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森の中の花
6


 再び学校に通い始めて数日。依然として花崎とクラスメイトの状況は変わることなく進行していた。
 常に明るくクラスの中心で笑っていた花崎だが、今はいつも陰鬱な雰囲気で笑うことも極端に減ってしまった。

 何とかして元気付けてあげたい、そう思っていた森末はバイトの給料で潤った財布を片手に放課後花崎を街中へと連れ出した。

 「どこ行くんだよ、森末。」

 「何って楽しいこと。バイトの給料入ったからたまには俺も何か奢りたいんだ、てか奢る」

 「いや、それはダメダメ!お前自分の金は大事にしろよ!将来のためにって貯金もしてるのに、俺のことで使ったら勿体無いって!」

 森末の発言を撤回させるかのように花崎は手を顔の前でブンブンと大きく振った。そして歩みを止めて立ち竦む。

 「いいから花崎。俺は辛気臭い顔のお前が見たくないの。一緒に気分転換、しようぜ。俺たち親友だろ」

 そんな花崎の目の前に立ち顔を覗き込む。そうすれば途端に花崎の顔は涙を我慢するかのように歪んだ。

 「森末...ありがとう」

 「ぶさい顔。時間も無くなってきたし早く行こう」

 花崎のそんな顔が痛々しく、胸が締め付けられる。しかし、花崎もそれでようやく了承したのか大人しく森末の後をついて歩いてくれた。
 老若男女関係なくこの時間帯の街は人で溢れかえる。はぐれないようにと花崎の近くを歩きながら森末はある場所を目指した。

 「花崎さ、前に新作の映画で観たいって言ってたのあっただろう。あれ、最近上映してるみたいでさ。それ今から観に行こうと思って」

 「あぁ...あの映画、上映してたんだ。最近なんかボーッとしてばっかりですっかり忘れてたよ」

 「俺が覚えてるから大丈夫。あとは、席が空いてればいいけど」

 人混みの中を歩いて暫く、2人は映画館に着き一息ついた。そうしていれば、ふんわりと香ばしいコーンの匂いが鼻腔に広がる。

 ― 映画館なんて久し振りだな...まだ親が生きてた頃以来、か。

 数年前のことを思い出しなんとなくしみじみしてしまった。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。

 「じゃあ俺券買ってくるから待ってて。席はどこでもいいか」

 「上映したばかりだしね、人も多そうだし空いてればどこでも」

 そう言いソファにどかりと座る花崎を後ろに森末は券売機の前に並ぶ列についた。

 ― これで少しかあいつの気分転換になればいいけど。

 確か映画はアクションものだ。しんみりすることもなく観終われると思うのだが...。

 そこそこいい席で2枚券を買った森末は再び花崎の元へと戻っていった。

 「何か食べ物買って行こうぜ。花崎、お前何がいい?」

 ボーッとした様子でソファに座っていた花崎に声を掛けるが、当の本人は「食欲湧かないから」と最近よく聞く言葉を言うばかりであった。

 「でもお前、最近昼も食ってないみたいだし...育ち盛りの男の子なのに飯食わないなんて身長止まっちまうぞ。いいのか、俺に抜かれても」

 「森末に見下ろされるのかぁ...あまつさえ罵倒もされて...まぁ、それはそれでありかも」

 「お前はいつからドMになったんだよ。でも本当食える時に何でもいいから食っとかないといつか倒れるって。」

 「わかったわかった。でも本当今回は大丈夫。逆に今の俺ならポップコーン食べでもしたら半端ない胃もたれと胸焼けしそうだから」

 苦笑する花崎にそう言われてしまえば、それ以上森末からは何も言えなくなってしまった。
 視線は目の隈や血色の悪い肌に向けられる。ここ最近の食欲不振はさることながら睡眠も十分に摂れていないのだろう。

 ― やっぱり俺だけじゃ物足りないのかもな。

 別段話好きと言うわけでもなく、どちらかと言えば聞き役が多いのが今はあだとなってしまっていた。
 普段も花崎が話を振ってくれることが常で自分から振ることもあまりなかった。だから、いざ何か話そうと思っても話題が全く持って浮かばないのだ。

 「まぁ、何かあったら俺が助けるよ」

 「できたらお姫様抱っこで保健室に運んでね、俺憧れてるの」

 いつもの調子でふざける花崎だが、やはりどこか影を感じる。

 ― 俺が支えてやらないと。俺がずっと傍で...。

 「それじゃあそろそろ始まるから行くか、お姫様」

 「エスコートよろしくね王子様」

 そろそろ映画が始まる時間だ、と2人並んで入り口まで歩いていく。そして、花崎の分も合わせて2枚の券をスタッフに渡すが、当の女性スタッフは急にキョロキョロとしてこちらを伺い見てきた。

 「あ、あの...」

 「何すか。俺たち急いでるんすけど」

 特別凄みをきかせたわけではないのだが、途端に女性スタッフは「い、いえ、止めてしまってすみません。」と、恐縮したように頭を振った。
 
 「それじゃあ」とだけ言い促されるままに2人は映画会場へと入っていく。
 スタッフはいまだにこちらを気にするように見ていたが、もう引き止めることはなかった。

 「何だったんだ...」
 
 「今の子、お前に気が合ったりして。あーあ、勿体ないの。可愛い子だったのにあんな無愛想なおっかない態度とっちゃったりして」

 「別にそんな態度とったつもりはないけど」

 「あー、でももしこれをきっかけに森末があの子と付き合って〜ってなったら、いよいよ俺のそばから離れちまうな」

 「何でそうなるんだよ」

 「いや、いいんだ。俺はお前が巣立っていくのを見守るさ。温か〜い目でな」

 1人腕を組んで神妙な面持ちで花崎は頷く。
ふざけている様子だが、その背中はやはり寂しげであった。

 「俺は彼女作るよりもお前といたほうが数百倍楽しいよ」

 それは心から思うこと。

 「俺もそうかも」

 ボソリと呟いた花崎の言葉。それは今の森末にとって何よりも嬉しい言葉であった。




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