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翠色の日々
翠色の日々@


ざぁざぁざぁざぁ


外では、激しい雨が今日も降り続く。
少年は癖になっているように机に頬杖をつき、いつものように憂鬱な瞳で窓の外を見つめていた。

6月の激しい雨は今日も少年の心を包み込んでいく……。

* * *


雨の日。
学校からの帰り道。
通り道、公園。

人気の無い公園で――彼はペンキの剥げかけたベンチに座っていた。
上には屋根があるので雨にぬれることは無い。

彼には鳳峰敬太という名前があり、なんとなくたまたま今日学校帰りこの公園に来てみた。

幼い頃に良く遊んだ小さな公園。自宅の近くに在った。
高校生になってからはほとんど来ることが無くなったが…実は最近一度来ている。
あの日も雨が激しく降っていて、傘を差して学校の帰り道を歩いていた。


――通りかかった薄暗い公園の中に、輝く金色を見つけたんだ。


同い年くらいだろうか。
傘も差さず、ただ空を見つめていた金髪の女。
青空を隠した灰色の雲しか無い空を、
地には雨粒しか与えることの無い天を、寂しげな青い瞳で見つめていた。

敬太はその姿に引き寄せられるように公園の中に入っていった。
少し話をして、別れ際に彼女はこう言った。


「また会おうね!この公園で待ってる!!」


もう行くもんか、と思った。


だけど――また来てしまった。

この公園には人を惹きつける力でもあるのだろうか。
誰も居ないのに。


「……来るわけねぇっつんだよ……」


自分がアホらしく思えてくる。
普通に考えて、来るわけが無い。
最近、雨続きで頭の中がごちゃごちゃになっているのかもしれない。
冷静に物事を考えられなくなっているのかもしれない。


「……早く終わんねぇかな、梅雨」


ベンチに背中を預け敬太も金髪の彼女のように空を見つめてみる。
そっと呟いた言葉は雨音に掻き消され誰の耳にも届くことは無かった。
梅雨の時期。梅雨前線が日本を襲う。

雨が嫌いな敬太にはいい迷惑だった。

心が憂鬱なせいか体もどっしりと重く感じ、だるくて仕方が無い。

敬太は静かに目を閉じた。次に瞼を持ち上げた時には青空が広がっていれば良いのに、なんて考えながら。
雨音は止まない。止むことを期待すらしていない敬太はすぐに瞼を持ち上げた。


確かに青空は広がっていなかった。
広がっていたのは、金色。






「…………」


思考停止。
しそう。

突然。目の前に。眩しい金色。
金色。髪。金髪。覗き込まれている。
金髪の女。

この前、この場所で出会った金髪の彼女。

「あの……?」


と声が漏れた。


「うワぁあァアああああぁぁああ!!!!!!!」


声のある限り叫び、勢い良く力を体の後ろ側に集中させる。
この叫びは雨音に掻き消されなかった。

「わっ!?」

相手も敬太の突然の声に驚いたようだ。

どくどく。
驚きで心臓がこれ以上に無いくらい鳴っている。彼は慌てて口を押さえ彼女の顔をまじまじと見た。


「こんにちは。本当にまた会えるなんて!」


彼女は嬉しそうに笑った。

「…っ」
まだ驚きで言葉が出てこない。
一度深呼吸をして自分を落ち着かせようと頑張る。


「ぁ、あんた……何で、此処に…っ!?」


単語をひとつひとつ繋げていく。やっと出てきた言葉。だんだんと落ち着きを取り戻していく。

彼女は差していた水色の傘を閉じ、敬太の隣に腰掛ける。しっかりと敬太へ向きにこやかに言葉を返した。

「今日も雨がたくさん降っていて……何だか君が此処に来てるような気がしたから、わたしも来てみたの。そしたら本当に居て…凄くびっくり」

びっくりどころじゃねぇ、と敬太は思った。
「…………」
敬太は彼女を見る。

今日は濡れていない金髪。
初めて会った時とは違って、明るい青色の瞳。
彼女はあの日と違っているのに、敬太は今日も憂鬱なまま。
でも何故彼女はまた此処に来たのか。

――俺に会うため?

俺が今日此処に来ているだなんて何の根拠も無いのに。
でも俺も同じだ。

「どうしたの?固まっちゃって」

顔を覗き込んでくる。

――あぁ、なんか目眩がしてきた。

「彼女」は「あの人」に何処か似ている。

ただでさえどしゃ降りの雨で気分が悪いのに、「彼女」の顔を見て余計に調子が悪くなってくる。
彼女には失礼かもしれないが。
いや、まず此処に来てしまった自分が悪いのだが。
「まじで俺、なんで来ちまったんだろ……」
「?」
「いや…何でもねぇ」
「……そう?」
少し間が空いた。

二人とも灰空を見上げる。変わらず雨粒がたくさん落ちて地に染み込んでいく。


「たくさん降るなぁ……君はまた不機嫌中?」


薄笑いを浮かべながら呟くように言う彼女の瞳がまた、寂しげな色に染まり始めていることに気付いた。

あの日と同じ。

「……あんたもか?」

彼女はにっこりと悲しそうに笑った。それは頷きの笑顔だろうか。

「――そういえば、あんた名前は?」
話題を変えようと思った。
言って無かったわね、と笑う。

「亜香来イリス(あからいいりす)。君は?」
「俺は、鳳峰敬太っていう」
「――敬太君かぁ。かっこいい名前ね」

意味わかんね、と返すと今度は嬉しそうに笑った。良く笑う奴だと敬太は思った。


その後二人はお互いを悩ませている事柄には触れず、色々な情報を交し合った。
生まれ育ちのこと、学校のこと、日常生活のこと。
イリスはやはりハーフだが物心つく頃には日本で暮らしていたという。
年は17歳で敬太とひとつ違いだった。敬太は18歳。
自宅は此処からは少し電車を乗るらしく、良く此処に来たなと敬太は余計に思った。

二人はそんな会話を続け、公園を出た。
次に会う約束はしなかったが、携帯のメールアドレスを交換したのでいつでも約束など出来るだろう。



敬太は、イリスと話せば話すほど、関われば関わるほど――心が病んでいく自分に気が付いた。
その日はずっと気分が悪く、家族に心配されながらいつもより早い時間にベッドに入った。

そして少年は悪夢を見る。



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