日記ログ
A




「うわぁきれいな桜ですねー。春ですねえ獄寺さん」
「あー?・・・ああそうかもな」
「なんなんですか、その、気のない返事は!?」
「るせえな、じゃあ俺に振るんじゃねえよ!大体10代目は良いとして、何でお前と一緒に花見なんかしなきゃならねえんだよ!」


暖かな日射しの日曜の午後、『こんなに天気がいいのに、若いもんが家の中でゴロゴロしてない!』と母親に部屋を叩き出された綱吉宅の玄関前には、何故か弁当片手にポニーテールを揺らしてスキップして来たハルと、奈良土産だというしかせんべいを手にした獄寺がいて。
「丁度いいからお花見しましょう!」
そう微笑んだハルに、どうせ行く所もないし、まあいいかと三人で連れ立って土手の桜並木まで歩いていれば―――。


「大体風流ってもんが無さすぎなんです獄寺さんは!」
「言ったな!てめえみてえなあーぱー女に、日本の美が理解できっかよ!」
「あーぱーって何ですか?!日本語は正しく使って下さい!!」
「あーぱーがダメならノータリンでどうだ!!」
「あーもー・・・」
(あーぱーでもノータリンでも良いけど、獄寺君一体いくつの人に日本語習ったんだよ!)
せっかく綺麗な桜が満開だというのに、花を愛でるどころの話ではない。綱吉は耳を塞いで、ギャ〜ギャ〜言い合いをしている二人から遠ざかろうと足を早めた。ずんずんずんずん土手の砂利を踏みつけながら歩いて、やっと二人の声が塞ぐ耳に微かにでも聞こえなくなったかと肩の力を抜いた綱吉の俯けていた頭が、ポンと軽く叩かれた。驚いて思わず立ち止まる。
「よ!ツナ」
「あ」
眩しい日射しに背を向けるように立っている長身の影は、部活のジャージを着たままの山本だった。
「なんだ、ツナ達も桜見に来たのか?」
部活が終わってからそのまま来たらしい山本の頬には、グランドの土が付いていた。
「あ、これ?スライディングの練習しててさ。ユニフォームも真っ黒なんだぜ」
エナメルの大きな鞄を指差し笑う山本の顔は、4月だというのに、もう既にうっすらと日焼けしている。
雲雀さんは?と聞きかけてやめた。そういえばあの人は、未だに桜が苦手のようだから。
「よーっ!獄寺〜っハル〜っ!」
綱吉の前、山本は無邪気に友人たちに手を振っている。山本のことだから雲雀を誘いもせずにここへ来たのだろう。彼はそういう気づかいをする男だから。
「なんだ、またケンカしてんのか?おまえら本当に仲いいなあ」
「「よくない!!!」」
「あははは、ほらハモってるし」
目を吊り上げている二人に、呑気に笑ってみせる山本を、綱吉は凄いし偉いと思う。自分ははっきり言って『勝手にやってください』と思ってしまう方だから。
「春爛漫・・・だなー」
のんびりした山本の声が、春風に乗って綱吉へ届いた。
歩みを止め、舞い散る桜の花びらに嬉しそうに目を細める。
そんな山本に、いつしか獄寺とハルの口も止まって。


(ああ 君ってやっぱり凄い)



思わず足を止めて見上げたくなる春の風のようです



君の声も、そして笑顔も――――。


――――――――――――――――――――

殺し屋より愛を込めて




いつもこの扉を叩くのはお前。行き先も告げない俺の居場所をあっさりと突き止め、ドアを開ければいつもの笑顔がそこにある。
『誕生日おめでとう』
綱吉の家庭教師だった頃勝手に決めた自分の誕生日に、何故か律儀にプレゼントを手にして現れる男。

―――それが誰からの物であるのか、察しがつかないほど鈍くなどないつもりだが、敢えて聞こうとも思わない。

その顔を、声を、その時だけは自分一人に向けられているはずの笑顔を。


それだけで、充分




 白い壁が続く建物の中に、黒一色の人間はとても不似合いだ。
だから花を買う。
紅く燃えるようなそれは、永遠に伝えることのない己れの心。
部屋の内装と同じく、白いベッドの白いシーツに、白い包帯を巻かれ眠る男の枕元に、起こさずにただ置いて行くだけ。


「Buon compleanno」





心から、おめでとう。

―――――――――――――――――――

『バースデー・ソング』



ハッピーバースデー トューユー
ハッピーバースデー トューユー
ハッピーバースデー
ディア 武
ハッピーバースデー トューユー

1人では口を開いているところを見られるのすら恥ずかしい年頃、けれど人数が集まれば誰が音を外そうが分かりっこない。高く低く歌はいつもは中学生1人と幼児だけしか居ない部屋を、ところ狭しと駆け巡った。
ロウソクを吹き消す。年の数だけ立てられたそれを、一息で消すことが出来ると、心に思い描いた願い事が叶うと小さな頃教えて貰ったから、肺活量のままに大きく息を吸い込む。
ゆらゆら揺らめく橙色の炎に浮かび上がっているのは、今日のこの日を祝う為に集まってくれた優しい人たち。暖かい色に柔らかく映し出される輪郭は、みな穏やかに揺れていて。


