の自分よりずっと華奢だったけれど、たけしは綱吉は親友京子を任せるに値する男の子だと確信した。
兄の言う通り、じれったいけど綱吉の恋を応援しよう。だってだって、綱吉は弱いかもしれないけど、イケてないかもしれないけど、絶対京子を守ってくれる大きな優しさを持っているから。


「だろ?ツナはさ、人として、一番大事にしなきゃいけないもんを、ちゃんと知ってんだよ。だから俺、尊敬してんだ」
てらいもなく言ってのける兄に、たけしは頷いた。
そう、よくみればおっきくて零れ落ちてしまいそうな目は可愛らしいし、小動物みたいな動きも方向を変えて見てみれば愛嬌があるじゃないか。
身長は牛乳飲めば伸びる(多分)し、腕っぷしだって鍛えれば何とかなる(多分)なるものだけど、芯になるものはきっと変わらないから、その芯をしっかり持っているなら、絶対大丈夫。
「あ〜俺も獄寺と一緒に綱吉親衛隊にはいろうかなあ」
そして綱吉の恋の行方を応援しつつ、生ぬるく見守るのだ。
そうと決まれば早速親衛隊長獄寺に入隊手続きを、そう思い駆け出そうとしたたけしの制服の首根っこは、兄の長い腕にふん掴まれ。
「・・・お前それ、獄寺に言う前に雲雀に言って来い」
「え〜?うん分かった!」


兄の勧めに従い恋人に笑顔満面で報告したら、次の日当の綱吉に涙混じりにやめてくれと懇願されて、何だかとっても腑に落ちないたけしだった。





おわり


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あきゅろす。
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