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初雪の下で




 気が付けば20代後半という年齢になり、周りの人間たちは皆、結婚し、身を固めていった。
 しかし、今のまひろにはそう言った関係の異性がいなかった。だが、別段女性に好意を寄せられないというわけでもなかった。むしろ院内では看護師や受付嬢から多くのアプローチを受けてきた。

 それでも、全て断っていた。

 「まひろ先生!遅刻も遅刻、大遅刻ですよ!!」

 「あぁ、悪い悪い」

 病院に着けば般若のような顔をした同僚、みずきが仁王立ちして待ち構えていた。それはもう、患者が逃げ出してしまうレベルの怖さだ。

 「もうミーティングも終わってしまったし...遅刻してきたのはまひろ先生だけですよ!それに今日は新しく医師が配属されてきたんです、あいさつしに行ってきてください!今、更衣室に向かったところですから追いかけて!」

 「耳元で騒ぐなよ。鼓膜破れちまいそう」

 耳がキンキンとした。大人しくしていれば美人なのに、なんて何度思ったことか。まひろと同い年で、美人なみずきは院内でもモテていた。しかし、異性からのアプローチが叶わぬものだとまひろは知っていた。

 「そんなにぷんすか怒ってたら、みどりちゃんが怖がって逃げちゃうよ」

 「なっ...!」

 まひろの言葉に、みずきは顔を真っ赤にして口元を戦慄かせた。

 「この...っ、」

 「じゃあ、俺あいさついってきまーす」

 そう、みずきは同性愛者だった。想い人は同じ科の看護師、みどりちゃん。
 そうして反撃が来る前に、まひろはその場を退散し更衣室へと向かった。


 ――


 ―――――


 ―――――――


 タンタンタン、と更衣室への階段を下りていく。途中、新しい医師の名前も顔もわからないことに気が付いたが、会えばわかるだろうと、己の勘を信じて向かう。
 そうして更衣室の前につき、扉を開けようとした時。触れているだけのはずのその扉は、勝手に開いた。

 「...っ、」

 扉が開き、目の前に1人の男が現れる。その時、初めて気の抜けた顔をしていたまひろの眉間に皴が寄った。

 「伊吹(イブキ)...っ、」

 自身よりもわずかに高い身長。昔と変わらない、優しげな雰囲気を纏った偽善者。

 「まひろ...なのか、」

 そこにいたのは、今まで一度も忘れることのできなかった、元恋人の姿だった。



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