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翠色の日々
翠色の日々F



午前5時30分

彼女は今日も目を覚ます。

本来の、音を出し人を目覚めさせるという目的で使われなくなったデジタル目覚まし時計には、彼女にとっていつも通りの時間が映し出されていた。


彼女は今日も目覚めの悪い朝を迎える。

窓からは光が差し込まず、外の天気はあまり良くないということを知らせた。

そして微かに聞こえてくる雨音。


――今日も雨。


布団に体を埋めたまま金髪の彼女は考える。


――敬太くんは、今日あの公園に行くのかな。


最近出会った変わった姓の男子。彼のことを考えると心が温まる気がする。

今日は雨だから、公園へ行ってみようか。
今日は土曜日だけど彼、学校は休みなのだろうか。

敬太について色々と思考を巡らせる。その顔には僅かな微笑みがあった。


ほんの少しの間敬太のことばかりを考え、彼女――イリスは、興味を別のものへ替える。

勉強机の上に置かれた、ひとつの写真立て。
其処にはイリス、そしてもう一人女性が写っていた。
黒髪長髪の女性。其処に写った二人はお互い体を寄せ合い、まるで仲の良い女友達のように楽しそうな笑顔。

イリスはベッドに座る体勢になると、その写真立てを手に取り大切そうに抱きしめた。
目を閉じ、ひとつ溜息を零す。


――持つことを許された写真はこの一枚だけ。




「春花お姉ちゃん……今頃、何処で何をしているのかしら……?」




その問いに誰も答えること無く、ただ雨は強まり朝は訪れる――。









「今日も雨、か」


午前7時。雨が止む気配は無い。

真は部屋のカーテンを開けながら呟いた。
体を一伸びさせ部屋を出る。着替えは済ませた。

廊下を歩く。それは普通の家とは言えないような広い廊下だった。天井も高く、部屋も多い。ちょっとした洋館のようにも見える。


しかし本来居るような使用人などと言った者の影は一切見当たらず――その家はどこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。

「梅雨もそろそろ飽きたって感じだなー」

リビングを通り越しキッチンへと向かう。
其処にも人影は無い。
真は当たり前のことのように、ひとりでパンを焼きサラダを作り紅茶を淹れるなどして朝食の準備をする。

なかなか手際良く――二人分の朝食が出来上がった。

真は自分の分を食べる前にもう一人の分をトレイに乗せリビングを去る。

そしてまた長い廊下を歩きひとつの寝室へと辿り着いた。


ノックをしドアを開けると質素な風景が広がってくる。其処にあるものは、水と何かの医療薬が置かれた小さめのテーブル、小さなタンスと、電話。そしてカーテンの付いたベッド。



「真、おはよう……」



ベッドの中から弱々しい、女性の声が聞こえた。


「おはよう。朝ご飯、置いとくね」

真は――まるで敬太に向けるような――優しい笑顔でその女性に言葉を返すと、テーブルの上にトレイごと朝食を置く。


「毎朝本当にありがと」

「うん。食べ終わったらそのままにしといて良いからね。後で食器取りに来るから。昨日みたいに無理に台所に運んじゃ駄目だよ?」
「あぁ。……色々やってもらっちゃって本当にごめんね、真……」

まだ若いその声は悲しみに染まっていた。

「良いっていつも言ってるでしょ?気にしないでって」
真は明るく振舞う。
「……本当に、真が居て良かった。有難う」
「僕を産んだのは母さんでしょ。母さん自身のおかげだって」
それを聞くとベッドの中の女、真の母親は小さく笑みを漏らす。

「本当に良い子。真はきっと将来良い父親になるよ。彼女は居ないの?」
冗談交じりに囁いた。
「残念ながらね。僕には敬ちゃんと言う素晴らしい友達が居るからそれで十分だよ」
真も軽く返した。

「敬くんか……あの子にもお世話になったね、真。感謝と恩を忘れるなよ」
「うん、わかってる」

強く頷いた後、そういえば、と話を切り替えた。


「今日、雨降ってるんだけど敬ちゃんち行ってくるよ。ふふ、アポはとらないけどね」
きっといつもみたいに迎えてくれるんだろうなと楽しそうに言った。
「突然家を訪ねても敬ちゃんのお母さん、凄く喜んでくれるの。嬉しいよ」

「……理想の母親だね。あたしも、そんな母親になってやりたかったけど……」


しんみりとした声を真は自分の声で遮った。


「何言ってるの。僕は今のままで十分だよ。凄く幸せだよ?」
笑顔で言う。


が、少し沈黙を置いた後、真は少し寂しげな表情になった。




「けど……最近、また敬ちゃんの様子がおかしいんだ。凄く、心配なんだ……」



その呟きに、真の母は黙することしか出来なかった。


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