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それは幸福
6年後



 「...っ、はぁ」

 まぶしい朝日が顔を明るく照らす。珍しく自然と目が覚めたが見ていた夢の内容に思わずため息が出てしまう。

 ― 欲求不満なのだろうか

 さすがに夢精はしなかったものの、春臣のそこは僅かに反応し固くなりつつあった。昔の出来事は掠れ忘れてさえいたにもかかわらず夢の内容は酷く鮮明で“リアル”であった。

 「あ、起きてたんだ。朝ごはんできたけど...」

 コンコンとノックされた後に中に入ってきた千晶は既に起きていた春臣の姿に僅かに驚きつつもそれだけ言いすぐに部屋を出ていった。その姿は夢の中とは違い、20歳を超えた大人の姿をしていた。
 今では春臣に対してケンカ腰になることも絡んでくることもなくなっていた。といっても邪険に扱ってきては嫌そうに睨んではくるが。

 ― そういえばあの日からだったか、千晶がこうなったのは。

 それは車内で千晶を懲らしめた次の日。その日から千晶はまるで別人のように大人しくなった。
 春臣に対して媚びるようになったわけではないが、言いつけはすべて守るようになった。今では京太が忙しい時には千晶が家事をこなしていた。...――― 無表情でまるで召使のように。

 そんな千晶だが京太には普通に接していた。春臣には必要な時以外は話しかけてこないし、笑いかけてもこないが京太には一般的な“父親”と話すような“息子”という顔を見せていた。

 部屋を出て居間に入れば香ばしい焼けた匂いがひろがった。食卓テーブルの上には食事が2人分対行線上におかれていた。それはいつもの配置。食事はともにするが話は一切せず、目も合わせない。春臣自身、それに対して一切不満はなかった。

 席についていた千晶は既に手を付けており、半分ほど減っていた。
 大きな瞳に小さく高い鼻。夢の中のころと比べて大分大人びた顔になったがそれでもどこかまだ幼さが残っていた。特に周囲を取り巻く儚さは中学の頃から変わっていない。
 身長は越されなかったが、あれから随分と背も伸びた。平均身長くらいはあるのではなかろうか。

 「ジロジロみられるとご飯食べづらいんだけど」

 「...ん、あぁ悪い」

 そうして会話は終わる。春臣の視線に千晶は嫌そうに眉間に皴を寄せる。それがおかしくて見つけ続ければ、どんどんと眉間の皴は深まる。
 よっぽど不快なのか、しまいには朝食もそこそこに千晶は席を立ってしまった。そうすることでなんだか空間が広くなったように感じる。

 ―ピンポー...ン、

 そんな時だった。部屋のチャイムが鳴らされたのは。
 それは春臣にとって面白くもない、不快な出来事を知らせるものだった。
 千晶も来訪者をわかっており、インターフォンを確かめるのもそこそこに玄関の扉を開けに行った。それからすぐ、居間に戻ってくる足音は2人分あった。

 「おはよう、春臣君」

 「...はぁ」

 思わず出てしまうため息。目の前に立つのは、背の高い春臣よりもさらに背の高い、眉目秀麗な青年、誠太であった。
 切れ長の二重の瞳に、筋の通った高い鼻、シャープな輪郭。薄い唇の口角は上がり笑みをつくる。

 次に眉間に皴を寄せるのは春臣の番であった。

 中学生だった誠太も千晶と同じ大学生へと成長を遂げていた。夢の中のか弱い存在ではなくなってしまった。そんな誠太に春臣は興味を失ってしまっていた。
 そもそも“少年”という弱い存在、視野の狭い無垢な存在を掌の中で転がして遊ぶのが楽しかったのだ。だから誠太の少年さが失われてきた中学後半では、性行為も行わなくなった。
 優しくすることもなく、寧ろ冷たくなり、態度を豹変させる春臣だが、それでも誠太は未だにあの頃のまま懐いてきていた。

 誠太は食卓で朝食を食べている春臣を見るなりその隣に腰をおろしてくる。

 「春臣君、きいてよ。もうすぐ俺も誕生日でようやく20歳になるんだけどさ、親父が跡を継げってうるさく言ってくるんだ」

 「...」

 「でも跡なんて継いだら今迄みたいに春臣君と会えなくなるから、継ぎたくないんだ。今みたいに毎日顔合わせられるのがすごく幸せだから」

 「ごちそうさま。千晶、今日は帰り遅くなるから夜飯いらない」

 誠太の話に意見することも相槌することもなく、春臣は席を立ち、洗面所へ向かう。
 「あぁ、そう」そう素っ気なく言う千晶は未だに春臣に話しかけようとする誠太の腕をとり、玄関の方へと歩いていく。相変わらず目線は合わない。...別段合わせたいわけでもないが。

 玄関の閉まる音。一気に静まり返った部屋が何となく嫌でテレビをつけ朝のニュースをBGM代わりに春臣も身支度を始めた。

 『みなさん、おはようございます。今朝のニュースは大ブレイク中で人気を博している天宮千晶さんの特集から始まりたいと思います!』

 やや興奮気味に話すアナウンサーの言葉に春臣は足を止める。テレビ画面には“中性的”“ミステリアス”“王子”と三拍子が揃っている。
 若い世代を中心として今、千晶はテレビで引っ張りだこになっていた。

 何を思ったのか、高校の頃から始めた芸能活動だが千晶は天才的な才能を開花させた。愛想もなく媚びることのない性格は変わることがなかったが抜群の演技力で鰻登りに人気絶頂となった。

 「まぁ、俺には関係ないけど」

 だが、春臣はそれに対して何ら沸き立つ感情はなかった。千晶が人気になろうと、自分と同じ俳優業で成功しようと、要は自分の障害とならなければどうでもいいことなのだ。

 春臣自身、常に役を演じ切ることで幅広い世代から支持され、人気も安定している。

 つい先日も映画の主演オファーが来たばかりだった。

 皆に必要とされ称賛されるのだ。自分には役者があっている。誰よりも誰よりも誰よりも。だからそれ以外のことなど、春臣にはどうでもよかった。


 ――


 ――――


 ―――――――


 「今日は春臣君機嫌がよかったね。何かいいことでもあったのかな」

 「あいつの機嫌なんてどうでもいい。誠太もよくあんなに冷たくされてもめげないで話しかけられるな」

 「俺はいいんだ。むしろ素の春臣君がみれてうれしいんだ。今はもう俺も大きくなって子ども扱いされてないんだって思えて。」

 自分よりも目線の高い誠太を見上げ、千晶は呆れ気味に息を吐いた。

 誠太が中学生のころから春臣と性的関係であることは知っていた。もちろんそれが誠太の“大人”への成長が垣間見えたころに終わりをつげたことも。

 「お前、親父さんの跡継ぐ気はないんだな。...ってことはあの話はどうするんだ」

 “あの話”千晶がそう言った瞬間、誠太は顔をこわばらせた。千晶に視線を合わせないよう目を伏せる。

 「俺は、なかったことにしてほしいやっぱり駄目だよ、俺にはできない。ごめん、」

 「いいよ、謝らないで」

 意を決して言う誠太は千晶の返しに身構えたが、当の本人はいつもの無表情でいるだけで怒りなど負の感情を見せてはこなかった。

 「きっとすぐにその言葉は覆るから」

 しかし、次に発したそれに誠太は何も反論することができなかった。

 ― なぜならあの千晶が天使のような微笑みを浮かべていたから。



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あきゅろす。
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