日記ログ
D

 ブロークン Baby



「小僧 何か熱くね?」
昼休み――というか、昼飯時。もう屋上で弁当を広げるには寒いから、級友たちがひしめく教室で、机をくっ付けあっての食事中。
リボーンは大概・・・というよりいつも肩を占領している山本からそんなことを言われて、帽子の下のつぶらな瞳をしばたたいた。
「・・・気のせいだろ。次、牛肉のゴボウ巻き」
小さく短い指を差せば、案外と筋の張った手が、おかずに絡んだタレを溢さぬよう丁寧にリボーンの口元へ所望の品を運んでくれる。
「だってホラ」
モグモグ膨らむ柔らかい曲線に、ぴったり寄せられる日に焼けた頬。
「いつもよか熱いぜ?」
山本はそう言うと、父特製のだし巻き玉子を頬張った。
「またまたあ山本〜!リボーンが熱なんて出す訳ないじゃん。風邪の方が怖がって逃げて行っちゃうよ!」
綱吉が言えば、
「バーカ野球バカ!全くわかってねえな!あー、オホン。失礼ながら・・・リボーンさんはその・・・子供体温だから」
山本の目の前、こんな小さな体のどこにそんな力があるんだろうというような素晴らしいアッパーが空を裂き、親友と悪友は吹っ飛ばされた。
「小僧すげーな」
「どうだ、これでも熱があるか?」
感心する山本の肩に子供の手をパンパン打ち鳴らしながら戻って来たリボーンは、少し面白く無さそうに口を歪めている。
あと三口程残るマイタケの炊き込みご飯を一口分箸で塊から削ぎ取りその口元へ持って行けば、あん、と可愛らしく開いた。
雛鳥みたいだなあ、なんて思いながら差し込んでやる。
「熱があるの嫌なのか?」
「お前に見抜かれるのが嫌だ」
「なんだそりゃ、だってこんだけいっつもくっ付いてんだぜ?普段より高いって気付かねえ方が変じゃねえ?」
「・・・だからって、お前に心配されんのは」
嫌なんだ。そう言おうとして開いた口に、デザートのリンゴが突っ込まれた。
山本なら普通に縦に6つ位に割って食べられるだろうに、更に一切れを三等分してあるのは、きっと自分が食べやすいようにと考えての配慮に違いない。
「はい、ご馳走さん」
手を併せ、箸を片付ける山本は、熱があると指摘したきり他は何も言わない。
帰れとか、寝ていろとか、薬飲め、とか。
「ん?どした小僧」
リンゴを咀嚼し終えた自分が送っていた視線に気付いたらしい。
山本の柔らかな色味の瞳に、リボーンの丸い顔が映り込む。
「・・・いや」
何となく凝視していられなくなり、リボーンは絡んでいた視線を外した。すると帽子の上から大きな何かが優しく乗せられて。
「まあ、具合悪くなったら言えよ。家まで連れてってやっからさ」
ポンポン
黒いボルサリーノの上、軽く弾む大きな掌はどこまでも優しく、どこまでも他人を甘やかす。


時折、堪らなくなるのだ。


この、ガキ扱いばかりされてしまう小さな外装が。






おわり

―――――――――


小さな顔に大きく張り付いたマスクが痛々しい。
こんこん、こんこん。咳をするたびに上下する胸と肩は薄く、見ているだけでこちらが苦しくなりそうだ。
できることなら代わってやりたい。こんな小さく儚げな少女を前にしたら、誰でもそう思うだろう。
ましてや、母親であれば尚更―――。


『ジッリョネロでもインフルエンザが流行っていて・・・看病の手が足りないの・・・彼らを放って行く訳にはいかないのよ・・・お願い・・・!・・』
突然の救援要請に、幼い少女の気持ちを考えれば多少の憤りは感じなくはないが、彼女の立場上仕方ないといえた。
彼女は一ファミリーのボスであり、そのファミリーの誰一人として、彼女の娘の存在を知らないのだから。
聞けば、少女の世話人である老夫婦も寝込んでしまっているという。頼る相手に自分を選んだ時点で、彼女がどれくらい悩んだかは想像に難くない。
山本は寝転ぶベッドの隣で立て肘から自分を眺めている男の長めの前髪から覗く額の傷痕にチュッと音立て身支度を始め、あれこれ持って行くものを頭に浮かべた。


