翠色の日々
翠色の日々C
* * *
雨の中。
ひとり、たったひとり。
何も見えない、なんにも。
灰色、全部灰色。
あるいは、赫色に。
滲む、視界、きっと雨のせい。
別に良かった。
何も見たくなかった。
だから、滲んで。
ずくんと重い、灰色。
そして、赫。
幻覚――?
あぁ、そうかも。
滲んで、見えなくなった。
もう、消えたくて。
灰色、あめのなか。
「―――・・・・・・・っ!!!」
そして、少年はまた目を覚ます。
何か体に重さを感じた。
反射的に思いっきり体を起こす。
「!?!?!?」
「ぐへっ」
変な声。
起き上がると同時にぼすりと音、そして自分のもので無い声が聞こえた。
――目の前に、自分の下半身を跨ぐようにして少し小柄な男が後ろに倒れていた。
「!?!?!?!?」
「あーー、いきなり起き上がらないでくださいよ」
どうやら敬太が起き上がった勢いで男の方が後ろに倒れてしまったようだった。
――いや待て、ちょ、待て!!!???
敬太は何がなんだかわからなくなりパニックに陥りそうになる。
「な・・・・・・おま、誰・・・なんで・・・つか、此処・・・ドコ!!!?」
やっと自分の声が出てくる。
「まぁまぁ、落ち着いて」
男は身を起こし敬太の目の前に顔を持ってくる。
笑顔だった。
「・・・・・・おま、公園で、ベンチで・・・・・・!!!」
敬太は今目の前に居る男が、公園のベンチに座っていた茶色――茶髪の男だと気付く。
「ていうか顔近っっ!!!つか何乗ってんだ!!!いや待て此処どこ!?」
「またつれないこと言って。あ、此処はベットの上ですけど?」
確かにそうだった。
気を失った敬太は寝かされていたようだ。
敬太の体を跨いで乗っかっている茶髪の男は笑顔のまま答えた。
「そういうことじゃねぇよ!誰だよオマエ!!!」
「まぁ、一旦落ち着いて。説明しますから」
男は敬太の体に乗ったままこれまでのことを話し始める。
「僕が公園のベンチに座っていたらー、あなたが歩いてきたんです。そりゃもう死にそうな顔して。んで公園の前で止まったと思ったら僕のこと驚いた顔で見つめてー、気失って倒れちゃったから、とりあえず放っておくわけにもいかないと思って、僕より大きなあなたを頑張って背負って連れてきたんですよ?僕の家に」
男は少しゆっくりな口調で一気に説明する。
敬太はその一つ一つの言葉を一生懸命理解しようと頑張った。
少し、沈黙が流れ。
「・・・・・・・・・そ、そうだったのか・・・?それは、迷惑になったな。悪ぃ」
敬太は幾分か落ち着きを取り戻し、とりあえず礼を言う。
「いえいえ、良いんですよ」
「で、何で俺に乗る必要があるんだ・・・・・・?」
敬太は少し怖い顔で男に迫る。
「ふふ、そんな顔しないでくださいよ。あなた、勝手ながらも測ってみたら熱あったんですよ。しかも凄くうなされていたから――マッサージしようと思って♪」
明るい調子で続けた。
「悪いがそんなんいらね。でも、そっか・・・・・・熱まで出ちまったか」
「風邪気味だったんですか?」
「・・・別に、そうじゃないけど」
敬太の表情が曇る。
「何かお悩みでもあるんですか?」
「ぇ・・・・・・」
的を射た質問が返ってきて思わず声が出た。
「良ければ力になりますよ」
「え?」
男が微笑みながら言った言葉に首を傾げ、どういう意味だと聞き返そうとした。
「あ」
突然、何かを思い出したように顔から笑みが消えた。
「あ?」
「僕の名前言ってませんでした」
「え?あ、あぁ」
話が変わってしまった。
「“陸”って呼んでください。どうぞよろしく!」
陸は明るい調子で言った。
「あーえと、俺は敬太。鳳峰敬太だ」
思わず自分の名前も答える。
「敬太くんですか、良い名前ですね」
ふふっと陸が笑みを漏らした。
と、その時。
バタン
突然部屋の扉が開き――
「・・・・・・・・・・・・」
そこには、ひとりの少女が立っていた。
少女は無表情で敬太の体に乗っている陸を見たかと思うと――つかつかと陸のほうへ歩み寄る。
「――っぬぁにやってんの陸ぅぅぁぁああぁああっっっ!!!!」
叫び――陸の頭に遠慮の無いチョップを御見舞いした。
「ごはっっ」
本日二度目のわざとらしい変な声を出す。
突然すぎる少女の大声に敬太はビクリと体を震わせた。
――え、何?
「痛たた・・・・・・いきなりどうしたの?酷いなぁ」
陸は自分の頭を擦る。
「ど、どうしたのってぇ!!何乗っかってんの!?」
最もな疑問を声に出す。
――あ、こいつ・・・・・・まともな奴だ。
てか誰?と思考を巡らせる敬太。
兄弟か何かだろう、とすぐに結論を出す。
少女は自分よりも少し年下くらいに見える。
陸とはまた違った印象の茶髪をしており、顔にはまだ幼さが残っている。
「あの・・・」
敬太が声を出すと少女の目線がこちらへと向いた。
「倒れてた俺を面倒見てくれたんですよね、どうもすいません」
とりあえず少女に礼を言っておく。
すると彼女は申し訳無さそうな表情になった。
「あ!いえいえそんな!陸も倒れてる貴方を見て驚いちゃったみたいで・・・ていうかいきなりこんなところで寝かされてたら驚きますよね!」
陸は乗っかってるし・・・と不機嫌そうな顔で付け足す。
「ふふ、嫉妬?」
陸が変わらず微笑みながらからかう。
二度目のチョップが贈られたのは言うまでもない。
――兄弟、なのか?
僅かに疑問が浮かぶ。
兄弟でこんなやり取りをするのかと。
自分は一人っ子だからいまいちわからない。
それに、二人の顔つきも全く似ていない。似ているのは茶色い髪の毛だけ。
しかもよく見ると少女のほうは染めている感じがした。
「えっと・・・・・・お二人は、兄弟・・・・・・ですか?」
少女に向かって恐る恐る訪ねてみた。
相手は一瞬少し呆けた顔をする。陸はふふっと微笑んだ。
「いえ、違いますよっ。わたしと陸はまぁー・・・・・・色々あって、二人で此の家に住んでいるというか・・・」
言葉を濁らせる。
が、すぐに明るい笑顔になった。
「あっ、わたしは、“れな”って言います!“緑野れな”です」
「あ、あぁ。俺は鳳峰敬太」
なかなか変わった名前だな、と一瞬考え、何となく二人の関係について突っ込むのは止めておこうと思った。
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