森の中の花
9
「雰囲気あって最高じゃん」
「昼間とは全然違うな」
暗くなり、月の光が照らす室内プールにあるのは2人の影。どちらからともなく2人は服を脱ぎ下着だけの姿になると、そのままプールの中へと飛び込んだ。
大きな水飛沫がなり水面は波打つ。夏の暑さで火照っていた体を冷ます、ひんやりとした水が心地よかった。
「俺泳ぐのも得意分野!森末、帰り道のアイス賭けて競争しようぜ」
「いいじゃん、それ。負けたからって二回目は無し、一回勝負な」
そう言うなり、2人は目を合わせ勢いよく泳ぎ始めた。そこにはあの暗い花崎の姿はない。それはまるで以前までの明るさを取り戻したようで。
今この一瞬でもいい、楽しそうな花崎の自然な笑顔を見ることができて森末は嬉しかった。
――
――――
――――――
それから2人は体力の限界までプールの中で遊び尽くした。
髪の毛もすっかりびしょ濡れで頬に張り付く。ふと花崎を見れば水が滴る髪の毛を邪魔くさそうに弄っていた。自分よりもやや長いその髪の毛は猫っ毛なせいか絡まりやすいらしい。
「普段はふわふわしてて触り心地いいけど濡れると大変そうだな」
花崎の頬にも張り付く髪の毛を流して耳にかけてやれば一瞬にしてその頬は赤く染まる。
「お前、そういうのは女の子にするもんだろ」
「いいじゃん、花崎女顔だし」
そう言いながらも、指摘された森末も遅れて恥ずかしさが湧き頬が赤くなった。
「女慣れしてないくせに昔からそういうキザなところあるよな」
「魔性って言って...って、うわっ!」
途端、顔面に水をかけられる。素で驚く森末の反応を見た花崎は楽しそうに笑い声をあげた。
「これぞ夏のいい思い出ってやつ」
花崎は体の力を抜き水面に浮かぶと仰向けで目を瞑る。そんな花崎の横に並ぶようにして森末も仰向けで水面に浮かんだ。
「大人になって今この時のことを思い出したら楽しいだろうな」
「...大人、か。...いつかは大人になるんだもんなぁ。」
すると突然花崎は考え深そうに宙を眺め始めた。楽し気だった雰囲気は途端に暗く重くなる。
― まただ、また。
時折訪れる、重苦しく感じる程の威圧感。
「なぁ、もしも俺が死んじゃったらどうする?」
そうして突然、花崎は恐ろしい質問をしてきた。森末の心臓は一瞬にして凍りついてしまう。
「なっ、バカ言うなよ!そんなこと考えたくもないな」
森末は浮かせていた体を起こし水面に立った。そうすれば、同じように既に立っていた花崎と目が合う。
「それじゃあもっとちゃんと、俺のそばにいてよ。他の奴と話してる暇があったら俺の姿を探してそばに来てよ」
「花崎...」
「今日だって、俺がいない時クラスの奴と話してただろ。あんなに、俺がいればそれでいいって言ってくれてたのに...もう他の奴に目移りしてるのかよ、俺のことはもう嫌いになったのか」
花崎の目元には影が落ち、すごい剣幕で森末を捲し立てる。
「ちょっと落ち着けよ、な?一回プールから上がってちゃんと話し合おうぜ」
このままではらちが明かない、と思いとりあえずプールから出るために森末は梯子に手を掛けて登り始めた。...――― のだが、
「ぅあっ...ぁん゛ん、ふ、ぅぐ、」
不意に掴まれる足首。それは森末をプールの中へと引き摺り込んだ。そしてそのまま掴まれた足首は離されることなく森末は水中でもがく。
突然水中に引き摺り込まれたことで息もできなくなり頭が真っ白になった。自分が今どの向きでいるのかさえ分からなくなり、暴れるが一向に足首は掴まれたままであった。
苦しい、怖い、死ぬ。
遂には口から泡ぶくが漏れる。目から溢れる涙はプールの中で掻き消された。
苦しい苦しい苦しい、そう思いながら意識は徐々に薄れていく。
「はっ、ぁ、ごほっ!ごほごほっ、ひっ、ぁ...っ、」
もうだめだ、と思った時、ふと足が軽くなった。そこからはもうほぼ無意識であった。森末は水面へと浮上し勢いよく顔を出すと大きく酸素を吸う。口から入ってきた塩素臭い水を吐き出そうとすればむせてしまい、再び息苦しさを感じるが溺れている時と比べれば幾分かマシではあった。
その間に花崎はプールから上がったのであろう、その縁に座りプールの波打ち際を足で蹴っていた。
「人間って中々死なないもんだね」
至極楽観的にこちらを見下ろすその瞳に恐怖を上回り苛立ちを感じた。
「ふざけんな!俺は死ぬかと思った」
普段声を荒げない森末であったが、今回ばかりは我慢ができなかった。キッと強く花崎を睨みつけ怒鳴る。
そんな森末の様子をわかっているのか、いないのか、花崎は依然として足で水を蹴り続けた。
ズキズキ、といつもの頭痛が酷くなっていく。
「死んでもそばを離れないから、安心してよ」
そして、またあの虚な瞳で花崎はにんまりと不気味に笑った。
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