日記ログ
B

六弔花の一人により壊滅的に崩れかかっているボンゴレの地下秘密基地へと足を運んだ山本、ビアンキ、ジャンニーニ、スパナの四人は、ジャンニーニが更に秘密裡に造っていた通路を通り、スクアーロの元へ急いでいた。
道筋に詳しいジャンニーニを先頭に、しんがりを山本が努める。
いくら誰も知らない通路とはいえ、誰にも見つからないとは限らない。
耳を澄まし、左右に目を光らせ神経を研ぎ澄ましながら、ジャンニーニの合図に静かに走っていた山本の足が不意に止まった。
「どうしたの山本武」
すぐ前を走っていたビアンキが気付き、振り返る。
山本は外の様子が気になっているようだった。しきりに背後を気遣っている。
「・・・雲雀恭弥が気になるの?」
あながち的外れではなかったらしい。というより図星だったのだろう。目を丸く見開いた山本が、パッと頬を染めたのがわかった。ほんの一瞬ではあったのだけれど。
「い、いや、その」
言い淀む山本に、しかしビアンキは視線を外そうとはしない。山本は困ったように笑い、肩をすくめた。
「アイツが誰より強いのは知ってんだけどさ、やっぱ心配っていうか、だってアイツ結構無茶するし、怪我しても痛いって言わねーから・・・」
気まずそうに視線を伏せた山本に、ビアンキはそれは貴方も同じじゃないの、そう言いたいのを堪えた。
心配するのは当たり前なのだ。それが愛する相手なら尚更。自分とて再び出逢えた愛しいあの男の傍をほんの一時でも離れるのは躊躇われたし、目的の物を取り戻す為でなければ今も隣にいただろう。
けれど、だからと言ってこんなところで振り返られても困る。敵はどこで何を仕掛けて来るか解らないのだから、スクアーロ救出後は一刻も早く安全な場所へ移動しなければならない。
「や」
「雲雀さんなら、きっと大丈夫ですよ」
少し渇をいれるべきかと思ったビアンキの背後から、のんびりした声。
ジャンニーニがビアンキのすぐそばに戻って来ていた。
「え?」
「貴方が幻騎士に技を仕掛けた時、私はできるはずがないと言ったんです」
「幻騎士・・・?ああ、もしかしてリベンジの時のことか?」
「そうです。幻騎士が繰り出した剣撃全てに鎮静の炎をぶつけるなど不可能だと。ですが」
あの時雲雀は山本たちの闘いの場にはいなかった。気紛れな彼の事、自分以外の闘いには興味など示さないかと思っていたのに。まさか、モニターにしか映らないその闘いを。
「見ていてくれた・・のか?」
如何にも初耳といった表情で、ポソリと呟いた山本に、ジャンニーニは丸い頬を綻ばせ。
「“あれが山本武だよ”なんて、さも当然だという顔で言われてしまいましたよ。・・・山本さんの強さを信じてらっしゃるんですね」
もう一度山本に向かい微笑み、スパナが早く来いと手招きする方へジャンニーニは体を揺すりながら駆けて行った。
(ひばり・・・)
胸が、熱くなる。
信じてくれている。雲雀が、山本の中の強さを信じてくれている。―――。
「そうだよな・・・うん、そうだ!」
握り込んだ掌に新たな熱を感じる。ジャンニーニによってもたらされた、雲雀を感じる熱。
「俺は、ひばりの強さを信じてる!!」
先程と打って変わって足取り軽く走り出した山本に、心配だと呟いた時の迷いは無い。
前を走っていたビアンキが、そんな山本に、ふ、と口許を緩めた。

ガキだから単純で強い。

愛しいあの男の言葉がありありと甦る。
迷いは置いて、今は前だけ向いて走ればいい。



そこに必ず道は拓けるはずだから。



――――――――――――

(暗ヒバ山)

星影が薄闇に散らばる夜道に佇み、白く霞む息が空気に溶ける場所を眺めていた。
「行こうか」
「おう!」
今日、俺たちは並盛の町を後にする。




  笑って、笑って(暗ヒバ山・完結)




黒い衣服に身を包み、目指すは並盛一小高い場所―――並盛神社の側にある、並盛財団の地下。
「すげえなあヒバリ、何かアレみてえ。ほら閉じ込められたおっさんがさ、岩掘ってくやつ」
「何の本?」
「日本昔話!」
「残念ながら、うちには無かったよ。それに言っておくけど今時ノミやツルハシだけで地下掘る人間なんているわけないでしょ。そんなことしてたら一体何年かかるのさ」
他愛ない話、素っ気ない返事。だけど、あの頃の二人が帰って来た感覚。