普段にも増して人の気配がしない一軒家から、咳音だけが聞こえていた。まだ食欲は無いらしい少女が、脱水だけは起こさないよう湯冷ましを口に運ぶ。
「ゆっくりな。うん、そう上手だ」
小さな喉が緩やかに上下する。噎せてしまわないよう、急かさず、背中を支えていた山本に、ユニが細い声でごめんなさい、と言った。
「何で?全然謝ることじゃ無いだろ?悪いのはインフルエンザ!ユニはちっとも悪くねえよ」
半分まで減った湯冷ましのカップをベッド脇のチェストに置いて、山本の手の大きさくらいしかない頭をゆっくり撫でる。が、じんわり溜まった涙は熱でほんのり染まる頬をポロポロ零れ落ちて。
「・・・めんな・・さい・・わたし・・・みんなに・・・めいわく・・・・」
小さく震える肩が痛ましい。まだ10にも満たない少女。赤ん坊のうちに母親からは引き離され、甘える術をしらず、こんな病の床でさえ他人を気遣ってばかり―――。
山本は靴を脱ぎ、幼い体を抱き上げると、後ろから抱きかかえるようにベッドへ上がった。熱の塊みたいな体をやんわり抱き締める。
「ユニ、子供には権利がある」
自分の心臓の高さ位しかない体を、力を入れすぎて負担にならない程度にしっかり包んだ。
「甘える権利、我が儘言う権利、愛情を貰う権利」
頬の涙をそっと拭い、柔らかな髪をすいて。
「ユニはどれも我慢しすぎ。ゴメンて言わなきゃならねえのは、そんな我慢ばかりを強いる大人の俺たちだ」
山本が言えば、ユニは小さく首を振った。だが本当のことだ。この少女が何を謝る必要があろうか。こんな小さな体で、こんなにも耐えているのに。
「俺でいいなら、言ってみな?良いんだぜ?何言ったって」
きっと母親に会いたいと言うだろう。子供ならそれは当たり前のことだ。けれど、こちらを振り返ったユニは山本の半分の大きさもない掌を伸ばし、きつくしがみついてきた。
「・・・熱が下がるまででいいです・・・お願い・・・一人にしないで・・・」
声を殺して泣く少女が哀しすぎて、山本は小さく薄い肩を抱き締めた。
甘えたくて甘えたくてどうしようもないのに、それでも大好きな母親が困る顔は見たくないのだ、この幼子は。


いつかの小さな自分と重なる。
そうだ、父には大丈夫と言いながら、本当は泣きたいくらい心細かった。
一人の部屋は余りにも静かで、店の楽しそうな声が一層心を締め付けて涙が出て止まらなかったのだ―――。


「いるよ。ユニがもういいって、俺の顔見飽きたから帰れって言うまでいる」
山本が言えば、涙で濡れた瞳が持ち上がる。
「ほんと・・・?」
「本当だ。俺は泥棒じゃねえから嘘はつかねえよ?」
笑ってやれば、つられたように笑みを溢す。二人で布団に潜ると、胸元に埋まるように顔を擦り付けて来る。
そんな愛し子が安らかな寝息をたて始めるまで、山本は熱い塊を抱き続けた。




「で?」
仏頂面を更に歪ませた男の膝の上、山本は抱きつき肩に頭をもたせかけていた。
普段であれば放っておくのだが、ここは執務室。そして今ザンザスは仕事中。
机に置かれたパソコンのキーボードが、膝を占領し己れにしっかり腕を回している男のせいで微妙に遠い。
「甘え直してんの」
「あ?」
「ユニにはたっぷり甘えさせてやったから、今度は俺の番」
「何だそりゃ、ガキかてめえは」
「いいだろ?俺に甘える権利くれたのはアンタなんだから」
「・・・訳がわからん」
それでも直も首に絡ませた腕を離そうとしない恋人に、ザンザスはとうとう苦笑を漏らした。
「どうせならベッドの中で抱き付いて来い」
「んなことしたら、抱き付いただけじゃ終わんねーだろ」
「当然だ」
「ぷ、やだよばか」
首筋に笑う息が掛かってこそばゆい。いつもは素っ気ないくらい自分から触れる事を躊躇う恋人だから、珍しい態度にどうにも体がむず痒くなるというもの。まだ仕事は途中なのに。
「・・・チッ仕方ねえ」
ザンザスは肩に張り付いている頭を引き剥がすと、その両頬を掌で包み込んで唇を重ねた。
気まぐれのように甘えて来た猫は、とことん慣れるまで餌を与える続けるだけだ。
顔を見れば擦り寄って来るように。



