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翠色の日々
翠色の日々G




「あの人が亡くなってから、もう2年くらい経ったんだね……」
真は感情の無い声で呟くように言う。


土曜日の昼下がり。外は雨が本降りとなっていた。


いきなり訪ねてきた真を、敬太の母親は喜んで迎えた。



「……ん。そうだな……」

敬太が返す。その瞳は何処を見ているのかいまいちわからない。

二人は敬太の部屋にこもっていた。雨が降っているので外へ出掛ける気も起きないのだ。
「……わざわざ雨の日にこんなしんみりした話するの、やめようぜ」
敬太は辛そうに溜息をつく。

「……そうだね。敬ちゃんの具合も悪いし」

「なんでわかんだよ」

「わかるよ。僕は敬ちゃんについてなら何でもわかる――てか、顔色超悪いよ。普通に敬ちゃんの顔見てるだけでわかるって」
真は冷たい指先で優しく敬太の頬に触れる。予想通りに熱を持っていた。
「熱い。熱あるんでしょ」
「……そーだよ」
敬太は隠すことを諦めたように言い捨てた。まだ敬太の不調は続いていた。

「何か考え事してるんだね。何があったの?」

次々と敬太の心中を見抜いていく真。
敬太は、真に隠すのもここらで限界か、と心の中で溜息をついた。


「……最近、妙に変な奴といっぱい会うんだよ」


「?」


真は首を傾げた。


「実はこの前、俺、外で倒れてさ……」




敬太は、陸やれなと会ったことを話した。
――そして最後には、イリスのことも。



* * *



「ただいまー……」


広い室内に、声が虚しく響き渡る。
真はリビングの明かりを点け、ショルダーバッグを肩から下ろし、床にバサリと置いた。



つい先ほど、真は、敬太が経験した最近の出来事を全て聞いた。



――重々しい気分だ。なんとも言えないもやもやが自分の中で渦巻いている。



陸、れな、そしてイリスー……。
自分の知らない人物が彼の口から出てくることが、苦痛なのだろうか。
真にはわからない。



「不吉だな……よりにもよってこんな時期に」



外は既に暗闇に包まれ、相変わらず雨が降っている。

雨音に苛立ちを感じ、真は窓のカーテンを閉めた。


誰も居ないリビングで、真はひとつ溜息をこぼし、ソファーに腰を下ろす。
顔を手で覆い、うなだれた。


――苛々、する。


敬太を揺るがす存在たちに。
敬太に近づく、自分の知らない存在が増えたことに。
敬太が苦しんでいるというのに、そのことよりも、その存在たちが気に障る自分の歪んだ心に。


……自分は嫉妬心<ジェラシー>の塊だ。


もう平気だと思っていた。もう以前の自分は捨てきれたと思っていた。
敬太に関して、ほんの少しのことにさえ激しく嫉妬した昔の自分。
敬太を誰にも渡したくない…そんなことばかり思っていた昔の自分。
敬太は自分が守る――そう考えていた。
そういう自分が一番敬太に気を遣わせることもわかっていた。
だから決めたのだ、余計な嫉妬をしないと。嫉妬心ばかりの自分を捨てようと。
そうして、不幸で可哀想な敬太を傍で支えていくんだ、と。


ぼろぼろになった敬太を見た、あの日、そう誓ったのに――。



予感がした。

きっとまた、不幸が敬太を襲う。
いや、もう襲い始めている。
日常に変化が現れているから……。


また、敬太はぼろぼろになるかもしれない。


その時、果たして自分は、敬太にとって最善の行動をとることが出来るのだろうか――?




「――真!」


凛とした声に、真は我に返る。
顔を上げると、目の前に母が立っていた。


「か、母さん……」


母はしゃがみ込み、真の顔を心配そうに見つめた。

「帰ってきたと思って出てきたんだ。今日はあたしけっこう調子良いからさ」
「そ、そう……」
真はしどろもどろする。


「でもお前は調子悪そうだね。顔色が酷い」


「大丈夫だよ……敬ちゃんちではしゃいじゃって、ちょっと疲れちゃっただけ」
適当な誤魔化しをする。
「……そう。まぁ、なら今日は早めに寝るんだよ」
「うん、そうするよ」

真の誤魔化しには気付いたか気付いていないか――真の母は深く聞かずに、彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。
にへ、と自分に微笑む真を見て、思い出したように言った。

「そうだ!今日の夕飯はあたしが作るよ。お前は調子悪そうだし、たまにはね」
「大丈夫なの?…大丈夫なら良いけど」
「任せなさい」


真の母はさばさばとした性格だ。
家を出て行った父とは対照的な。

そんな母が、真は大好きだった。





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