日記ログ
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山本誕生日2010『桜の雨に』





例年に無く寒暖の差が激しい4月の初め。昨日までは20℃近くありシャツに学ランを羽織る位で丁度良かったのに、今朝はベストを着ないと肌寒い。
並盛の川沿いに並ぶ桜は丁度満開で、夜バイクで見回りをした頃はあちらこちらで浮かれた大人達が歌ったり叫んだり。
学生が居ないのを通り様確認して家路につけば、ヘルメットにもバイクにも淡い花びらがぽつりぽつりと貼り付いて、春を匂わせていた。


桜クラ病なんて訳の分からない病を助平保険医に感染させられ、完治した今もあまり桜を好ましく思わなくなった。
というか、もとより花なんてものに大した興味はない。どうせ毎年同じように咲くのだから。なのに人はどうしてあんなにも、あの花この花と騒ぐのか。花にしてみれば、存外余計なお世話なのではないだろうか。
(そういえば)
先日山本が桜を見てきた、そう言った。
『土曜日の部活終わったら小僧が校門にいてさ、どうせツナん家行く予定だったし、一緒に帰ろうぜっつったら、桜並木見たいってーから』
あの赤ん坊の皮を被った狼め。僕が見回りで居ないのを良いことに、山本をまんまと桜見物に誘った訳だ。
『すっげーぶわ〜って咲いてて、延々続いてんだぜ!それがさ、風がサ〜ッてふくたびヒラヒラ〜って!ほんっと綺麗なのな!」
頬を桜色に染め、興奮したようにその時の情景を思い浮かべ語る山本を可愛いと思いつつも、僕の胸には得も言われぬもやもやが広がっていた。
なぜならば。
『小僧がさ、アイス奢ってくれたんだ。暑いだろ?っつって。そしたらミルクバーに桜の花びらがくっついて、なんか剥がすの勿体無くて食っちまった』
あははは、我ながら食い意地張ってるよな〜と暢気に笑う山本は気付いていなかっただろう。僕が握り締めていた鉛筆が、掌の中で真っ二つに折れていたのを。
あの赤ん坊が、人に何かを奢るだなんて。奢らせるといった話なら、耳に挟んだこともあるけど。それだけで、この子がどれくらい特別視されているか分かったようなもの。
・・・本人が気付いていないのが幸いだ。


外は雨。このぶんではあの桜も花を散らしてしまうだろう。そんなのは全然気にならないけれど。
「・・・・」
雲雀は眺めていた窓の鍵が閉まっているのを確認し、見た目からして重そうな机の引き出しからバイクの鍵を取り出した。
携帯で風紀副委員長を呼び出して、今日の校内の見回りは任せる旨を伝えて閉じる。
(好きじゃないけど、嫌いなわけでも無いんだよ)
静かに鍵を掛け、並盛最強風紀委員長は滑るように廊下を歩く。
雨空にグラウンドでの練習を阻止され、今日は二階の渡り廊下で筋トレしていた筈の野球部エースを拐う為に。


「ひばり〜?!どこ行くんだよ」
羽織らず着こんだ学ランの背中に張り付いて、ヘルメット越しに山本はハンドルを握る雲雀に問いかける。
が、前からバイクの速度に比例するように叩き付ける雨音で声が消されてしまうのか、雲雀からの返事は無かった。
(なんだろ)
部活の終了の挨拶が響き渡るや否や、突然伸びて来た腕に驚く暇すら与えられないままバイクに乗せられ、口を開く前にヘルメットを被せられ。
送ってくれるだけなら制服に着替えるまで待っててくれるはず。
まさか余りにもお腹が空いていて、一刻も早く寿司が食べたいとか?――いやいや雲雀に限って、それはないだろう。
(わかんね〜なあ。ま、いっか)
今までの経験上、助けてこそすれ、雲雀が自分を危険な目に遇わせるなんてことは、まず無い(痛い目に遇わされることは有るが)はず。
雨に濡れたユニフォームが肌に張り付くのはちょっといただけないけど、この際だ。
(くっ付けるだけ、くっ付いとけ)
山本は雲雀の腰に回した腕に力を入れて、その背中に隙間無く密着した。自然と頬が揺るんでしまうのも、相手が後ろ向きだからわかりゃしないだろう。
一瞬雲雀の体が小刻みに震えたような気がしたが、バイクから伝わる振動だろうと山本は全く気にも留めなかった。