何度でも。





おわり

―――――――――――

(※10年後、白蘭のボンゴレ殲滅計画により、剛が亡くなった――辺りの話です。死にネタは受け付けないという方は読まないで下さい)









連絡を受けて駆け付けた商店街のアーケードは、所々何か大きな衝撃を受けたように破れ、燻っていた。
長い鉄筋の支柱が途中で折れ曲がり、だらしなくぶら下がっている。
風が吹き抜ける通りは既に人影が絶え、店々のシャッターは閉められていた。
避難してくれていたらいい。間に合ってくれればいい。
けれど僅かな希望は静かに絶たれ、戸を開けようとする自分を邪魔するかのように斜めに落ち掛かる破れた暖簾の竹寿司の白抜きの文字を、痛みを堪えて鷲掴み、取り払った。
カラカラ・・・滑りの良い戸は、はめられていた硝子が見事に砕け格子の枠を残すのみ。
硝子の撒き散らされた店内は、今はひっそりとしていた。
ちり。
歩く度に、靴の裏で硝子が山本を責め立てる。

『お前がボンゴレの守護者などでなければ』

『お前が友を護る道を選ばなければ』

かちり。
足を止めた山本の前に横たわるその人に、唇が戦慄き叫び出しそうになるのを、握りこぶしに更に力を込める事で何とか耐えた。
「・・・・・親父・・」
血に染まった、白い割烹服と前掛け。額は割られ、頭に締めていた鉢巻きは側に頼りなく落ちていた。
色が変色し始めた血だまりに、両膝から崩れるように床に跪く。
「・・・・・・・武」
小さく、小さく。今にも消えてしまいそうな命の炎を、懸命に繋ぎ止めるように絞り出された父の声が、山本の身体中をギリギリ締め付ける。内臓は煮え立つようであり、氷漬けにされたようでもあり。
「・・・ん、何だ・・・・?」
苦しくて、喉が詰まる。
もう何も言わなくていいから。そう思うけれど、言いたいけれど、それでは駄目だと絶望の中で誰かが囁く。
今その声を聞かなければ、お前は必ず後悔するだろうと。
山本は既に血が乾き、皮膚が硬く感じられる力を無くした父の手を、必死に握り締めた。その声を一言一句聞き漏らさぬよう、唇に耳をそばだてる。
「・・・剣の重みは命の重み・・・その剣はお前の生であり・・死である。・・・それを抜く時は・・・自分の命を・・その刃に託したものと・・・覚悟しろ・・・」




激しく火の粉を撒き散らし、炎は山本の生まれた家をあっという間に飲み込んだ。
ガスボンベへの引火で小さい爆発が起こり、破れた入り口からガソリンのタンクと、ライターを放り込んだ。
パチパチ火がはぜ、巻き上がる煙の音に父の声が重なる。


『俺が時雨蒼燕流を継いだとき・・・師匠から受け継いだ言葉だ・・・これが、師としての・・お前へのはなむけ・・・』


木造の家は火の回りが速く、数分もしない内に二階ががらがら崩れ落ちた。
あそこには父の遺体があったのに。けれど、火を放てと言ったのは父だった。
抱き上げ二階に運び、白い布団に横たえた山本の手に触れ、親として、ただ『お前は生きろ』と―――。

ゴウン、

屋根が落ち、黒いスーツが熱風に煽られ裾が靡いた。
逸らすことなき両の目から、溢れるのは恨みか、憎しみか、悲しみか。それとも自分への果てない怒りか。


何もかもを灰にしながら、業火が踊り狂う。


顔を焼く熱さに父を想い、山本はいつしか涙の乾いたその目に、父の最後を、生家の最後を懸命に焼き付けた。


覚悟と共に、




瞬きもせず。




おわり


――――――――――

ねえおじさん?受け入れていたのよ私、自分の運命を。
だけど、だけどね?
いざとなったら脚がすくむの。動けないの。
お願い、いつものように『大丈夫』って笑って私の背中を押して。










