日記ログ
F
25叔父雲雀×4甥武の続きです。










雲雀恭弥の一人暮らしのマンションに、小さな子供が出入りするようになって半年以上が経過していた。
どちらかといえば人との関わりが苦手な雲雀だったが、姉の息子であり元が人懐こい子供に半ば振り回されながらも、日々は過ぎていた。
「恭おじちゃん、手つめたいのな」
いつものように、胡座をかいた雲雀の膝上を椅子にして、広げた新聞の内側で読んでいた絵本を閉じた武が、細く筋張った手をすりすり撫でてきた。
「・・・嫌かい?」
夢中で読んでいるうちに、子供の柔らかな頬でも掠めてしまったろうかと思えば、武は違う違うと首を振る。
「つめたいの、かわいそうだなあと思って」
すりすり すりすり
小さな温かい手が、白く大きい手を優しく擦ってくれる。
今まで、母にすら、そんなことをして貰った記憶なんて無い。
「武は姉さんにしてあげてたの?」
「ねえさん?あ、母ちゃんのこと?んーん、母ちゃんがおれにしてくれたのっ!」
話し掛けられたのが嬉しかったのか、武は綻んだ。
基本的に雲雀は無口な方だから、武が何か言わない限りはほとんど会話らしい会話が無い。武はそれに対して何も言ったことは無い(遠慮もあるのかもしれない)けれど、温かな家庭で育った子供には、やはり静か過ぎる環境は心寂しく思っているかもしれない。
「あのなあのな、母ちゃんゆたぽん持ってたんだぜ」
「湯タンポ?」
「ちがーう、ゆたぽん!レンジでチンするとドロドロがアチーってなんの!」
「・・・なにそれ」
旧家で育った雲雀は、それこそ金物屋に売っていそうな旧式の湯タンポしか知らない。一人暮らしをするようになってから受けたカルチャーショックは、1つや2つの話ではないので、レンジでチンの湯タンポを知らなくても当然ではあった。
「あれがあったら、恭おじちゃんの手も、あったかくしてあげれるのになあ」
ん〜。武は雲雀の膝の上で考え込むように腕組みをしてみせた。
この手が冷たかろうと、雲雀は幼い頃からの体質だから気にも留めていないというのに。
「あ!そうだ」
武はいきなり顔を上げると、膝から抜け出してリビングのドアを開け放したまま、廊下を駆け出した。
「武!戸は閉める、廊下は走らない!」
簡潔に注意するが、その辺りはやはり子供、聞いちゃいない。雲雀はやれやれといった体で立ち上がりドアを閉めかけて、ぱたぱた戻って来た武が腕いっぱいに抱えているものを見て目を丸くした。
「恭おじちゃんおふろ入ろうぜ!」


いつも二人が眠るベッドの上に、パジャマは畳んであった。タンスは上三段が雲雀、下の二段を武が使用するように分けた。
下着は一番上に入れてあるから、武の身長ではまだ届かないのだが、ちゃんと持ってきてある辺り、引き出しに足を掛けて昇ったのだろう。後で注意しておかないと。
「あったかいのな〜」
「・・・そうだね。日曜日の真っ昼間からお風呂って、すごく贅沢な感じがするしね」
小さな窓から波なみ張った湯船に燦々と降り注ぐ陽の光。なまじっかお湯の沸かしかたなんて教えて(なんせボタン1つだ)しまったばかりに、こうして二人風呂に入る羽目に。
どうせ何の用事も無いだろうと言われてしまえば、それまでなのだが。
元々人付き合いの悪い雲雀、最近では更に拍車が掛かったともっぱらの噂だが、当の雲雀はどこ吹く風だった。
むしろ良い口実ができたと思っているくらいだ。
「おふろからあがったら、すぐねような!」
「・・・今から寝たら夜寝られなくなるんじゃない?」
「でもあったかいままねたら、気持ちよくねられるもん。恭おじちゃんだって、あったかーく寝れるよ?」
「・・・そうだね」
見ているだけで逆上せてしまいそうな赤い頬が、ふわふわと笑う。
そんな武が側にいるだけで、雲雀は幼い頃に置き去りにしてきた感情を、1つ、また1つと取り戻しているような気持ちになる。
ベッドに入ってしまえば、条件反射的に体は眠気を訴え、雲雀は先にシーツで丸くなった武を抱きかかえるようにして横になった。
余程気持ち良かったのだろう、口許は幸せそうにふにゃりと綻び、寝息すら笑っているように感じる。
(風呂も暖房も湯タンポも、この子供には敵わない・・・)
だって今までどんな暖房器具だって、こんなに胸を温めてはくれなかったのだから。