ちらり、ちらり
雨が花びらを打つ度に一つ、また一つ淡い紅が地面に落ちて、並盛の土手は緑とピンクの斑な絨毯を敷き詰めているようだった。
山本はバイクに跨がる雲雀の腰に腕を回したまま、艶やかでありながらどこか物悲しげな風景に口をつぐむ。
暖かくうららかだった昨日までは、手を繋ぎ歩く親子連れや、仕事帰りの会社員、大学のサークル仲間だろうか?青いシートに弁当広げてはしゃいだ男女の姿があったのに、今は自分たち以外誰も居ない。
(なんか、寂しいな)
知らず腕に力がこもり、雲雀の腹の辺りで組んでいた手がずる、とか変な音を出したように感じた。けれど雲雀は、そんな山本の様子に気付いていながらも振り返ることなく。
「雨の桜、僕は好きだよ」
「え?」
ヘルメット越しの声は、そぼ降る雨に掻き消されそうでもあり、雨の隙間を縫って鮮明に聞こえるようでもあり。
「この時期に降る雨は・・・まあ、今日は気温低いけど、本来とても温かい雨だからね。ほら、桜の影に、ちょっと寂しがり屋の誰かが隠れていそうな、そんな気がしない?」
腰に回した山本の手の甲に、雲雀の掌が触れた。二人とも濡れていて、普段ならば雲雀の方が低く感じる体温も、今は同じ位で温かく感じる。
「ひばり、桜、・・・好き?」
「雨に包まれている桜は、なんとなく幻想的だと思うよ・・・嫌いじゃない」
雲雀はまだ雨に濡れる桜を見ている。そのシールド越しの淡い世界は、雲雀の目にどう映っているのだろう。
「どうして、俺を連れて来てくれたんだ?」
「・・・さあ、どうしてだか、考えてごらん」
雲雀はおもむろに振り返り、自分のヘルメットを取り外し、山本のヘルメットにも手を掛けた。
(あ)
キスされる。
そう思って目を閉じた矢先、不意に強い風が川面を揺らしながら桜の間を吹き抜けて、雨を纏ったその花びらを散らして。
はらはら舞い落ちたピンクの花弁は、雲雀と山本の髪に、肩に、そっと止まった。
そして、雲雀の目の前の―――


ふ、と楽しげな吐息を感じて山本が目を開かないうちに、案外と硬い掌に前を覆われた。
再び口付けられる!そんな考えが浮かび目頭に力を入れたが、唇に触れると思い込んでいた柔らかな熱は、思っていた場所をするりと掠め、鼻先をちょんと小鳥が啄むようにして離れて。
(え)
少し拍子抜けというか、残念というか。そんな気持ちで掌の下パチパチ瞬いていると覆われていたものが外され、その山本の前には、桜の花びらをくわえた雲雀。それは多分――いや、もしかしなくても、先程山本に触れた場所から奪ったものに違いない。
「確かに、捨てちゃうの勿体無いね」
そう言って覗かせた舌が淡い色を飲み込むと同時に、山本の頬が桜よりも赤々と色付いた。


「なーなーひばり」
法定速度を守って走る帰り道、やはり振り返らない背中を気にも留めずに山本は話し掛ける。
「寂しがり屋の誰かって、もしかしてひばりの初恋の子か誰かか〜?」
どこか楽しげな色を滲ませたその問いに、雲雀はバイクのアクセルを噴かしながら僅かに肩を落とした。


春の雨は君に似ているから。
いつも朗らかに笑いながら、ホントは奥底に寂しさを隠してる君が、そこに佇んでいそうな気がするから。だから好きじゃないけど気になるんだよ。


(なんて、そりゃはっきり言わなきゃこの子には伝わりゃしないって、分かっちゃいるけど)


それでも後ろから『じゃあ来年からは雨ガッパ着て花見しような〜!』と嬉しそうに前を覗き込まれてしまえば何も言い返せない風紀委員長は、はしゃぎすぎて後ろから落ちないようにという意味を込めて、山本の腕を軽くポンポンと二回叩いた。


そんな二人を、並盛の桜並木がさらさら枝を鳴らして見送っていた。


穏やかに降る雨に、花びらを散らしながら。


―――――――――――

※ 本誌を読んでいないので、あくまで想像の範囲内です。
許せる方だけ読んで下さい。











怪物使いという沢田の所から、何故かくっついて来たピンクの脳ミソ。
まんまだったら気持ち悪くて、その辺りのゴミ箱に放り込んでおくところだけど、この脳ミソ、喋るし笑うしで結構面白い。
ラジオ代わりくらいにはなるかな。そんなつもりで僕は城へと持ち帰った。
後ろからフラフラ着いてくるのは、この脳ミソの入れ物らしい。
腕を力無く前に伸ばし、覚束無い足取りで歩いている。
「あれ、要るの?」
掌で抱え上げたピンクの脳ミソに聞いてみる。
艶々したピンクは、表情など分からない筈なのに笑って見えるような、声音。
「おう!だってあれが無かったらご飯食べられねーじゃん?大好きな野球もできねえし、あ!トイレも行けねー!」
へえ。ていうかゾンビの癖に食欲も排泄欲もあるっていうのが不思議というか、やっぱり面白い。
だけど“大好きな野球”という言葉に、引っ掛かりを感じない訳じゃなかった。
確かさっき自分で、『仲間に毒を盛られて惨殺された』って言わなかったっけ? その仲間って察するに野球チームの仲間だろう?
「殺されたんでしょ?それなのに、野球が好きなのは変わらないの?」
ふるん、とピンクが揺れた。頷いたのか、それとも動揺したのか、表情のないつるりとした脳ミソでは分からない。
「好きだぜ!・・もとはと言えば、俺を殺した奴だって、すげー野球が好きで仕方なかったと思うのな?それで、俺が居なくなれば・・・って思っちまったんだよ・・・。野球が悪い訳じゃねえ、そいつも悪い訳じゃねえ・・・。だから、何があっても野球は好きだぜ!」
言い切った脳ミソに、カラリと晴れ渡る眩しい陽射しのような笑顔が思い浮かんだ。
だけどやっぱり多少の違和感を拭いきれずに振り返った僕の目に映ったのは。


