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「瀬人、さん…?」



まるで此の世のものでは無い存在でも見たかの様に、驚愕する金髪の男。
彼が口にしたのは間違い無く彼の眼前で眉を顰めている男、海馬の名前であったが、この男の不可解な反応が何を意味しているのか…今の海馬には知る由も無かった。





(先年邂逅)




「うわぁー!城之内くんのお弁当、今日も美味しそうだね!」

「ん、そうか?毎日自分で作ってっと正直味気なく感じるんだよなぁ……」

「でも城之内くんの玉子焼きは絶品だよ!そうだ、僕の唐揚げと交換しない?」

「おっ!サンキュー!遊戯んちの唐揚げすっげー好きなんだ!マジで作り方教えてもらいたいくらいだぜ」



そんな平和な会話が飛び交う昼休み。
皆が昼食を取っている中で、廊下側一番後ろの席に座る海馬だけは一人ノートパソコンと向かい合っていた。

だが正直、捗らない。

その元凶である金髪をチラリと一瞥して海馬はキーボードを打つ手を止めた。



あの日、海馬を“瀬人さん”と呼んだ彼の名は城之内克也だという事は、偶然にも同じクラスであった為直ぐに知ることが出来た。


しかしそれだけだった。


海馬は仕事を優先せねばならない事が多く、その為学校に足を運ぶ回数も少ない。その上、あれから城之内は一度も海馬に話し掛けてはこなかった。
自然と二人の間には何事も無かったかの様に、只時間だけが過ぎ……季節は冬、既に三学期へと突入していたのだった。






互いに会話を交わす事が全く無いのだから、海馬にとっては稀に登校した折りに耳にする、城之内と親しい友人である遊戯との会話が唯一の城之内を知る手段である訳で。
今日もまた城之内と云う男の情報を得ようと、作業をしながらも二人の会話を聞いていたのだが………どうにも馬鹿らしくなってしまい海馬は小さく溜め息を零した。



(下らん、そもそも何故俺がここまで奴を気に掛けねばならんのだ……)



海馬は高校生にして大企業の社長という肩書き上、知名度はある。特に傘下であるこの街ならば尚更だ。
たとえ初対面の相手であっても彼の名を知っている事は何も不思議では無い。


只、海馬の中で妙に引っ掛かっているのはあまりにも不自然であった城之内の態度。
そして“海馬”の方では無く“瀬人”……しかも呼び捨てでは無く敢えて“瀬人さん”と呼ばれた事だった。


城之内と云う男は同い年……更に彼とは決して相容れ無いであろう相手を“さん”付けで呼びはしないだろう事は容易に理解出来た。
だからこそ、海馬は未だに城之内の情報収集という名目の観察を止める事が出来ずにいるのだろう。



もう一度城之内へと視線を向ければ、彼は幸せそうな顔で唐揚げを頬張っている。
海馬が自分の事で頭を悩ませているとはつゆ知らず、何の悩みもないのだろうと思わせるその笑顔に表情を歪めて、海馬はまたあの日の出来事を思い返していた。




「瀬人、さん…?」

「……誰だ、貴様は?」

「…!?っ、悪ぃ…人違いだったみたいだ」


海馬からの質問には答えること無く、そそくさと走り去ってしまった城之内の後ろ姿を眺めながら、海馬は記憶を辿ってみたがやはり覚えはなかった。
金糸の様な目立つ頭をしているのだ、一度でも会った事があるなら忘れはしないだろう。



(人違いだと?俺によく似た瀬人と云う男が他にいるだろうか?)