おわり。


―――――――――――――

 君が好き 胸が痛い




シロツメクサが茂る並盛川の河川敷に一人座り、サッカー少年が膝や踵を使ってリフティングするのをぼんやり眺めていた。
うまいなあ
あ、バランス崩した
おお、あの体勢から胸で受けるか
部活からの帰り道、友人たちと別れてから少し寄り道して立ち寄った河川敷は、もう6時を過ぎたというのに日が長くなったせいで、川の流れも生い茂る草も川向こうに広がる景色も未だ全て赤々と燃えている。
それでもあと少ししたら、まるで染め物のように空の端から藍は橙を征服し、やがて並盛の全てを覆い尽くしてしまうだろう。
『君は何にも判ってない』
硬い表情に、突き放す言葉。そんなのは初めてのことじゃないし、明日になれば笑い飛ばせる自信だってある。


だけど雲雀、
だけど雲雀


俺だって胸が痛くナイ訳じゃないんだよ。そんな顔でそんな声で、なあ何が判らないって?
何でそんな冷たい目で俺を見るんだ?なんで自分の方が余計傷ついてるような顔するんだ?
じゃあその俺が判らないっていう部分を教えてくれよ。俺は俺という一人の人間で、お前じゃないんだから、いくら理解しようと思ったって、できないことがあるんだよ。


「あ」
サッカー少年が小気味よく跳ね上げていたボールが、トラップしそこね足から逸れて、草むらを転がった。
あんなに、まるで足から伸びたゴムの先にボールをくっ付けているんじゃないかってくらいぴったり付いて離れてを繰り返していたのに。
弾かれ、勢いよく転がったボール。
追いかけるサッカー少年。


弾かれた俺


追いかけるどころか、背を向け、振り返りもせず行ってしまった雲雀―――。


川風が懐かしいような、寂しいような夕暮れの匂いを運んで来て、山本にタイムリミットを知らせる。今日は薬局に寄ってトイレットペーパーを買わなければならないのだった。
パタパタ制服のズボンに付いた草を払い、山本はもう一度川の向こうを臨むと大きく息を吸い込んだ。沈み行く夕日に精一杯声を張り上げる。
「ひばりのアホーーーーーっっ!!おたんこなすーーーーーーっっっっ!!!色白ーーーーーーっっ!!!!つり目ーーーーーーーっっっ!!!!!ふりょーーーーーーっっっ!!!!!!!訳わかんねえことで怒ってばっかいっと浮気すんぞこのやろーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!!」
わんわん響く野球部仕込みの大音量は、街並みに跳ね返りこだましてサッカー少年の足をこけさせ、漸く追い付き捕まえようとしていたボールをその手からまた逃した。
「あースッキリしたっ!!」
ふん!山本は腰に手を当てふんぞり返り鼻息も荒く踵を返した。
草丈の伸びた坂をのしのし踏みつけながら土手を上がれば、ふと伸びる長い影。