「・・・ねえ」
「ん〜?」
「心って、脳ミソにあるの?それとも」
あっち?
「え?」


僕が指差したその先に、ふらりふらりと漂うように歩く青い顔したゾンビ。
毒を盛られ、さらに斧で頭を割られた醜い姿。
その血の気の全く無い頬を、ぽろり、ぽろりと透明な雫が伝っては地べたに落ちていた。
虚ろな瞳から、絶え間なく。


覚えているのだろうか。どんなに時間は経っても、もう痛みは無くても、瞬間に受けた苦しみを、哀しみを。


その器が。


「・・・君は笑っているのに、あっちは泣くんだね・・」
脳ミソは黙ってしまった。喋らない脳ミソなんて、只のピンクの不気味な置物だ。
僕は目から透明な雫を溢しながら漂うように歩いていた入れ物に、そっとピンクの脳ミソを戻してやった。
途端、パチパチ瞬きし、気まずそうに恥ずかしそうに笑ったその顔は、まだ涙という雫で濡れたままだったので。
「そういう顔、キライじゃないよ。結構可愛いかもね」
顎から下に落ちそうになった雫を勿体無く感じてペロッと舐めてみた。
初めて味わう涙は、一体それが涙そのものの味なのかゾンビの味なのか、考えると少し複雑だったけど、青と赤を混ぜて紫になった顔色が面白かったので、何度も繰り返した。

――――――――――――――――――

雨はキライ だって大好きな野球が出来ないから。



雨はキライ だって並盛中のグランドは水捌けが悪すぎて、雨が止んでも何日もぬかるんでいるから。



雨はキライ 雷に震えた幼い頃を思い出して寂しくなるから。



雨はキライ 雲雀のバイクの音が雨音に消されて聞こえないから。



雨はキライ 放課後校門から振り返り見える応接室の灯りがぼやけるから




雨はキライ




雨はキライ




三時間目の終わりごろから降り始めた雨は止む様子を見せずに、結局放課後まで雨足は弱くならず、野球部他、グランドを使用する部活動は屋内での筋トレをするのみ。
恨めしく空を見上げたところで、灰色の雲が霧が晴れたように無くなる、なんてことは当たり前だがあるはずが無かった。
東校舎の階段を一階から四階まで駆け抜ける野球部の中、ダントツ一位でサーキットを終えた山本は、この雨じゃ例え止んでも明日もグランドは使えないなと、廊下で一人ごちた。


「お疲れ〜」
「また明日な〜」
それぞれの方向へ散り散り帰る仲間の背を見送り、山本は掌に雨を受ける。
いつもは朝御飯を食べる父とテレビの天気予報を見てから学校へ行くのだが、今朝は朝練に出る時間になっても父が仕入れから帰って来なかったので、テレビをつけていなかったのが仇になった。
途中まで傘に入れて貰えば良かったし、実際入って行けよと言われたけど、何となく断ってしまった。


そう、何となく。
「雨・・・きらいだ」


「僕はキライじゃないよ?」
「え?わ、ひばり」
春雨だし、濡れながら帰ったところで風邪もひきやしないだろう。そう思い、生徒玄関の軒下から踏み出した山本の肩も髪も、けれど一向に雨粒が叩くことはなく、ぼんやり俯けていた顔をかしげるように横に向ければ風紀委員の仕事真っ最中なはずの雲雀が立っていた。
「え?あれ?だって見回りは?」
「草壁たちに任せた。雨でバイク使えないし町内の見回りも出来ないからね、僕の仕事は今日はおしまい」
「そうなんか」
最近すれ違いが多くて、同じ校内ですら顔を合わせていなかった風紀委員長が目の前にいる。相変わらずの100均の傘を手にして。
校舎を見上げれば、廊下は電気が点いているものの、応接室の灯りは消えていた。
「ねえ、何でキライじゃないのかって聞かないの?」
「へ?ああ、さっきのか?えと、じゃあ何で?」
山本の問い掛けに、雲雀がキュッと口元を釣り上げる。そうして顔を近付けると、そっと耳許に囁いた。



部活を早く切り上げた君を、こんな風に待ち伏せできるからね。



「・・・うん!やっぱ俺も好き!」
「ワォ ゲンキン」
雲雀の右の肩と山本の左肩は雨に濡れているけれど、もう山本は俯いていなかった。
むしろ嬉しくて仕方なくて。





雨はキライ 雨はキライ




だけど君とこうして並んで歩けるから





雨が好き。








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