城之内の言葉に違和感を感じて幾ら考えた所で、結局は堂々巡りだ。苛つきを隠せずに海馬は舌打ちをした。



「…海馬くん」


不意に背後から軽く肩を叩かれる感触に、海馬の意識は現実へと引き戻された。


「!?……何だ」


眉根を寄せ苛立ちを表情に浮かべながら振り返ると、先程まで城之内と仲良く昼食を取っていた筈の遊戯が立っていた。

その現状にはっとして教室内を見渡すと海馬と遊戯以外は誰もいない。
それに気付かない位に考えに没頭していた事に海馬はまた小さく舌打ちをしてから、渋々遊戯の方へと視線を向けた。


「海馬くん前休んでたから知らないよね?…次の化学の授業、実験で移動教室なんだ」


「……それで?」


「席順でペアが決まってるんだけど………海馬くんが出席してくれないと城之内くん一人でやらないといけないんだ」


難しい実験だから城之内くん大丈夫かなぁ等とわざと海馬に聞こえるように口にする遊戯をじろりと睨みつけてやると、彼は動じる様子も無くニコニコと微笑み返してくる。


「城之内くんと友達になりたいんだよね?……城之内くんも口には出さないけど、海馬くんの事気にしてるみたいだし、良いきっかけになると思うよ」


ああそういう事か、と海馬は妙に納得して小さく嘆息した。
要するに遊戯は、海馬が城之内を観察している事に対して勘違いをしているのだ。


「何か勘違いしている様だが、俺は別に……」

「あっ!ほらチャイム鳴っちゃうよ!早く行こう!」


海馬の話を聞いているのかいないのか。遊戯は教室の前方の時計を見やり、授業開始までの時間が残り僅かしかないのを確認すると慌てた様子で海馬の腕を引き席を立つよう促してくる。
その状況に盛大に溜め息を吐きながらも海馬は腰を上げた。
今日の化学は出席日数調整の為に当初から出席する予定だったからだ。

遊戯の思い通りに行動したかの様になってしまうのはどうにも腑に落ちないが、仕方無く海馬は遊戯と共に実験室へと足を運ぶ事にした。



どうにもらしくない。少し距離を置いて遊戯の後ろを歩きながら海馬は自嘲気味に笑んだ。
日に日に城之内への興味が、自身で思っていたよりも大きくなっている。



「…ねぇ海馬くん、もうすぐ城之内くん誕生日なんだよ」

「だから、何故それを俺に言うんだ」

「25日なんだ!海馬くんもお祝いしてあげたら城之内くんきっとびっくりするよ」

「………」



駄目だ、会話が成り立たない。
言葉を返す気にはなれず、頭痛がしそうになる頭を抱え海馬は歩を進める。


辿り着いた実験室の扉をガラリと開きくぐると、皆一同に驚いた様子で海馬の方を見つめていた。
海馬がこういった実習に参加する事自体が初めてなのだ、驚くのも無理は無いだろう。
例に洩れず城之内も、ぽかんとした表情で実験室内をつかつかと歩く海馬を眺めていたのだが。
城之内の向かいの席に腰を下ろしたかと思うと、徐に此方の様子を伺うように鋭い視線を向けられ慌てて目線を反らせた。





「…………」
「………」


互いに何も言葉を交わす事も無く、向かい合わせの状態で黙々と作業を進めていた。
城之内の視線は気まずそうに伏せられたままで、決して海馬の方に向けようとはしない。



こんな状態で実験なんて出来るのだろうか、そんな事を考えながらふと城之内の手元へと目線を移せば有ろう事か容器も何も無い場所に試験管の中の液体を流そうとしていた。



「おい、待て。それは此方に……」

「…ぁ!」


とっさに試験管を持つ手を止めようと掴むと、城之内の頬が一気に赤みを増していくのが解った。
それとほぼ同時にガシャンと試験管の割れる音が室内に響いていた。



「っ………悪い」


頬を朱色に染め上げ、眉尻を下げて申し訳なさそうに謝罪する城之内。海馬はそんな彼に暫し目を奪われていた事に気付いてギリリと奥歯を噛んだ。








「……あのさ、ごめんな。俺のせいで掃除させられて」

「全くだ」


あの後、城之内は化学教諭に真面目にやらないからだと説教をくらい、実験室の掃除という罰まで与えられてしまった。

教師も海馬には強く言えない節があり(彼の会社がこの街を支配していると言っても過言では無い為仕方無いだろうが)、罰掃除は城之内だけが命じられた訳なのだが。
海馬は自分にも責任が有ると、城之内と共に掃除をする事を申し出たのだった。




