翠色の日々
翠色の日々E
* * *
学校 昼休み 屋上にて
「浪枝先生」
一人弁当を食べる浪枝を呼んだ。
空は久しぶりに青く澄んでいて、梅雨の時期もそろそろ過ぎ去ろうとしているのかと思わせられた。だがまだ空気は少し湿っている気がする。
「どうした敬太、体調はもう良いのか。熱とか」
浪枝は敬太のほうへ顔だけ向ける。
「まぁまぁです。今日は久々に晴れてるし。気分も軽くなるもんですよ」
「そうか。・・・で、何か用か?」
浪枝はいつも通りの無表情。
「浪枝先生は・・・・・・超能力って信じますか?」
沈黙。
「熱まだあるんじゃないか?」
浪枝は箸を置き、敬太の額に手の平を当て真剣な眼差しで言ってくる。
敬太は幾ら何でも突然過ぎたかと少し恥じながら浪枝の手を軽く払う。
「俺は真面目です。真面目に言ってます」
「敬太の中で超能力がブームなのか?」
真顔で言ってくるから余計に恥ずかしい。
「違いますよ・・・ただ、ちょっと」
「?」
敬太の表情が少し曇るのを感じた浪枝は真剣に敬太の言葉を聞こうとする。
「ちょっと不思議な経験をしたっていうか」
ふむ、と浪枝はひとつ頷く。
「敬太のような年頃は、不思議な事の一つや二つ経験するものだ」
「それ、真面目に言ってんですか?」
「すまない」
浪枝に対してでは無く、何かもやもやしたものが喉に詰まっている様で苦しくて思わず敬太は溜息を零す。
「……気持ち悪いと思いませんか。初対面の他人が、なんか俺のこと知ってて。色々言ってきて」
そんなことがあったのか?と浪枝は表情を険しくする。
「それは不気味だ。ストーカーとか」
「相手、男ですよ。……それに」
敬太の声色が変化する。顔は俯き加減となり表情が読み取れない。
「……浪枝先生以外の人には誰にも話したこと無いこと、言われて」
「……」
浪枝の表情がさらに変化し、驚きが混じったものになった。
すぐに表情を引き締める。
「……これだけは言っておくが、俺はお前が話してくれたこと、何一つ誰にも言ってはいない」
「わかってます……信じてますから、先生のこと」
「あぁ、安心しろ」
浪枝の落ち着きつつも力強い言葉を聞き、敬太は少し安心したようだ。
自分を落ち着かせようと小さく深呼吸する。
少し沈黙が流れた後、敬太が元通りの表情と声で言う。
「ま、俺の考え過ぎかもしれねぇし、決め付けるのは早いかと思うんで」
「あぁ。また何かあったら遠慮無く言え」
「はい」
敬太は薄く笑顔を取り戻し、浪枝の弁当に目を向ける。
「いつも思うんですけど、美味しそうっすね。先生の弁当」
「ん、あぁ。今日のは妻が作ったものだからな」
浪枝も微笑んだ。幸せそうな笑みだった。
「毎日妻が作るわけでは無いんだがな。あいつは体弱いから朝早く起きれないこともあるし」
浪枝の微笑みがどこか寂しげなものに変わったことに敬太は気付く。
胸が痛む。話を変えようと敬太は気まずげに言葉を切り出した。
「……っと…ぁ、俺まだ昼食食ってなくて、ここに持って来て食べても良いですか?」
「あぁ。良いぞ」
浪枝は、いつも通りの無表情に戻った。
――何か辛いこと、心の中にあるのは、俺だけじゃない。
自分の弁当が置いてある教室への階段を下っているところで、敬太は険しい顔をしながら自分に言い聞かせる。
その脳裏から金髪の少女と茶髪の男の姿が消えることは、無かった。
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