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森の中の花
4


 楽しかった花火大会も終わり、そして迫間が停学になって数日。
 案の定、迫間は先日の花瓶で殴打という暴力行為により停学処分となった。迫間がいないことによっていつもの腰巾着達も静かな今、クラスメイトが話しかけてくることもなかった森末が学校で話す相手といえば教師と花崎だけであった。
 まるで空気のように自分を扱うクラスメイトたちに対して森末はなんら怒りを感じることはなかった。

 ― こっちだってお前らに興味もないしな。

 正直、話しかけられてもなにも話すことはない。気を遣うのが疲れる為今の状況の方がむしろ楽でさえあった。

 「今日の日直は...森末か。次の授業で実験するから道具運ぶの手伝ってくれ。職員室にいるから」

 「あぁ、はい」

 次の授業担当の教師は教室に来るとそれだけ言って忙しそうに去って行った。
 次は物理だったか、と教科書とノートを準備して森末は教室を後にした。

 「あれ、森末どこ行くの?次物理だろ、そっちは空き教室か職員室しかないぞ。もしやサボる気か!」

 「馬鹿。先生に手伝い頼まれたんだよ、俺今日日直だから」

 教室を出てすぐ、いつもの聞き慣れた声が森末を呼び止めた。花崎はクラスメイト数人とどこかへ行っていたのか教室に戻るところであった。

 「俺も手伝おうか?お前まだ頭の傷完治してないだろ」

 「大丈夫、大分良くなってるから。それよりお前こそ移動教室なんだから遊び歩いて遅刻してくるなよ」

 「それこそ大丈夫だっつーの。最悪こいつらが俺のこと引き摺ってでも連れてってくれるから」

 花崎は両隣にいたクラスメイトの肩をポンポンと叩く。当の2人は楽しそうに笑いながら花崎の頭を小突いた。

 ― やっぱり花崎は仲良い友達多いよな。

 その光景を見てどこか寂しく感じてしまう。自分にとっての親友は花崎ただ1人であるが、花崎にとっての親友はきっと自分だけではないのだ。

 「それじゃあまた後でな」

 楽しそうに談笑を始めた花崎に一言声を掛けると森末は振り返ることなく再び歩き始めた。

 ― なんか俺も女々しくなったな。前まではなんとも思わなかったはずなのに。

 なんだかんだと花崎に対する独占欲は森末の中にもあったのだ。

 ― 俺が女でお前と付き合ってたら苦労するぞ...花崎。

 そう思い、森末の顔には自嘲気味な笑みが浮かんだ。

 「...あれ、あいつ何でここに」

 その時だった。階段の手前の教室、空き教室に入っていく迫間の姿を見たのは。
 今迫間は停学で学校にいるはずもなかった。それなのに学校に、いや、わざわざ空き教室にいる理由は...。

 「またこそこそと何か悪さでもやりに来たか」

 次の授業は移動教室だ。同じクラスの迫間は、もちろんそれによって教室がガラ空きになることを知っている。
 きっとまたくだらないことでもやりに来たのだろう、と森末は迫間が入っていった空き教室へと向かった。

 「何で停学中のお前がここにいんの」

 「ひっ、あ、お前森末...お前こそ何でここに」

 ガラリ、と扉を開けて立つ森末に驚いた迫間は、わかりやすく肩をビクつかせてこちらを睨んだ。

 「俺は別に...忘れ物を取りに来たんだよ」

 「へぇ。じゃあ、今慌ててポケットにしまったのは何だよ」

 「こ、これは...っ」

 ポケット内にあるものの形を確認するように握る迫間。それは森末が扉を開けた瞬間咄嗟に隠したものであった。

 「それ、カッターだよな。どうせ無人の教室に入って俺の私物でも切り刻むつもりだったんだろ」

 「...っ、」
 
 「わざわざ停学中にも関わらずご苦労なことだな」

 教師の手伝いには遅れるが、迫間にボロボロにされる前に私物でも纏めておこうと、森末は教室へと向かおうとした。

 「...あ、おい!待てよ!」

 「なんだよ、しつこいな。俺も面倒臭いから教師には言わねぇよ」

 しかし廊下に出てすぐ、追いかけてきた迫間に呼び止められてしまう。ため息を吐きながら再び後ろを向く森末であったが―――
 
 「...そういうところだよ!お前のそういうところが...!」

 「おいおい、お前今度は退学になっちまうぞ」

 ふと、迫間の手を見れば先程まで隠していたであろうカッターが握られていた。
 その刃はカチカチと出され、こちらへと向けられる。

 「お前見てると無性に苛々すんだよ。底辺のくせに上から目線で馬鹿にしやがって...そのお綺麗な顔もぐちゃぐちゃにしてやろうか」

 一歩、また一歩と迫間は近づいてくる。瞳孔が開いたその顔は緊張と嗜虐心で歪んでいた。今の迫間に理性など感じられない、衝動的な狂気を感じた。

 ― これは、ちょっとやばいかも。

 流石に森末も焦りを感じ額に汗を流す。迫間の動きに合わせて一歩一歩と下がるも後数歩で階段に差し掛かってしまう。
 このまま階段を駆け下りて職員室に向かうか、しかし、今の状況の迫間に背中を向けるのはやや抵抗感がある。そう思った時だった。

 「お前迫間なんで学校に...って、森末!?」

 タイミングが良いのか悪いのか、移動教室でここにいるはずのない人物――― 花崎が迫間の背後から現れた。
 花崎は迫間の手にあるカッターを見つけ、その先にいる森末を見て焦ったように顔を痙攣らせる。

 「迫間落ち着けよ、なぁ。お前今停学中だろ、こんなところ教師に見つかりでもしたら...」

 「うるさい!お前だっていつもいつもいつも...俺の邪魔ばっかりしやがって!良い人ぶるなよこの偽善者が!お前のこといじめの標的に変えたっていいんだぞ!いつまでも人気者でいられると思ったら大間違いだからな!」

 逆上した迫間は叫ぶように怒りの矛先を変えた。森末に向けられていたカッターの刃が花崎に向けられる。

 ―今なら、いける...!

 「い゛ってぇ!この、離せ!離せ離せ離せ!」

 森末は迫間の隙をついて、カッターを持つ腕を掴むと捻り上げた。それによってカッターは音を立てて床に落ちる。

 「ナイス森末!」

 それに対し花崎は連携するように落ちたカッターを蹴り遠くへ滑らせた。
 これで一先ずは安パイか、と森末は掴んでいた迫間の腕を離したのだが...

 「痛いって言ってんだろ!!」

 腕を離すのと同時に、森末の手を払おうと横に大きく振るわれる迫間の腕。
 迫間自身もまさか手を離されるとは思わなかったのか、森末の方へと拍子の抜けた視線が向けられる。しかし、勢いのついた腕は止まることなく森末の頭にあたり...―――

 「ぁぐっ...」

 不意打ちとはいえ、先日縫った箇所を殴られ森末は思わずよろめいた。

 「森末ー!!」

 運悪く後ろは階段。踏み外した森末の体はゆっくりと傾いていく。
 瞬きする毎に変わる視点。驚愕する迫間、そして迫間を押し退け飛び込むようにして手を伸ばす花崎。
 全てがスローモーションに見えた。

 無意識に森末も手を伸ばす。そうすれば、届いた手は力強く握られ引き寄せられるようにして抱きしめられた。

 ― 温かい。

 そう思うのと同時に体中に走る衝撃。

 痛い、と感じる間も無く薄まる意識の中、最後に見たのは花崎の心配そうにこちらを見る眼差しであった。

 

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あきゅろす。
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