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それは幸福
2


 『 春臣 』


 ― 大好き


 『 お前の演技は本当に素晴らしいね 』


 ― 大好き


 『 僕がお前の支えになるよ 』


 ― 大好き



 『 僕の息子...天宮千晶だ 』


 ― やめて


 『 これからは千晶の面倒も見ることになるから...――― 』


 ― 俺だけを見て



 『 千晶、僕に似てるだろ。やっぱり可愛いもんだな 』


 ― とらないで


 『 千晶、千晶、ちあき、チアキ...――― 』

 
 「 藤堂春臣 」

 「...っ、」

 突如として目が覚めた春臣を襲ったのは息苦しさ。

 「お、まえ...っ、」

 寝ぼける視界に写ったのは忌々しい少年の姿。ベッドにいた春臣の上に跨った天宮は冷めた目で春臣を見下ろす。

 「京太がご飯だって。てか、あんたいつまで寝てる気だったわけ。朝もまともに起きれないの?」

 「...朝からうるせぇガキだな、」

 「しかも態度最悪じゃん。わざわざ起こしに来てやった俺の身にもなってよ。全部京太頼りのあんたの方がガキじゃないの。生活能力ゼロのろくでなし」

 「生活能力ゼロで何が悪い」

 朝一から浴びせられる毒のような言葉。しかし、春臣はすべて聞き流し、感情を荒ぶらせることなく千晶をどかして起き上がる。その言動は千晶なんぞ微塵も相手にしていないということがひしひしと伝わるものだった。

 「用が済んだんなら早く部屋から出て行け」

 「...はっ。あんたさ、本当テレビの時と違うね、皆騙されてるよ」

 「芸能界なんてこんなもんだ。わかったらさっさと――――― 」

 「 俺は気がついてたけどね 」

 「...っ、」

 春臣の言葉を遮った千晶は笑みを浮かべていた。しかしその瞳は濁り、光を灯していなかった。

 そうしてその暗い瞳に吸い込まれ動きが止まった春臣をおいて、言われた通り千晶は部屋を出ていった。


 天宮千晶。少年はまるで...―――――

 「 害虫のようだな 」

 ここ数日、春臣は千晶と共に生活してそう感じた。深い深い侮蔑を含めて。
 透き通るような白い素肌に、黒い大きな瞳。頬の血色も見られないそれは陶器のようでさえあった。
 京太自身、整った顔をしてはいるが、顔の美しさ、緻密さであれば千晶の方がはるかに優っていた。それに加え少年特有の幼さが千晶の容姿を一層儚げにつくりあげていた。
 だが“中身”は全く違った。

 家に1人にしたくない、と学校終わりの千晶を事務所に頼み込んで京太は春臣たちの仕事場まで連れ出すことが何度もあった。
 そうしていれば周りには“テレビの中の人間”が現れるのだが、千晶は喜ぶことも媚びることもなく、興味なさげにいつも空を見ているばかりだった。寧ろ、中には美少年である千晶に近づく者もいたが、当の本人は無表情でから返事をするのみ。常識はあるのか失礼な態度をとることはないのだが、全く愛想を振舞うことがなかった。
 だが、それでも誰しもが千晶に好意的であった。千晶の興味を引こうとしていた。

 態度の変わることのない少年。媚びることもせず、愛想もふりまかない。他人から嫌われることを恐れず自分のしたいように行動していた。それが、春臣には自分勝手な害虫のように感じた。
 
 互いに美しいと謳われてきた境遇は似ていた。しかし根本的な面で2人は違っていた。
 自身を偽り、世を渡ってきた春臣と千晶は真逆な存在だった。
 自分よりも6つも下で汚れを知らない“真っ白な状態”
 春臣が14のころにはすでにテレビにも出て今のように自分を偽って生きていた。それは全て役者という地位を守る為。春臣にできなかったことが千晶にはできた。

