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翠色の日々
翠色の日々A

* * *


昨日の夜はほとんど眠れなかった。
悪い夢を見て、そのせいで目が覚めてしまった。


また学校帰り。今日は曇り空だ。夜にでも一雨来るのか。どうせなら晴れれば良いのに。

とぼとぼと歩く。眠れなかったせいで一日中だるい。

通り過ぎたあの公園。
今日は曇り空で何となくイリスは来ない気がしたし、敬太も行く気にならなかった。
ひとつ溜息を零す。最近はずっと体調が悪いな、と。
敬太は心の状態が体に表れやすい。
心が病んでいると体を壊す。
本来、ストレスなどあまり溜めるべきでは無いのだ。

どうにかならないものかと考えていると、学校で使う教科書類が入った重たいショルダーバッグの中で電子音が鳴っていることに気付く。

携帯電話の着メロだった。
敬太は少し慌ててバッグの中から携帯電話を取り出した。

メールが1件。



From 志方格 真
:着いたよ!

もう敬ちゃん家着いちゃったよ♪
家の中お邪魔して敬ちゃんの部屋で待ってるね。



という内容。

「あぁ……」

そうだった。
今日は敬太の友人、志方格 真(しほうかくしん)が久々に敬太の家に遊びに来る日だった。

「来るの早ぇな……」
了解、と一言だけ打ち込んで返信する。

少し足を速めた。

――あいつを俺の部屋に放っておいたら何を探り出すかわからない。別に見られちゃ困るものなんて無いけど。


志方格 真――17歳と敬太よりひとつ年下の高校2年生。
いつもにこにこしているイメージ。明るい17歳。敬太と正反対のタイプと言えるが二人は仲が良い。

彼の髪の毛は――この曇り空のような色をしている。
お祖父さんがハーフだとか何とか。


「……あいつとも色々あったな……」


早足で歩きながらも敬太は曇り空を見つめた。
濁った灰色。嫌な色だ。

だけどあいつの髪の毛は嫌な感じがしない。
あれは銀髪と言うんだっけ。真は灰色だと言っていたが。


かなり早足で歩いたおかげですぐ家に着いた。
ドアノブを捻ってドアを開ける。ぎぃいと音がした。


「ただいまー」


母親の声はしない。確か今日仕事は休みと言っていたので台所にでも居るのだろう。

敬太の部屋は2階にあるので廊下を通り階段を上って自分の部屋のドアノブを捻った。ドアは外側に開く。


「おかえりんご――っっ!」


突然中からハイテンションな声が聞こえ、それと同時に敬太の目の前に灰色が見えた。


「…………」


素早い動きでガッチリと抱き付かれた。敬太の体に灰色の男の体重が掛かる。

男――真はどうやら敬太が入ってきた途端抱き付こうとタイミングを狙っていたようだ。
この抱き付きは予想していたがどうにも敬太はかわせない。何気に動きが速いのだ。予想をしていたので敬太の体が後ろに倒れることは無かった。

「お前……もし入って来たのが俺の母親だったらどうすんだ……」

毎度のセリフを出す。

「大丈夫大丈夫、足音でなんとなく誰だかわかるし!」

明るい声でこう返されるのもいつものことだった。
敬太は動きの取れる右腕を使い真の腹部に軽く殴りを入れる。

「ぐほっ」

ワザとらしい変な呻き声を発し仕方が無いように敬太から離れた。





敬太は鞄を下ろし、ベッドの布団の上にぼすんと座った。
真もすぐに敬太の隣りへと腰を沈める。


「なんか・・・・・・敬ちゃんの家来たの久しぶりかもっ」


天井を見つめ明るく声を出すと、適当な言葉が返ってくる。



「・・・・・・敬ちゃん、疲れてんの?」



今度は敬太の顔を覗き込む。とても心配そうな表情が敬太には見える。



「・・・・・・別に、いつもどおり」



敬太も真の目を見て小声で返した。
けど、そんな誤魔化し今更真には通じない。


「嘘―。僕にはわかるよ。なんか悩みでもあるのー?」

「何もねぇって、ほんとに」


敬太はベッドに背を預け、後ろに倒れる。
体を捻って頭を反対側に向けた。


「・・・・・・そっか」


真は追求することを止め、敬太と同じように後ろに倒れた。

二人の間に無音な空気が流れる。
それを壊したのは敬太だった。

「・・・・・・どっかでかけっか?俺んち居ても、することねぇし」

起き上がり、敬太に背中を向ける真の灰髪の頭を軽く突きながら声を掛けてみる。


「いいよ。敬ちゃん疲れてるもん」

直ぐにむすっとした声が返ってきて、敬太はひとつ溜息をついた。


「大丈夫だって、ほんとに。な?外行こうぜ?」


宥めるように今度は撫でてみる。こんなやり取りは珍しいかもしれない。
すると真は敬太のほうに顔を向け、少し寂しそうな表情をする。


「・・・・・・無理しないでね?」

「・・・・・・大丈夫だっつぅの」
「ね?」

「・・・・・・わかったから」



最後の言葉を聞いて真は跳ね起きる。
「何処行くーっ?」
瞬間にして元の笑みを取り戻した真に、敬太はやれやれと含み笑いを漏らしながら心の中では安堵していた。


――真にイリスのこと知られたら、色々やばいことになりそうだからな・・・・・・。


「・・・・・・ゲーセンでも行くか?」


少しは何かを隠すのが上手くなっただろうか、と考えてしまう。

「んー駄菓子屋にしよう!」
「駄菓子屋ってオマエ・・・・・・」
「お菓子好きなんだもん!」

別に良いけど、と敬太は立ち上がり学校に持って行っていた鞄とは別のショルダーバッグにサイフを入れ手に持ち、開いたままになっていた入口を通り抜けていく。



後ろから付いて行く灰髪の少年は、そんな彼の背中を――さっきまでとは違う光の無い瞳で、ただただ見つめていた。






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あきゅろす。
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