ありがとう 心から
ありがとう 沢山、沢山
ありがとう 大好きだ


溢れるように心の底から湧き出て来るのは、願い事なんかじゃなくて。



この人たちに出逢えて、良かった


(ああ そうだ)




山本は願いよ叶え!と勢い良く炎を吹き消した。余りにも勢い付いて、飾りのイチゴを支える生クリームの端っこが吹き飛んで、牛柄のツナギの子供の目に入り泣かせてしまうというハプニングを引き起こしてしまったけれど。
「わりいわりいランボ!」
「全く野球バカは手加減て言葉知らねえのかよ」
「まあまあ、じゃあ乾杯すっか!」
「ってディーノさんシャンパン振らないでえっ!!」
「ツナ兄、それよりディーノ兄鶏の唐揚げもうひっくり返してるしー!」
「ややややめてーっディーノさーんっ!」
「じゃあ私が」
「もっとやめてーーーーっ!」
電気を点けても蝋燭の中にいるのと変わらない皆の笑顔に、山本は綻ぶ。


ありがとう ありがとう
嬉しいよ







どうか君たちと、ずっと変わらず友達でいられますように







おまけ

シャンパンにアルコールが入っていた訳でもないのに、山本は何故かほろ酔い気分のような何とも言えない良い気持ちで、並盛商店街への暗い道中を歩いていた。
雨は止み、見上げた空に小さく瞬くあれは何座?
「中学生が出歩いてる時間じゃないよ」
不意に声を掛けられて空から視線を戻せば―――誰もいない。
「?・・・空耳?」
「な訳無いでしょ」
即座に突っ込まれ、声の主を探す。住宅街の広くない道路、後ろにも前にも姿は見当たらず。
「ここだよ」
山本は先程見上げていた星空よりも少しだけ低い場所に、やんわり目を細めてどこか愉しそうに自分を眺めている人に気付いた。
少ない街灯の灯りが僅かに彼の白い容貌を夜空に浮かび上がらせている。
「ひばり!」
他人の家の屋根に我が物顔で腰掛けている並盛恐怖の風紀委員長は、まるで自分の縄張りを闊歩し目を光らせる黒猫のよう。
雲雀はしなやかに靴音一つたてず着地すると、きょとんとしている山本の手を取って歩き出し。
「え?送ってくれんの?」
「まあね」
「わーすげえ、風紀委員長に送ってもらえりゃあ、誰も怖くて近づいて来ねえな!サンキューひばり!」
「どういたしまして。並盛の治安を守るのが僕の仕事だからね」
あと少し歩いてその平垣の角を曲がれば、商店街の大きな入り口が見えて来る。雲雀とは手前の信号で道が別れる。
「あ、ここで・・・」
山本は『並盛ふれあい商店街』と大きく描かれたアーケードが見えて、雲雀の手をほどこうとした。が、その手は離されることなく逆にしっかりと握りしめられ、信号を渡り真っ直ぐ――の商店街ではない方向へと足を向けて。
「あの、ひばり?俺ん家」
「誰が自宅に送ってあげるって言ったの?」
「へ?」
「僕は僕の家に君を送るって言ったの」
「ええっ?!なんか言い方間違ってねえ?!」
「服装検査見逃してあげたお礼は?」
「ええーーーーっ?!いや俺後から考えて、もしかして誕生日だから見逃してくれたのかと・・・」
「僕がそんな安っぽい誕生日のプレゼントするわけないじゃないか」
相変わらずの馬鹿力でぐいぐい引っ張られて行かれるのは、多分・・・いや間違いなく雲雀の住むマンション。
「でも!俺親父に何も言って来てねーから!」
背中に叫べば、黒い学ランがひらと翻り。
「これ」
繋がれた方とは逆の手に、気付かなかったけれどずっと提げられていたらしいものが山本目の前に翳される。紙でできた木目模様のそれは、山本が自分の家の手伝いをする折り、厨房の棚の中によく見掛ける容器。
「夕飯食べて、寿司折りと息子さんお持ち帰りお願いしますって言ったら笑って“はいよ”って。君のお父さんてノリ良いよね」
「・・・いや、親父きっと分かってねえと・・・」
「どうせ明日は土曜日で部活も遅いでしょ?」
「う・・・うん・・・」
「じゃそういうことで、僕をがっつりプレゼントしてあげるからね」
「やっぱりーーーっ?!」



何だか凄い理不尽なプレゼントに嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちのまま、山本は玄関ポーチの眩しいマンションへと引き摺られて行った。


