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森の中の花
2


 「おはよー、森末」

 「はよ。お前本当準備遅過ぎ。女みたいなのは顔だけにしろよ」

 朝、いつものように花崎の家の前で待っていた森末は欠伸をしながら家を出てきた男に一発目の毒を吐く。

 「でも俺の方が身長高いもん。男は顔じゃないよ、身長で勝負っしょ」

 しかし、そんな言葉も何のその。花崎はいつものように快活に笑うと森末の肩を小突いた。

 「それ、こないだも聞いたっつーの。たった2pの差で胸張り過ぎだって」

 「たかが2p、されど2pだ。ふふふ、侮るなかれだよ、森末君」

 朝から始まるふざけた会話は最早恒例のように繰り広げられる。楽しくもない学校生活の中で唯一、花崎と2人でいる時だけが森末の顔に笑顔を浮かんだ。

 「あぁ、今日花火大会か」

 隣を歩いていた花崎は急に立ち止まり掲示板に貼られていたポスターを見てぽつりと呟いた。
 その呟きはもちろん近くにいた森末の耳にも入っていたのだが、当の本人は聞こえないフリをして歩き続けた。

 ― あいつは友だちも多いしもう、俺と行くこともないんだろうな。

 近所で毎年行われる花火大会。それは今まで花崎と共に見に行っていた。しかし、高校に入り新しい友人もたくさん増えた花崎だ、わざわざクラスで浮いている自分と2人で行くこともないだろう、そう思い森末は自嘲気味に口角を上げた。

 「なぁ、今年も花火大会一緒に行くだろ」

 しかし次の瞬間、後ろから聞こえた声に心が躍った。その誘いに胸がじわじわと温かくなる。

 「おーい、聞こえてますか」

 「朝から馬鹿でかい声出すなよ、近所迷惑って言葉知ってる?」

 先を歩いていた森末を追いかけ、花崎は肩に腕をかけてきた。それを見てガラ空きになった脇を擽ってやれば花崎はまた声を出して笑った。

 「でもお前、いいのかよ。新しいお友だちが寂しがるんじゃないの?」

 「いいの、花火大会は毎年森末と一緒に行くって決めてるんだから」

 「あー、そう。じゃあ、今年も花崎という名の可愛い子ちゃんと花火デートか」

 「そうだよ。今年も来年もそのまた再来年も!未来永劫仲良くしようぜ」
 
 チュッと投げキッスをする花崎の鼻を摘まみ視線を逸らす。
 そして、じんわりと熱くなる頬を見せまいとまた先を歩き始めた。


 ――


 ――――


 ――――――


 「なんだよ、これ」

 花崎と談笑しながら教室に着いた2人はある席を見て立ち止まる。

 「おはようさん。どうだ?わざわざ花屋に行って買ってきてやったんだぜ。あぁ、俺って超優しい」

 「迫間、お前...」

 2人が来るのを待っていたかのように迫間はいつもの腰巾着2人を連れて花崎と森末の元まで歩いてきた。
 森末の視界に映るのは自身の席に置かれた花瓶。そこには一輪の花が差してあった。
 一方で花崎は近づいてきた迫間を睨みその花瓶を持って迫間に近づく。

 「やることが陰湿なんだよ!こんなことして楽しいか、くだらない」

 「楽しいね、人をいじめるって言うのは。特に森末みたいないけ好かない奴なら尚更な」

 全く悪びれた様子の見えない迫間はただただ笑う。教室内にいたクラスメイトも迫間達からの報復を恐れて皆見ないフリをしていた。
 
 「お前な...」

 迫間はもちろんのこと、見て見ぬフリをするクラスメイトにも苛立ちを感じた花崎は拳を握りしめ震わせる。それは今すぐにでも迫間の頬を狙って殴りかかろうとしていた。――― しかし、それよりも先に動いた人物がいた。

 「うぁ!!冷てぇ!テメェ何しやがる」

 「何って水遊び。夏真っ只中でクソ暑いしさ。」

 森末は花崎から花瓶を奪うと迫間の顔に向け花瓶の中の水を勢いよく掛けた。
 顔はもちろんのこと上半身水濡れになった迫間をみて嘲笑した森末は手に持っていた花を迫間の入念にセットされた髪の毛に突き刺す。

 「前から思ってたけどお前髪の毛に使うワックスの量半端ないよな。もしかしてこうやって花を生けてほしくて毎日そうしてたのか」

 恥ずかしさで顔を赤くした迫間を笑う森末であったが、笑っていられるのはそれまでだった。

 「...ゆ、るさねぇ!森末!!」

 「危ない!!」

 不意をついて迫間は花瓶を乱暴に奪うと怒りのままに森末の頭目掛けて殴り掛かってきた。

 ―ガシャンッ!!

 「...っ!」

 森末の頭を打った花瓶は割れ、破片が床に飛び散る。額から頬にかけて赤い液体が流れ、ポタポタと床に垂れた。
 頭部への衝撃があったからかクラクラとして思考が回らない。ただズキズキとした鋭い痛みだけは感じていた。

 「キャーッ!!血、血が出てる!」

 「流石にこれはやばいって」

 「おい、まじかよあいつ、森末のこと殺す気か」

 先程まで見て見ぬフリをして静かにしていたクラスメイト達だが、悲鳴があがったのを皮切りにザワザワと騒ぎ始める。
 その間、花崎は森末を近くの椅子に座らせると体育用に持ってきていたハンドタオルで出血している部分を押さえた。

 「大丈夫か、森末...いや、大丈夫じゃないよな、保健室まで歩けるか?それか俺おぶっていくぞ」

 「おぶるんじゃなくて引き摺るの間違いじゃ無いか」

 迫間のことなど眼中に無い様子で花崎は俯く森末の顔を覗き込む。そんな花崎に徐々に落ち着いてきた森末は冗談を返せばいつものように肩を小突かれた。

 「は、ははは...いい気味だ」

 そんな中、迫間は手に持っていた割れた花瓶を机に置き、後退る。その口元は引き攣り手は震えていた。

 ――― しかし、歓喜しているかのように目だけは嬉しそうに細められる。

 そんな迫間の異常な様子に今の2人が気がつくことはなかった。



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