「誰がおたんこなすのハゲ頭だって・・・?!」


「ハゲ頭言ってねーし!!」と返すより早く、山本専用の赤いヘルメットがたんこぶを3つは重ねそうな勢いで投げつけられた。



―――――――――――――

※妄想ですから、山本や雲雀さんが弱っていても気にしないという方だけお読み下さい。







漂白された真っ白な割烹着が、威勢良く客を出迎える。
暖簾越しに店の様子を伺いながら、山本は安堵とも焦燥ともつかない溜め息を細く吐いた。



「変な顔」
屋上に一人、金網を背にしてパックの牛乳をすすっていれば、腕章の着いた袖を風に棚引かせた、学ラン姿の風紀委員長が給水塔の上から顔を覗かせた。
「・・・びっくりすんだろ。居るなら居るって言えよ」
眉尻を下げて笑った山本の横を、雲雀の髪を掠めた風が通りすぎた。
「帰って来てから、そんな顔するようになったよね」
給水塔の上に上半身だけ起こし、並盛の街並みを眺めながら雲雀は事も無げに言う。
山本は飲み終えた牛乳パックに僅か力を入れて、何度か視線をさ迷わせたあと、雲雀に背を向けた。
「親父が、いて」
風が山本の声を拐う。けれどその一言一句を、雲雀が聞き逃したりするはずがなかった。
例え後ろを向いて聞きにくかろうと、どんな雑踏の中であろうと、山本の声ならば決して溢したりはしない。
「店に親父がいるのが当たり前で、当たり前過ぎて、俺は気付いてなかったんだ。いつかはあの背中が、俺の前から居なくなっちまうって」
それは30年も40年も先の話だろうと、ただ漠然と考えていた。だけどそうじゃなかったのだ。明日―――いや、今この瞬間だって、もしかしたらどこかに落とし穴はあって、父が嵌まってしまわないとも限らないのに。
「そしたら、怖くて。・・・柄じゃねえのに、怖くてたまんねえの。本当は」
もう帰りたい。帰って、ずっと親父にくっついていたい。
「ガキみたいだろ」
山本は再び笑った。眉をハの字にして、仕方無さそうに。
眉間に皺を寄せ、祈るように拳をふるうのは、我らがボス綱吉だったか。
眉間に皺を寄せてくれるならまだいい。苦悩しているのだと、相手に伝わるのだから。
だけどこの子は
「考えても仕方の無いことだよ」
「うん・・・解ってる」
「人は皆一度は死ぬ。それが遅いか早いかの違いだ」
「・・・うん。だよな」
「君は、お父さんが生きていて、辛いの?」
雲雀の問いかけに、とうとう山本の顔が歪んだ。意地の悪い質問だとは我ながら思う。
けれど、そうまでしなければ山本がまた笑顔ではぐらかそうとするのも知っていた。
「生きてて辛いなんて、そんなことあるわけない。生きてりゃ嬉しいさ!・・・けど、いつ居なくなっちまうのかって思うと・・・それが今日とか明日だったりしたらどうしようって思うと・・・不安で不安で仕方ねーんだよ・・・」
ずるずるとしゃがみこんだ山本は、コンクリートの上で膝を抱えてしまった。
あの未来は、確実に山本の中に幾つもの傷を残していた。
いくら白蘭が消え、山本にとって最も不幸なあの未来が無くなったとしても、あの時に受けたショックまでもが消えてくれるわけじゃない。
(無くなるというなら、全ての記憶を無くしてくれれば良かったんだ)
自分の力を最大限まで使い、自らの命と引き換えに世界の秩序を戻してくれたことには感謝するが、残された者たちの傷は勝手にやってくれというのは余りにも乱暴ではないか。
(・・・そこまで押し付けるのは、あの少女には酷か)
雲雀は給水塔から飛び降りると、膝を抱えて俯いている山本の隣に腰を下ろした。
未来の並盛の空も、この時代の空も、果てしなさ、その色、何も変わらない。
「僕も、君が居なくなったとき、怖かったよ」
同じように膝を抱えてみる。
「教室にもグラウンドにも――勿論自宅にも行って・・・どれだけ僕が探したか、その時の僕の気持ちが君に解るかい・・・?」
「・・・・・え」
漸く顔を上げた山本と、視線を合わせる。泣いてはいないけれど、じっと目を瞑っていたせいか、視界がぼんやりしていた。
「怖かったよ。・・・君を、永遠に失ったのかと思って」
「ひばり・・・」
「そして僕だって、いつどうなるかなんて物は、わかりゃしない」
「・・・・・・」
「怖いのは、君だけじゃない。――僕だって、同じだ」
「・・・・・ひばり」



二人して膝を抱えたまま、首だけ傾けてそっと唇に触れた。


――温かい。


日向にいたせいだけじゃ、断じて、ない。
失ってしまう“かもしれない”恐怖は、これから先も付きまとうだろう。苛まれ、立ち止まって泣きたくなることもあるだろう。
けれどその度に、こうしてお互いの温もりに触れて思いだし、歩いて行こう。




