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それは幸福
10


 『こっちの準備は粗方完了したよ』

 「俺の方も撮影は終わったからもうすぐそっちに帰るよ」

 春臣の部屋に着いてすぐ、スマホの着信が鳴り響いた。画面を見れば最早悪友と言っても間違いではない男の名前が映し出されていた。

 『ところで、最近春臣君とは何もないの?前に送ってもらった動画以外何も俺のところに送られてきてないんだけど』

 『まさか、独り占めしてないよね』と誠太は訝しげに問う。
 やはりそのことを聞かれるかと千晶は空いた手で頭をガシガシと掻いた。

 「あれ以来何もしてない。本業が忙しくてする暇もなかったんだよ。予定通りできなくて悪かった」

 先日、最後までしてないにしろ春臣を半ば襲ったことに関しては黙っていた。あの時は動画を撮る余裕もなかったのだ。だが、それを誠太に言えばまた粘着質に責められるのは目に見えていた。

 − 誠太も開き直ってからは少し面倒臭い時あるんだよね。

 しかし嗾けたのは自分であった為そうも言ってられない。

 『まぁ、こっちに戻ってきたら好きにできるからいいけどさ』
 
 「...あのさ、誠太」

 『なに?』

 鼻歌でも歌い出しそうなほど軽やかな電話口の声を呼び止める。
 
 − やっぱり全部なかったことにできないか

 喉元まで上がってきた言葉。ハッとして千晶は冷や汗を掻いた。

 自分は一体何を言うつもりなのだろうか。

 「いや、やっぱりなんでもない。それじゃあ俺これから飲み会あるから」

 そう言い動揺して軽く震える指で通話を切った。

 気持ちを落ち着かせれるために深呼吸すると、そのまま千晶はベッドに倒れ込む。

 「感化されて俺もおかしくなってきたな...いや、これが普通か」

 この長期ロケで春臣との距離が近い生活が長かったからか千晶の心に前とは違う感情が生まれていた。
 前までは憎しみだけが心を蝕んでいた。だから全てにおいて冷酷でいられたのだ。その憎しみだってちょっとやそっとでなくなるほど軽いものではない...はずだったのだが。

 なんせかんせ出会った頃から憎しみは生まれ始めていたと言っても過言ではない。
 自分に向けるのは興味ではなく嫌悪だけ。しまいには誠太を愛で自分のことは玩具のように弄んで捨てた春臣に激しい憎しみを感じた。
 その後は高校、大学と一緒に住んではいたが殆ど話すこともなく他人のように過ごしていた。だから春臣がただただ憎いと言う感情は中学の頃から一切変わることはなかった。
 
 だが、それと比例するように春臣に異様に執着して交わしてきた会話全てをメモしては眺め見る気狂いさも自覚していた。ほとんど会話がなかったこともあって同じような内容の数々。それでも辞めることはできなかった。

 それが長期ロケになり春臣と接する機会が増え、また共演シーンで勝手に錯覚して舞い上がっては馬鹿みたいに落ち込んで。
 拗らせている期間が長かったからか、春臣との接し方がわからなくなってしまっていた。

 元々自分が無愛想なのもわかっていたが、正直愛想良くするということがよくわからなかった。
 愛想をよくする=常に嘘をつくという方程式が自分の中で確立しているのだ。
 でもこの時ばかりは自分の愛想の無さを悔いていた。
 もしも憎むのではなく愛情を向けていたら春臣は自身のことをうざがりながらも優しくしてくれたかもしれない。そして仲が深まればあの共演シーンのように自分のことを好いてくれるかもしれない。

 そんな幻想を抱きはじめてる自分に気がついてからは長期ロケの間に計画していた復讐の内容が継続できなくなってしまった。
 春臣からすれば復讐を始めた相手が突然静かになり不気味がっているかもしれない。
 今更、ここまできて遅すぎる。そうわかってはいたのだが、思わずにはいられなかった。

 “春臣に嫌われたくない”

不器用な自分がもどかしい。そして夢を抱き続ける自分はやはり馬鹿であった。



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