そう、俺たちは今日この日10年ぶりに外で顔を合わせ、喋っていた。
季節が何度も通りすぎるその間、月が雲に隠れるのを待って、俺たちは影を重ねた。
お互いに、他の誰かと別な道を歩く時間は沢山あったはずなのに、俺にもヒバリにも、その選択は出来ずにいた。
いつも側にいてくれる他の誰か、ではなく、離れていてもヒバリが良かった。ヒバリでなければ駄目だった。


並盛神社の何段も続く石段を、俺は二段抜かしで、ヒバリは一段ずつ踏みしめ歩いた。
少し距離が開いたって、振り返れば目を細めているヒバリがいるということに安堵する。
神社の裏手に回り、街並みを見下ろしていたら、ヒバリが隣に来ていた。
ヒバリの掌が俺のと重なる。ヒバリの方がいつも体温が低いのに、今日は同じくらいに感じた。
もう寒い季節だから?
それとも柄にもなく、緊張しているのだろうか。
「怖い?」
不意に、ヒバリが口を開いた。俺たちは眼下の街並みから目を逸らさない。
「まさか」
「・・・引き返すなら、今しかないよ」
「ヒバリ」
俺は重ねられていた冷たい手を外し、自分から握り込んだ。
もう決めたのだ。
誰を傷付けてしまっても、追いかけたい人がいる。
誰を泣かせても、叶えたい想いがある。
“そんなものは一時の感情だ”
“ガキのくせに、惚れた腫れたなんざ、10年はやい”
それでは一時とは何と長いのだろう。10年かかっても、この感情は消えるどころか確かに自分の中で根付いてしまっている。
「もういいよなって、自分を許してやることにしたんだ俺」
ヒバリを好きでいること。
ヒバリをこれからも好きで居続けること。
「嘘つきは泥棒の始まりって言うもんな!!」
繋いだ手を前後に大きく揺らして笑えば、お気楽、なんて言葉が却って来る。
ヒバリがずっと待っていてくれたことを嬉しく思う。待っていながら、それでも帰る道を用意してくれていることを哀しく思う。
優し過ぎて、涙が出そうになる。
いつだって彼だけは、俺の我が儘も嘘も寂しさも赦してくれていた。だから、俺も応えたい。その勇気だって、与えてくれるのはヒバリ。
「帰らねえよ。今度は、一緒に踏み出すんだ」
迷って泣いて傷付けて傷付いて。
10年掛けて辿り着いたこの場所。ヒバリ、アンタは『遅いよ』と言いながらも待っていてくれたから。
「意地っ張りな俺と諦めの悪いアンタなら、絶対やれるよ」
しっかり顔を上げて見つめたら、10年前と変わらない強い光を宿した切れ長の瞳があった。
「10年も変わらないんだから、この先も変わりようが無いだろうしね」
「あははっ!だな!!」
親父は最後まで許してはくれなかったけれど、俺の気持ちは理解できなくても届いていると思う。
背中の時雨金時が、多分親父の俺に対する答え。
握る手に力を込めたら、同じように握り返されて嬉しくなった。
これから二人、新しい場所で一緒に沢山笑い合おう。
「何?なんか凄く張り切ってない?」
「そりゃイタリアに行ったら食いたいもんいっぱいあるし、見たい物も行きたい場所も、あれこれ考えたらキリがないくらいあるんだぜ?ヒバリドキドキしねえの?」
「僕はどっちかっていえば・・・」
そう言ったきり口をつぐんでしまったヒバリが、神社の入り口の方へ歩いて行く。
後ろから着いて行った俺の袖が引かれたと思ったら、唇が触れて。
「・・・もう月に隠れる必要無いんだぜ?」
まるで淡く頬を照らす月光から体を背けるようにして口付けるから、なんとなく可笑しくて声をこぼした先で、ヒバリが穏やかに目を細めていた。瞳を縁取る睫毛が柔らかく震える。
「そうやって君が隣で笑っていてくれるなら、僕はどこだろうと構わないんだよ」
「ヒバリ・・・」
胸から溢れ出る感情のままに、今度は俺の方から唇を寄せた。
今日も明日も明後日も。10年間の寂しさを埋め尽くすくらいのキスを、これから毎日しような?
まだ中学生の頃を思い出す。あの頃、ヒバリの顔を見るだけで嬉しくて、声を聞くだけで胸がドキドキして、喧嘩しただけで涙が出そうなくらい胸がずきずきして。
だけどその気持ちを何て言っていいのか判らなかった俺に、ヒバリは教えてくれたんだよな。
じゃあこれは?なあ、きっと俺とヒバリの答えは同じだろ?
「好きで好きで、でも好きだけじゃ足りない気持ちを、ヒバリ、何て言うか知ってる?」
長い睫毛が羽のように頬を掠めて、ヒバリが瞬いたのだと知った。
目を閉じて、唇のすぐ横に感じる吐息をくすぐったく思いながら、小さくせーのと呟いた。
同時に答えたから、どっちの声か分からなかったけれど、重なったそれはきっと。









[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!