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初雪の下で




 伊吹と路地裏でもめた翌日。不機嫌なまひろを出迎えたのは同僚のみずきだけだった。

 「どうしたんですか、すごく不細工な顔になってますけど」

 顔を覗き込み、クスリと笑ってくるみずきのでこを指で強くはじいてやれば、大げさに痛がってきた。

 「別に何もねぇよ」

 無意識に触れたのは唇だった。今でも思い出すことのできる、柔らかな感触。自然と熱くなった顔を冷まそうと、みずきをおいてまひろは静かな病院内を歩き始めた。

 昨日のあの時。自分は一体どうすればよかったのか。何が正解で何が間違いなのか。それとも最早答えなどひとつしかないのか。
 いくら考えようともわからぬまま。結局まひろは夜まともに寝れず、寝不足のままの出勤となった。

 「ねぇ、知ってた?こないだ配属されてきた伊吹先生、奥さんは院長の娘さんらしいわよ」

 そんな時だった。ナースステーションに近づいた時、興味をそそる話が聞こえた。おしゃべりの大好きなベテランのナースたちがまたいつものように噂話をしていた。

 「えー!じゃあ、伊吹先生、もしかして次期院長候補?やだ、それだったら嫌われないよう気をつけなくちゃ」

 「本当そうよね。それに、今日も家族で○○水族館に行くみたいだし...いいわよね、奥さんはきれいで、伊吹先生もいい男。それに加えてかわいらしい子供もいて...幸せな家庭って感じ」

 「羨ましいわ、私なんてビール腹で中年の旦那で...―――」

 本当ナースは何でも知っている。女の情報網のすごさに両手を挙げた。

 「幸せな家庭、か」

 そう言った瞬間、自嘲気味な笑みが浮かんだ。
 自分はそんな幸せを壊してはいけないのだ。目の先にある出世への道。家族との団欒の一時。伊吹はそんな幸せの人生を歩んでいる。

 ― そこに自分の居場所などは当然のことながらないのだ。

 改めて伊吹はもう自分のものではないのだ、と実感した。
 そうしてまひろは昨夜のキスの意味を考えることをやめた。


 ――


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 ――――――――


 だが、今ならわかる


 この時の悩みなんて


 まだ、幸せなものだったのだと。



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