それにしても箒と海馬なんて似合わない組み合わせだなと思うと、どうにも可笑しくて城之内は耐えきれず吹き出していた。


「何がおかしい?」

「…いや、海馬ってさ意外と良い奴なんだなって」


律儀に掃除に付き合ってくれるとは思わなかったと、微笑みを浮かべながら話す城之内から海馬はまた目が反らせなくなった。
そんな海馬の様子には全く気付かずに、城之内は話を続ける。



「……なぁ、忘れてるかもしれねーけどあん時は悪かったな。勘違いしちまってさ。…………でも、今こうして話してて思った、やっぱり似てるんだよな」

「………勘違い、か」

「あっ、ごめんな。こんな話しちまって…?……どこ行くんだよ?」

「帰る。掃除なら済んだだろう」

「はぁ…?」


海馬は此方を振り返る素振りも見せずに、さっさと部屋を出ていってしまった。


「変なの。俺、何か怒らせるような事言ったか?」


叩き付けるように閉められたドアを見つめながら、城之内は困惑した面持ちで呟いた。

「…勘違いで済まそうとしたから、怒ったのか?」

去ってゆく海馬の足音をどこか遠くに聞きながら、城之内は先程海馬に触れられた手をもう一方の手で包み込むように握り締めていた。


「だってさ、………絶対に勘違いなんかじゃないって言ったって……お前は信じちゃくれないだろーが」











(やはり奴は人違いだと言い張る。……ならば貴様はその男と俺を重ねて、顔を赤らめたのか?)




『瀬人さん、瀬人さん……』


照れくさそうに頬を染める城之内が呼ぶ名は海馬のものと同じだ。
しかしその相手は海馬では無い、城之内は海馬に背を向けて顔の見えない男の方へと走り去っていく。

いくら手を伸ばしても、決して此方にその眩しい笑顔を向けてはくれないのだ。



「瀬人様!」


その声にハッと瞳を見開くと、黒いサングラスの男……海馬の部下である磯野が不安げに海馬を見つめていた。

眠っていたのか、と海馬は小さく息を吐いた。


「瀬人様、お疲れのようですが……今日はもう休まれては如何ですか?」

「………少し頭を冷やしてくる」


磯野の提案に耳を貸そうとはせずに椅子から勢い良く立ち上がると、身支度を整え始めた海馬に磯野は只おろおろとするしかなかった。


「…しかしお一人では危険です」

「大丈夫だ、直ぐに戻る」


それだけ口にすると、海馬は社長室を後にした。その後ろ姿を見送ってから、もう一度主の居なくなったデスクを眺めて磯野は大仰な溜め息を吐いた。







ジャリと砂を踏み締める音が静まり返った辺りにやけに大きく聞こえた。
どうして此処に来ようと思ったのか、解らない。
気付けばKCからは随分と離れた人気の無い公園に足を踏み入れていた。


一回りしたら帰るか。そう決めて公園内を散策しているとふと薄暗い公園のベンチに佇む影が視界に飛び込んできた。
月明かりに照らされた見覚えのある金の髪に海馬は目を疑った。



「じょうの…うち?」

「…………どうして俺を知ってるの?」



突然名を呼ばれた事に驚いて上げられた顔、瞳は怯えた様に揺れていた。
海馬の知る城之内よりも幾分か幼い姿ではあるが、目の前の少年は確かに城之内だったのだ。




かなり遅くなりましたが(一応)城誕記念です。あと二話程続きます。

20110201






あきゅろす。
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