ここに在る命の重さと、体温を感じられる大切さを。


―――――――――――
※ラッヴラ部入部記念


昼休み終了のチャイムが響いて、クラスメイトに誘われ体育館でバスケットをしていた俺は、教室に戻ろうと渡り廊下を友達数人と歩いていた。
「あ」
「どした?武」
「ちょっとな。先帰ってて」
クラスメイトに言い置いて、渡り廊下の窓から見えた久しぶりの学ラン姿を俺は追い掛けた。内履きのままだったけど、怒られるのを覚悟で。
「ひばりっ!!」
追い付く前には、俺の足音に気付いた風紀委員長は振り向いていて、やっぱり足下に視線を向けながら「そのまま校内に入ったら拭き掃除させるよ」なんて言われた。
言われたけど。
「・・・なに、ニヤニヤして」
「ははっ!だって1週間ぶりじゃん。ひばりに会うの」
「そうだったっけ?」
「そーだよっ!ひばりずっと春の校内取り締まり週間とかいって、応接室にいなかったじゃん!」
「ああ、・・そういえばそうだね」
普段通り、表情の変わらぬ涼しげな物言い。そりゃいつものことだけど、暫くぶりに会えたんだから、もっとこう溢れんばかりに微笑んでくれるとか―――却って怖いか・・・。
「ちぇ〜っ。何だよ久しぶりに顔見られて嬉しかったのは俺だけなのな〜」
自分で言って、微かに落ち込んだ。
そう、風紀委員は今週頭からずっと、春の校内取り締まり週間と称して校内の見回りを強化。
休み時間はもちろん、放課後も学校内はおろか、学区内のゲームセンターやコンビニに至るまで見回りを強化していたので、当然その委員長たる雲雀は陣頭指揮の為に一つ処に留まってなどおらず、校内ですれ違うことすら無く。
山本が部活で汗を流している間に、あちこちで咬み殺された生徒が続出したという噂だ。
おかげで風紀の乱れは多少収まりを見せたみたいだけど、その間顔すら見られなかった身としては、こうして会えただけでも嬉しかったのに。
(でも)
考えてみれば、そんなのは感情の押し付けでしか無い。だって俺は自分が忙しい時には、やっぱり1週間近く顔を見せられない時があったりするのだから。
「ごめん、変なこと言った」
「君が変なのは今に始まった事じゃ無いよ」
「どうせバカだよ・・・」
「怒らないでよ」
「怒ってねえし」
「じゃあ拗ねないで」
「拗ねてねえって」
そう言いつつ、唇が尖ってしまうのはどうしてなんだろう。
雲雀が手を伸ばして来た。俺に呆れて額を弾くのかと思って少しだけ身構えた指は、短い前髪を緩く引っ張り、次いで鼻筋を辿った人差し指が親指に代わり、頬を撫でるようにし唇へ。
何かを囁くような指先がくすぐったくて、口もとがついほどけてしまう。頬が弛んでしまう。
「じゃ、甘えてるんだ?」
「・・・甘えて・・るか、な・・」
「ワォいいねそれ。たまには」
そして、指が離れたと同時に柔らかな体温が風のように唇を撫でて行った。
思わず睫毛を伏せてしまった俺の目が再び開いた時には、雲雀は学ランを春風に靡かせていて。
「じゃあね。靴の土、少しでも校内に運び込んだら罰として二年の廊下全部水拭きさせるよ」
俺は「ああ」とも「え〜?」とも言えないまま、その場に立ち尽くしていた。



なあ雲雀、靴の土はちゃんと落としてから入るから、約束するからさ、授業には遅れて行ってもいいかな。
もう少しここに居てもいいかな。



せめてこの頬の熱が、まるで雲雀の唇の温度みたいな風に晒されて、ほどよく冷めてくれるまで。







「アイツうちの教室から中庭丸見えって気付いてないんすかね」
「雲雀さんは明らかにわかっててやってたね。こっち目線だったもん」
「ラブラブっつか、勝手にやってろってか、傍迷惑って感じすけどね〜」
「・・・雲雀さん咬み殺し隊とかね」





「君たちは既に“雲雀恭弥のいつか近いうちに咬み殺したい人物リスト”略して“咬みコロス”のトップだけどね」




「げーーーーーーっ!!何で授業中しかも二年の教室にいるんですかーーーー?!」
「授業中にも関わらず授業を聞きもせず出歯亀してる生徒を注意するために」
「だだだって自習なんだからどこ見てたって自由だろっ!!」
「自習の時こそ真面目に自習プリントに取り組むべきだよ」
「「・・・・自分だって授業出てもいないくせにーーーーっっっ!!!」」






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