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それは幸福
6


 「え、何。本気で行くつもり?」

 今日の撮影も終わり日も落ちた頃、春臣は目の前にいる男を見て口元を痙攣らせる。

 「本気だったら悪い?」

 「いや、そういうことじゃなく...」

 「それじゃあどこでもいいから予約しておいて」

 そう言い国道に向かって歩いていく千晶の後を春臣はため息を吐きながら追いかけた。

 遡ること数時間前、撮影の休憩時間中に突然千晶は“今日は外食したいから春臣もついてきて“と半ば強制的なお誘いをしてきたのだ。
 今まで千晶から誘われるというアクションを受けたことのなかった春臣は驚きと面倒臭さで内心溢れかえる。
 ただ、性的な命令ではないのが不幸中の幸いだが。

 −てか、一体どこの店予約すればいいんだよ。地元でもないから知らないし。

 千晶が何を思ってご飯に誘っているのかが全く読めない。昔の復讐をしているのかと思えば意図が読めないことをする場面も多々ある。

 とりあえず、てきとうに口コミで評判が良く個室が設けられている場所を探す。当日予約で大丈夫だろうかと心配になるが今日が平日であったこともあり意外と条件に合う店は何軒かあった。

 「無難に居酒屋でいいか」

 どうせ質問しても無駄だろうと店は勝手に決めて電話予約していれば、視界の端にタクシーを拾って乗り込む千晶の姿が映る。

 ー あいつ、本当好き勝手しやがって。

 喉まで出かかった文句を飲み込み、慌てて春臣もタクシーに乗り込む。運転手に店名を告げれば愛想の良い返事がきて車は出発した。

 「天宮くん、居酒屋さん予約しておいたから。今日はそこで晩ご飯でも食べようか」

 「あぁ、そう」

 隣に座る千晶は相変わらず自分勝手で無愛想な様子だ。感情の読めないその視線はどこを見るでもなく窓から外を眺めていた。

 タクシーに乗って十数分後、春臣たちは目的の居酒屋に着いていた。
 しかしその場にいたのは春臣たちの他に男女4人。

 「わぁ、偶然ですね!藤堂さんたちもここに来る予定だったなんて」

 「本当偶然だね。姿が見えた時はびっくりしちゃったよ」

 その4人...今回の映画の俳優陣は驚きつつも期待を込めた目でこちらを見ていた。

 「あの、もしよかったらなんですが席ご一緒しませんか?」

 その第一声は春海であった。普段謙虚な様子の春海にしては珍しい誘いだ。きっと周りの3人も相席を期待しての眼差しなのだろう。

 − まぁ、千晶と2人きりよりは幾分マシか。

 「もちろん、大丈夫だよ。ね、天宮君」

 「...勝手にしたら」

 不躾な態度にやや固まる4人であったが「天宮君、人見知りだから恥ずかしいんだよね」と春臣のフォローを聞いて安堵した様子であった。


 「私たち、みんな藤堂さんに憧れてるんです!だから撮影期間中に仲良くなれるきっかけ欲しいねって話してて」

 「そう言われると何だか照れちゃうね。子役からやってたから芸歴だけは一丁前だけど、俺だってまだまださ」

 俺より芸歴長くて下手な奴も沢山いるけどな、と内心思いつつそう言えば周りは謙遜しないでくださいと囃し立てる。春臣を真ん中にして両隣に千晶と春海、そして向かえに春海と一緒にいた3人が座っていた。
 春海を含む女2人に男2人。4人とも芸歴は同じくらいの若手で、春海以外の3人も春臣が見れる程度にはそこそこ演技はできていた。将来有望株というところだろう。

 − 男女4人で仲良くご飯ね。若手で芸歴も近いから仲良くしたいのかもしれないけど気をつけないと週刊誌に引っ張られるぞ。

 心の中で注意喚起はするがそれが口から出ることはない。

 そうこうしていれば注文したお酒が各それぞれ届き乾杯する。皆ビールを頼み飲んでいる中、千晶だけは度数の低い果実酒を炭酸水で割ったものを飲んでいた。

 「そういえば天宮君がお酒飲んでるところ初めて見たかも」

 「飲むの今日が初めてだけど」

 春臣の問いに、千晶はすんなりと答えるがその事実に驚いた。
 確かに今20歳だから年齢的に考えればおかしくはないのだが、普通は遅くても誕生日の日には祝いで飲んだりしないだろうか。

 そう思えば、千晶にはその考えが読まれたのだろう「別に酒に興味なかったし」と一蹴されてしまう。

 − 相変わらずその辺りは周りに流されなくて、自分をもってるやつだよな。

 「それじゃあ今日は何か酔いたくなるような事でもあったんですか?」

 千晶と春臣の会話を聞いていた若手組の1人が確信めいた質問を投げかけた。
 普段の無愛想な千晶をわかっているはずなのだが、これを機に千晶とも距離を近づけて関係を良好にしたいのか。だがしかし、そうだとしたらその突っ込み気味の質問は千晶の気分を逆撫でるだけなのでは、と内心思う。

 「それあんたに言う必要ないよね」

 案の定、ただでさえ不機嫌な様子の千晶の表情に更に深い眉間の皺が刻まれた。
 そして同時に何故か春臣に救いを求めるかのような4人の視線が向けられる。

 − 俺だってこいつのこと苦手だし嫌いだし、逃げたいくらいなんだけど。

 「まぁまぁ。皆天宮君のことがもっと知りたいんだよ。なんせかんせ、天宮君はミステリアスが売りなだけあって、プライベートも謎めいてて魅力があるからね。そういうのってやっぱり不思議と惹かれちゃうよね」
 
 「そうですそうです!こう、実体が掴めないような...」

 春臣の発言に、功を奏したかのように周りも一様に盛り上げる。なんとか場の空気は緩和したようであった。

 「それじゃあ春臣も俺のことそう思ってるってこと?」

 「ん、あぁ勿論だよ。じゃないとこんな言葉は出ないからね」

 間髪いれずに訪れる千晶の問いに、思わず躊躇してしまう春臣であったがすぐに肯定すれば「へぇ、そう」と蛇のような目でジロリと見られる。
 相変わらずこの目で見られると春臣の体は無意識に反応して冷や汗を掻いてしまう。そして今もまさに背中を冷や汗が伝いぞくりとした。

 「藤堂さんとは前から仲が良いんですか?呼び方とかも...」

 そんな春臣の状況を知るわけもなく、第二の爆弾が投下される。千晶と楽しげに話したことなんて“演技”をしてる時でさえもなかったと思うのだが...。ただただ表情が引き攣りそうになるのをなんとか堪える。

 「あんたらよりは仲良いよ」

 ふっ、と鼻で笑いそっぽを向く千晶。この捻くれ野郎、勘弁してくれという言葉が喉まで出かかった。
 いつにも増してトゲのある発言は、まるで4人の相席を許した春臣を責めるかのようだった。否、先ほどからの機嫌の悪さを察するに責めているのであろう。
 今更になって、自身の過去の言動に後悔するがここまできたら最早、後の祭りである。


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