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初雪の下で




 激しく求めるようなそれは、付き合っていたころの学生時代を彷彿させるものだった。

 「嫌、だ...っ、ぁ、やめ...ッ、」

 息ができなくて苦しくなる。逃げる舌を執拗に強く吸われる。それは長い長い拘束の時間。伴って、口の端からは飲み込み切れなかった唾液が一筋の道をつくった。

 ― ふざけるな...ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!

 「...ッ!」

 まるで麻薬に溺れているかのように陶酔しそうになる。渾身の力で伊吹の胸を強く押せば今度こそ距離をつくることに成功した。

 口元を伝う唾液を服の裾で拭い、目の前の男をキッと睨む。しかし、その瞳には涙が浮かんでいた。

 「お前は...お前はずるい。妻子がいるって、俺のことを拒絶しておきながら昔と変わらずに今も俺を振り回す。何がしたいんだ...俺を苦しめて面白いか、楽しいか」

 ポタリ、ポタリ、と溢れた涙が頬を流れ、地面に染みをつくっていく。こんな年にもなって涙を流す自身の女々しさが疎ましかった。
 自分ばかりが心をかき乱される。諦められない、未練がましい心を狂うほどに追い詰められるのだ。

 「お前なんか、嫌いだ...大嫌いだ!いい加減にしてくれ、ハッキリしろよ!お前が何考えてんのかわかんねぇよ」

 零れだした不安は止まることなく紡がれ続ける。それを伊吹は黙って聞き続けていた。
 自分たち以外、誰もいない路地裏。まひろの悲痛な声が、乾いた空気を震わせた。

 息が荒くなる。涙で濡れていく顔。眉も口元も下がり、いつもは強気なまひろの表情は弱々しいものへと変り果てる。
 そうして、どれほど経っただろうか。まひろの口がきつく閉ざされた時...―――

 「俺が憎いか、目の前から消えてほしいか、」

 ゆっくりと伸ばされる手。この手を掴んだ先に何があるのか。

 「...っ、」

 揺れる心。しかし、まひろはそれに反して駆け出した。手を取ることが出来なかったのだ。
 伊吹の呼び止める声はない。まひろは背を向け走り続けた。

 目の前の暗闇から逃げるように、遠くへ遠くへ。

 バクバクとうるさく鳴る心臓の音。自身の駆ける足音。夜の街の賑わい。それらで鼓膜が震え、“現実”の音として脳に染み渡っていく。
 そう、これが現実だ。あの手を取ったところで現状は何も変わらない。
 これからもあいつの幸せを見て、聞いて、そして受け入れてもらえない自身に嘆き続けるのだ。


 ― それでもやっぱり、あの手を掴めばよかった


 そう思ってはいても、結局最後に生まれたのは、今までと変わらない後悔という感情だった。



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あきゅろす。
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