「・・・これってむしろ俺がプレゼントなんじゃ・・・」
24日の日付が変わったころに喉の渇きで目を覚ました山本は、宣言どおり自分をがっつり味わって満足そうに寝息をたてる並盛風紀委員長を眺める。
すぐそばにある窓のブラインドに長い腕を伸ばして指先でそのプラスチックの羽を押し下げれば、まだまだ星空は広がっていて。

友達の笑顔、父の背中、朝から喜びをくれたひとたち


思いだして1人唇を綻ばせていると、背中から回される腕。


(もういいや。幸せだもん)


山本は水を飲むよりも雲雀の首筋に顔を埋める方を選ぶことにした。


自分を潤してくれる腕は



ここにある

―――――――――――――――――――


「なあなあとーちゃん今日アレ食べたいのな?ほらあの、肉のこんなんで、丸くって、平べったくて、んまーいの!!」
店を開く前の僅かな時間の合間を縫って、山本剛は家事をする。まだ小さな息子にせがまれて、今日は小判型練り挽き肉焼き――所謂ハンバーグとやらに挑戦中だ。とはいえ何度か作ったことはあるので、作り方などもうすっかり頭に入っている。
肉を何度も両の掌で叩きながら、中の空気を抜いていく。その作業は野球のグローブに球を打ち付けるのに何となく似ているらしく、息子は楽しそうに黙ってそれを見つめている。
「小判焼き〜小判焼き〜 今日のごはんは小判焼き〜」
頭を左右に振りながら変な歌まで歌い出した息子に、肉を慣れた手付きで丸め、上から潰し真ん中をちょっと窪ませて。
「おいおい武、小判焼きじゃなくて、小判型練り挽き肉焼きだろ?」
台所の流しに手を着いた息子に、そら言ってみろと復唱させようとすれば。
「小判型ねり・・・ねろ・・・ねる?ねろーん!!!」
ねるねるねるねみてー!と笑い出した息子に、苦笑いしつつもう一度。
「こばんがたねりひきにくやき。ほらゆっくり言ってみ?」
武は楽しそうに大きな口を開けて。
「おおばんこばんがにっきにき!!」
「ざっくざくだろそりゃ!!!」
物覚えの悪い小さな頭に加減しながら頭突きをかまし、それでもえへへと笑う息子が愛らしい。
「ガキんちょには難しいんかなあ」
油をひいたフライパンに小判型のそれを2つ並べると、小さな息子が前掛けの裾をギュッと握る。
「俺 とーちゃんの小判焼きも卵巻きご飯も赤茶焼きそばも大好きだぜー」
ニコニコしながらフライパンの中身が焼けるのを待っている息子の顔を見ていると、自分のこだわりが何だかどうでもよくなりそうだが。
(いやいや俺は日本男児、寿司屋が西洋かぶれの料理なんざニヤニヤしながら作ってられっかい!!)


それでも可愛い息子が嬉しそうに西洋熊手で小判型練り挽き肉焼きを頬張るのを見ていると、次は何に挑戦してやろうかな、なんて思ってしまう和食料理人山本剛なのだった。




ちなみに卵巻きご飯とはオムライスのことで、赤茶焼きそばはミートソースですな。きっと剛さんはもっと長い名称を付けているはずですが、武は覚えられない(笑)あ、西洋熊手はフォークのこと。

――――――――――――――――――――

父の背後に回り、肩に手を置いた。小さな頃この肩の上から見た景色は、いつも自分の周りに在る100センチ弱の景色と全然違って見えて、もういいか?と聞かれても、まだまだもっと!と頭にしがみついて離れなかった。


離れたくなかった。


夜は星に手が届きそうで、昼は雲まで触れそうで、朝は空をはしゃぐ雀を捕まえたくて。
もっともっととせがむ小さな俺の頭を大きな掌がぐしゃぐしゃ撫でてくれて、手を伸ばせば脇の下から抱え上げられ、広い広い肩の上。
そこは俺だけの特等席―――。


「お〜気持ちいいなあ、武ぃお前肩揉み上手くなったじゃねえか〜」
本当に気持ち良さそうに目を瞑っている父の横顔は、あの日よりも皺が深くなっていた。
広いと感じていた肩は今や自分と大差無くなり、筋肉よりも骨の出っ張りを感じる。


『周りを幸せにしていたかったら、笑っていなさい』


貴女が教えてくれたとおり笑っているよ。―――笑っていられたはずだよ。だって俺は親父が大好きだから、心配なんて絶対させたくないから。

なあ、俺絶対勝ってみせるから。だから、だからさ


仕事疲れの肩を揉まれているうちに、いよいよ本格的に眠りに入ろうとする背中を揺り起こす前に、そうっと耳を寄せてみる。


とくん とくん とくん

命が奏でる優しい響きに、涙が滲んだ。





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