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翠色の日々
翠色の日々 序

ざぁざぁざぁ..


外は雨。

少年は、少し古びて軋んだ小さな机に頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。


―雨の日は憂鬱になる。


* * *

学校が終わり、誰も居ない家への帰り道を深緑色の傘をさして一人歩く少年―鳳峰 敬太(ほうみね けいた)は、朝から降り続けている鬱陶しい雨のせいで、気分は乗らずとぼとぼと歩いていた。


―雨なんて嫌いだ。


心底そう思いながら敬太は足を進める。
すると、帰り道にいつも横目で見て通り過ぎる、小さな公園が見えてきた。
いつもなら学校帰りの小学生やもっと幼い子供達楽しそうに遊んでいるのだが、今日は雨に濡れた遊具達が空しくたたずんでいるだけだった。

だが、敬太はそんな道具達の中に、金色の存在を見つけた。


そこにいたのは、高校生の敬太と同じくらいの見知らぬ少女で、黒色の髪を持った敬太とは違う、パーマの入った短めな金色の髪をしていた。

少女は傘もささず公園の中心で、雨が落ちてくる灰色の空をただただ見上げている。


敬太は思わず足を止め、公園に入って少女のほうへ駆け寄った。


「おい」


敬太が近づいても気が付かないようだったので、声をかける。
少女はその声に反応し、少し驚いた顔をしつつも、何も言わず敬太のほうを見た。
なんとも若い女性らしい少女が着ている薄地のワンピースは、雨に濡れきっていて、長い時間此処でたたずんでいたことを思わせた。金色の髪も濡れたせいで、敬太がこれまで見てきたどんな金髪よりも光り輝いていた。


「何してんですか。大丈夫か?」


ついさっきまで雨空を見ていたが今は敬太の姿を映すその瞳は、深い青色をしていて、まるで光る宝石のようだった。外人だろうか。

「ぁ・・・えっと・・・す、すみません・・・ちょっと、ぼーっとしていて・・・」

外人と思わせる容姿を持った少女は、綺麗な日本語を話した。

「違うでしょう。そんなに濡れて、アンタ一体どれだけ此処で立ってたんですか」


不信なモノがあるとすぐに近寄ってしまう。それが敬太の悪い癖だった。

下を向いて黙り込んでしまった少女を見て、敬太は少女の手首を掴み、半ば強引に砂場の近くにあった屋根が上にあるベンチに連れ込む。
敬太は雨が体に当たらないことを目で確認すると、少女の白い肌から手を離し傘をたたんだ。傘に付いた水を掃うことも忘れなかった。

不思議そうに敬太を見つめる少女をベンチに座らせ、背もたれの端に傘を引っ掛け自分も隣りに座る。足を組んで頬杖をついた。


「・・・あの」


ずぶ濡れた少女は何を言えば良いのかもわからず、とりあえず敬太に向かって言葉を発してみたが、やはり続かなかった。
すると敬太は顔を少女に向け、かったるそうに言う。

「俺今タオルとか持ってないから、その濡れてんのも何も出来ねぇけど・・・。その、雨上がるまで此処で待っていたらどうですか。風邪ひきますよ」

何なら傘貸してもいいし、と付け加える。

一瞬キョトンとした少女だったが、小さく微笑んで言う。


「傘はいらないです。だってあなたが濡れてしまうわ。それと、敬語じゃなくて良いですよ。苦手でしょう?」

敬太の言葉を聞いて苦手だと思ったらしい。


「・・・別に苦手じゃない。ただ、今日はなんか・・・あんま気分良くなくて、人と話したくない、みたいな・・・」


少女から目線を顔ごと逸らした。足を組みなおして、また頬杖をつく。

「・・・そ、そうなんですか?」

少女は少し心配そうな顔をして恐る恐る訪ねた。敬太に「アンタも敬語じゃなくて良い」と言われる。



「まぁ・・・わたしも、あなたと同じ・・・だけれども」



その言葉は呟きのように放たれて、降り続く雨の中に消えた。
敬太は横目で少女を見る。微笑んではいたが、とても悲しそうな表情だった。



「――・・・雨を見ると、大切な人が死んだ日のことを思い出す」



――あの日も雨だった。



敬太もまた呟くように言う。ずっと誰にも言わず閉じ込めてきた言葉。不思議な事に、関わったばかりの何も知らないこの少女には言うことが出来た。
少女はそれを聞いて、大きく驚くようなこともせず、やはり呟くように言葉を返す。


「―凄い偶然。私もよ・・・・・・」



やはり敬太も驚くことは無かった。
二人とも降り続ける雨を見つめながら、互いに閉じ込めていた言葉を吐き出した。


「・・・アンタ、似てる」


一回言葉を切った。先を言うか言わないか、少しだけ迷った。


「――俺の、大切だった人に・・・」


敬太は目を細めた。その瞳には少しの切なさと、少しの寂しさが感じられた。

「そうなの・・・」

少女はそれだけ言って、より微笑んだ。
敬太はその反応を見ると、ベンチから立ち上がって、雨の中に飛び込んで行った。


「ぇ。ぁ、ちょっと!!」


思わず少女も立ち上がる。敬太は少女のほうを振り向いて、雨の中でもはっきりと聞こえる声で話す。

「俺、傘いらねぇ。さしたかったら勝手にさして帰れよ」

それだけ言って雨でぬかるんだ公園の地面を蹴り上げて走り出す。雨はさっきよりも強く、もはや敬太もずぶ濡れだ。

いきなりの事に少女は追いかけることも出来ず、せめて一生懸命に大声で叫んだ。


「ぇ、えーっと、また会おうね!この公園で待ってる!!」


敬太は公園を出て、少女の姿が見えなくなった所で小さく呟いた。


「・・・誰が会うか」



――似ていた。

あの日居なくなった、大切”だった”人に。
何処となくあの人を感じさせる仕草。光る宝石のような青い瞳。そして―あの微笑んだ顔。


――もう、あの人にはもう一生会えねぇのに。忘れさせろよ・・・頼むから。



「ちくしょう・・・全部雨のせいだ・・・・・・」



強い雨の中に少年の言葉は消えていった。



―雨なんて嫌いだ。大嫌いだ・・・・・・。





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