 ― それがひどく妬ましかった。

 「千晶、今日君が話してた男の人はすごく有名なプロデューサーさ。もしかしたら中高生向けの番組の出演オファーが来るかもね。どう、そうなったら出てみるかい?」

 仕事から帰り、3人での食事中、京太は嬉しそうに千晶に話しかけた。やはり自身の息子が気に入られるのは親として嬉しいのか、終始ご機嫌な様子だった。

 「さぁ、興味ないからわかんない」

 京太お手製の料理を口に運びながら千晶はつまらなそうにそう言った。その反応もまた春臣の癪に障る。...京太の手前、表情には出さないが。

 「ねぇ、あんたはどう思う?俺がテレビに出たら」

 かと思っていると、話の矛先は突然無言で食べていた春臣に向けられた。まさか話しかけられるとは思いもせず、一瞬動きを止めてしまうが、少し考えて一つしかない答えを述べた。

 「俺は役者以外に興味はない。だからお前がテレビに出ようが俺は何とも思わない」

 これが春臣の本音であった。自分とは違う、千晶の存在は妬ましくは思うがそれが自分の役者生活に関わらないのならさして興味はなかった。ただ、この3人での生活に関しては千晶に不満ばかりが生まれてはいるが。まさに目の上のたん瘤のような状態だ。

 「...よく役者なんてやってられるね。あんな他人に偽ってばかりのお仕事。俺は絶対にやりたくないね」

 「こら、千晶なんでそんな――――」

 「お前がなんと言おうと俺の全てはそれなんだ。役者を始めて俺は救われた、何もかもから」

 春臣の言葉にすべての経緯を知っている京太は言葉を飲み込んだ。そして有無を言わせぬその言葉は千晶さえも黙らせた。

 静まった会話。それ以上、何を言うこともなく春臣は食事を終え自室へと入っていった。

 物心つくずっと前には、すでに春臣は芸能界に入っていた。暴力団のチンピラをやっている父に、ブランド品に目がない母。
 金が必要だった2人は生まれて数か月の春臣をすぐに金のなる木として育て始めた。
 容姿だけはよかった2人の良い部分のみを選んだかのように春臣は誰もが認める美少年として育っていった。
 だが、愛情は与えられなかった。家に居れば邪魔者扱いされ、金が無くなれば罵声を浴びせられる毎日。
 そんな春臣の唯一の幸福...それが芸能界での生活だった。誰もが優しくしてくれた褒めてくれた可愛がってくれた。

 春臣は幼いながらに家では与えられることのない愛情を求め、大人たちの顔色を窺うようになった。
 そうして大人たちの求める“春臣”を僅か小学生低学年で理解した。だが、高学年に上がった頃、物事・感情を考えるようになった春臣は気づいてしまった。芸能界で与えられるものは結局は偽りの愛だと。
 
 その場限りのものなのだ、と。...―――何故なら、その愛は仮面をした自身に向けられる愛だから。

 それからというもの、春臣は役者をするためだけに仮面をつけ続けた。称賛される自身の演技...それは自分自身に対する評価であったから。何かを“演じる”という行為。それでしか自分の価値を知るすべがなかった。称賛されればこの業界で必要とされているのだと実感できた。
 孤独な暗い日常から抜け出すことが出来た。

 天才だと褒められれば嬉しさで胸がいっぱいになった。人に認められることがこんなにも充実感を与えるものなのかと感じることが出来た。

 そこは、春臣にとっての唯一の居場所だった。
 そうしてその後、春臣は京太と出会い、本当の愛情を知っていく。血は繋がっていなくても、家族のような愛は享受できるのだと。

 だが、春臣はまだすべての“愛情”を理解していなかった。
 身が悶えるほどに高鳴る、淡い恋心と...

 そして

 狂うほどに嫉妬にまみれた、激しい愛情を。

 その2つの愛情は与えられるのか、それとも与えるのか。
 この時の春臣には今後自分の身に起こることなど、分かるはずもなかった。



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