アリアが亡くなったという知らせは、すぐにユニの元へ届いた。
亡くなる数日前に、ユニの住むこの人里離れた山奥に一人訪れた母は、胸にかけたおしゃぶりをユニの細い首に掛けて言った。
『ユニ、どんなに悲しくても辛くても、仲間を幸せにしたかったら笑っていなさい。そしてね、心から嬉しいときは、思い切り笑いなさい』
たおやかな腕に抱きしめられ伝えられたのは、母がその母から教えられたという言葉。
その日、その時、ユニは母の命が自分に受け継がれたのを悟った。


「お母さん、逝ってしまいました」
夜中、葬儀すら出られないユニが瞬く星の一つに祈りを捧げていれば、その男は現れた。
来ると思っていた。この人は、何時だって自分が会いたいと思った時に必ず訪れてくれるから。
そして、今日この日を境に、きっと私達は会えなくなるのだろう。予感が、冷たい胸を更に押し潰す。
「・・・寂しいな」
「おじさんも寂しいの?」
「そりゃな、人が死んでしまうのは辛いさ―――特に、大事な人なら尚更だ。・・・ユニ、おいで」
窓辺に両肘を着いていていたユニは、男が両腕を広げると、それを待っていたかのようにスカートを翻し胸に飛び込んだ。
「・・おじさん・・・おじさんおじさんっ・・」
男の顔を見た時から既に緩んでいた涙腺は、温かな胸にすがり付いてすぐに溢れた。嗚咽を堪えるために握りしめる指の中で、男の白いシャツが幾重にも皺を寄せている。
「・・辛えよな、自分の母親の最後にも立ち会えねえで・・・」
肩をきつく抱きしめられたら、いよいよもって涙は止まらず、ユニは我慢できずに声を上げた。
「うっ、・・・うあ、お母さんお母さん・・・お母さん・・・!!!」


産まれてきて10年とちょっと。けれどその間母と一緒にいられたのは数えてみても時間的に一年にも満たないだろう。
会いたくて、声を聞きたくて、抱きしめて欲しくて。焦がれて焦がれて漸く手にしたのは、形見のおしゃぶりたった一つ―――。


「・・・母さんも、泣いていたよ。お前に、大切な娘に何にもしてやれなくてごめんて。重い運命を背負わせてごめん、て・・・。ユニ、お前は知らないかもしれないけど、相手を思い過ぎて言いたいこと飲みこんじまうそういうところ、二人してホントそっくりだぜ?」
男は泣き濡れるユニの涙を自らのシャツに吸い込ませ、細い背中を優しく撫でる。その手は温かくて穏やかで、母の訃報を察知してからずっと眠れずにいたユニの疲れた体を、眠りに誘う。
「ユニ、これからもっと過酷な試練がお前を待っているだろう。だけど、母さんが言っていたように、その笑顔を忘れるな。いっぱい泣いていっぱい眠ったら笑ってみな。お前の笑顔は皆を幸せにする。そういうお前に皆が集まる。大丈夫、何があっても、お前は一人なんかじゃないよ」
どうしてこの人は、声までもが温かいのだろう。それはまるで、春の草花に穏やかに降り注ぐ柔らかい雨のよう。
とくん とくんと耳に響く規則正しい心臓の音が、ユニを優しく包み込む。
“大丈夫”
“側にいる”
“一人じゃない”
そう教えてくれているようで、ユニはいつの間にか涙を止めて寝息を立てていた。








あれからもうあの人には会えなくなってしまったけれど、あの人の温もりはこの手が覚えているはず。あの人が与えてくれた優しい思い出はこの胸に温かい光を放っている。
だからああどうか。私のこの弱い心を奮い起たせて。
大丈夫だよって、一人じゃないよって、側にいるよって、お願い―――






「姫」













おじさん


おじさん


大切な人がいるの。その人がいる世界を何があっても守りたかったの。
私は最後までお母さんのようには笑顔でいられなくて、だけど、だけどこんな私を、その人は。
『嬉しいときは、思い切り笑いなさい』
『お前の笑顔は皆を幸せにする』




あんなに怖かったのに、もう胸がいっぱいで温かくて、苦しく焼けつくようだった炎は、まるで春の日溜まりみたい。
お母さん、おじさん、私今、心から笑ってる。





γ、貴方がいてくれるから。






おわり


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