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森の中の花
10


 ズキズキ、と頭が痛い。

 「森末、俺の話聞いてる?」

 「...あぁ、聞いてるよ」

 俯く森末の顔を覗き込むようにして花崎の整った顔が笑う。
 前まではずっと見ていたかったその笑顔だが、今となっては恐怖の対象になってしまっていた。

 屋上にて、2人で昼休憩をしていたのだが、痛み止めを飲んでも止むことのない頭痛に森末は悩まされていた。
 そして、それは決まってある時...――― 花崎と一緒にいる時に起きていた。

 日々強まる花崎の独占欲に比例するかのように森末の心は死んでいく。花崎は森末が感じている罪悪感を逆手にとるようにして心身共に縛り付けるのだ。

 自身がいじめられていた時には感じなかった苦しさが精神を追い詰めていった。それでも花崎と離れることなんてできない、葛藤するだけ無駄なことであった。

 「俺たち一緒に住んでる家族よりも長い時間一緒にいるよな。まぁ、親友だし当然か。森末も嬉しいよな、俺とずっと一緒にいられて」

 そう言い子供のように笑う花崎だが、森末はそんな花崎を見ていられずまたすぐに俯いた。

 「ねぇ、どうしてこっちを見てくれないの?」

 「...っ、」

 途端、耳元で囁かれる声。怒気の含んだそれに森末の肩はびくりと揺れた。

 「悪い、なんか頭痛いの治んなくて...」

 プールでのあの一件以来、森末にとっての花崎は親友とは言えない存在になってしまっていた。それなのに花崎はまるで何事もなかったかのように森末に接してくる。
 もはや2人を繋ぐものは罪悪感だけであるにも関わらず。

 「花崎、俺次の授業休んで保健室で寝てくるわ」

 今日だけ、たったの一時でいい、一度花崎と離れて休みたかった。頭痛を理由にして離れようと思った森末は食べられなかった惣菜パンを袋に戻し、立ち上がった。

 「俺から離れるなんて許さない」

 「...っ、」

 ― やっぱりか。

 そうすれば予想通り花崎はいつものように重苦しい程の独占欲を突きつけてくる。
 だが、森末も限界だった。ずっと離れるわけではないのだ、少しの休憩だけ、それしか望んでいないのだからと引けをとらずに振り向いた。

 「いい加減にしてくれよ、花崎。別にお別れってわけじゃないんだぜ。少し休憩するだけだからさ」

 ため息混じりな自身の言葉に、花崎が傷ついたらどうしようかと一瞬思ったがここで引いてしまえばこちらが倒れてしまう、と気持ちを持ち直した。

 ― もう何を言われたっていい。今回ばかりは俺だって...

 ここまではっきり言えばきっと花崎の罵声が飛ぶ、そう思って覚悟していたのだが。

 「...そう。わかったよ」

 拍子抜けする程に花崎は大人しかった。森末を止めようとはしない。それ以上何か言うこともなければ行動するでもない。

 ただ一つ気になったのは、花崎のその表情であった。感情一つ読めない能面のような顔。

 「それじゃあ俺も教室に戻るから途中まで一緒に行こうよ」

 「...あぁ」

 言葉を紡ぎ出すその声からも感情を読み解くことはできなかった。
 一種の恐怖を感じたが、変に何か言って反論されても困る、と森末はそれに気がつかないフリをして歩き始めた。

 しかし、ズキズキ、ズキズキ、とその間も止むことのない頭痛。

 そんな時であった。階段を降りてしばらくしてのこと。突然激しい頭痛と共に目眩が森末を襲った。
 思わず階段の踊り場で森末は顔を覆い俯くとそのまま立ち竦んでしまう。

 「大丈夫?森末、もっと右に行かないと階段から落ちちゃうよ」

 そうしていれば、以前のような優しい花崎の声が耳元でそう呟く。
 
 「ちょっと目眩がして...ありがとう」

 掠れた声でお礼を言い、その言葉通り森末は右に一歩ずれた。―――いや、正しくはずれようとした。

 「えっ...」

 しかし踏み出した足は宙に浮かびバランスを崩した森末の体は傾いていく。

 ― どうしてだ、花崎

 それは言葉になることなく脳内を駆け回った。
 まるで、スローモーションのように森末の視界に映る花崎の姿。虚な瞳で笑う花崎は上からこちらを見下ろしていた。

 「俺たちずっと一緒だろ」

 そうして、激しい衝撃とともにゴキリと首の骨がなった。




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あきゅろす。
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