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翠色の日々
翠色の日々H

久々の母との夕食を終えた後、真は一人家の図書室へと足を向けた。
母は本が好きで、特に、少し非現実的な歴史ものを良く集め、家の一室を図書室とし収納している。本の中にはかなり古いものもある。

真は時々何か面白いものはないかと本を探しに行き、読書を楽しんだ。
しかし今は心を落ち着けたいという理由でそこへ向かった。


母との夕食は楽しかったが、どす黒い苛立ちは治まらない。





図書室に着き部屋の電気をつけると、本棚に囲まれたテーブルへと近づき、椅子を出して腰掛ける。


「ふぅ……」


テーブルに顔を伏せた。本に囲まれると、気持ちが落ち着く気がする。


――こんなことしてても、しょうがないかな。


真はゆっくりと立ち上がる。何か本を探すことにした。

現実離れしたものを読んで、苛立ちを忘れたかった。




本棚にびっしりと並んだ本を何冊も見回す。


様々なものがある中、ふと目に留まった一冊があった。




『白色と少女』




「……」



そのタイトルが気になったのかはわからない。
だが、何となく真はその本を手に取った。


「著者……さ、さわいろ…?う…なんて読むんだろう…あ、下の名前のほうも…これ、くれない?いや、違うかな…」


『澤色 紅』と書かれていた。真は大して気に留めず、その本を持ってテーブルへと戻った。




表紙を開く。
古びてもいないし新しくも無い本だ。ただ、少し薄めの本だった。

そして、途中からページが無くなっている。外れてしまったのかわからないが、それでも真はこの本を読みたいと思った。


著者紹介の欄や目次などは一切無く、すぐに本編が始まっている。


真は連なる文字に目を通し始めた――。





白色と少女
           著・澤色 紅



これは、遥か昔の物語。



人間が機械などの様々な技術を持ち始めた一方、魔法の力を失い始めた頃の物語。


人間には、魔法を使うために必要な魔力というものを持って生まれる者と、持たずに生まれる者の2種類があった。

とてつもなく大きな魔力を持ち生まれた者は、魔法使いや賢者などと他の者に称えられた。

しかしそのような人間は極少数で、魔力を持たずに生まれる者の方が圧倒的に多かった。
その魔力を持たぬ者たちの手によって生み出された、優れた技術の数々。それと共に生きる。世界ではそんな日々が一般的であった。




そんな時代の物語――。




あるところに、一人の少年がいた。


その少年は、心というものを知らなかった。


なぜなら少年は、魔力を持たぬ者たちの、優れた技術の中で生み出された、膨大な魔力を持つ人間だったからだ。

言わば人造人間――魔力を持つ人間を作り出せるかという実験から生まれたのだ。


実験は成功した。前例に無いほどの膨大な魔力を持つ人間が造り出された。



しかし、その少年には、他には何も無かった。



心も何も無い――人間のかたちをした魔力の塊。


その証拠というかのように、少年の髪は真っ白だった。肌も普通の人間と比べるととても白い。血は通っていたから、唇は赤かったが。


生きるために必要な色以外、真っ白であった。



ただ、瞳だけは違った。


少年の魔力が瞳に宿っているのか――瞳は、どこまでも深い緑色をしていた。



「お前には魔力以外何も無い。だからお前は白いんだ。お前の白は、からっぽを表す白だ」



実験を行った大人たちは、少年に繰り返し言った。


少年には心が無かったから、何も感じなかった。


少年は世界のことを何も教えられなかったし、特に何かを知りたいわけでもなかった。

ただ毎日、何かの検査をされ、言われるままに食事を採り、ベッドとトイレのみの部屋で機械的に眠りにつく。
声は出せたが、何かを話すわけでもない。

何も考えていなかった。
ただ、時間だけが過ぎていった。




心を持たないまま少年は成長し、造り出されてから15年の月日が経過した頃だ。



少年の前に、一人の少女が現れた。



少女は、ほぼ少年と同じだけの月日を生きていた。

人々に囲まれ、温かい幸せな暮らしの中で生きてきた。
血色の良い肌と、明るい茶髪。
とても可愛らしい少女であった。


「今日からこの女はお前と共に生活する」


真っ白な少年は、大人たちから、ただそれのみを教えられた。


そして少女は、少年と同じ部屋に入れられた。
少年のいる場所へと無理矢理連れてこられたのか、一体何をされたのか――少女は最初、酷く怯えていた。


だが、大人たちも去っていき少年と二人きりになった部屋で、何一つ言葉を発することも無く行動も起こさない少年を見ていると、少女はそのうち彼を不思議に思えてくる。
そして、少年に話しかけるようになった。



「あなたはここで何をしているのですか?」



少女は最初、恐る恐るそう尋ねた。



「わからない。考えたことが無い」



少年はただ、無表情なままそれだけを答えた。



「……あなたのお名前は?わ、わたしは、レーネと申します」



レーネと名乗る少女は、少年の変化の無い表情に少し戸惑いながらも、話しかけることを止めなかった。

「わからない」

「……名前が無いのですか?」

「名前とは何なのかわからない」

レーネはその答えに驚きを隠せずにいたが、少し考え次の言葉を見つける。


「名前とは……か、簡単に言えば、あなたを表す言葉です。あなたは人に呼ばれるとき、何と呼ばれるのですか?」



どうやらレーネは、少年のことを大人たちから何も聞かされていないらしかった。



「特に決まった言い方で呼ばれたことが無い」

「やはり、名前が無いのですね?」

「そうなのかもしれない。わからない」

「では、わたしはあなたのことを何と呼べばよいのでしょうか?」



その問いかけに、それまで全く表情を変えなかった少年の瞳が、僅かだがレーネのほうへ向けられた



「……わからない」



その返しに、レーネは柔らかく微笑んだ。
最初の怯えは何処へ行ったのか――レーネは少年に打ち解け始めていた。



「では、わたしが、あなたの呼び名を決めても良いですか?」



「わからない」

「もう……。わからない、ばかりですね?いいですよもう。わたしが勝手にあなたのこと好きに呼ばせていただきます」

少年は何も答えなかった。

「そうですねぇ……名前……実は、男性の名前なんて考えたことも無いのです。少し考えさせてくださいね」


そう言って考え込むレーネに、今や少年は完全に瞳を向けていた。


どこまでも深い緑色の瞳が、少年の名前を考える彼女の姿を映し出していた――。







「……ふぅ」


真は、本を閉じた。



まだ本の中の文章は続いている。しかし真は本を閉じてしまった。



――けっこう深そうな話だな、この本。しかも途中でページが無くなってるってことは、途中までしか読めないってことだ。



そう考え、真は唸る。



――こういう話は、途中までしか読めないっていうのは嫌だなぁ。母さんに一応、この外れてるページどっかに無いのか聞いてみようかな。



真はそれだけ考えると、席を立つ。
いつの間にか苛立ちを忘れていた。今は苛立ちよりも、本のことが気になったのだ。



本を手に持ち、部屋の電気を消して、真は図書室を出た。





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