初雪の下で
2
気が付けば20代後半という年齢になり、周りの人間たちは皆、結婚し、身を固めていった。
しかし、今のまひろにはそう言った関係の異性がいなかった。だが、別段女性に好意を寄せられないというわけでもなかった。むしろ院内では看護師や受付嬢から多くのアプローチを受けてきた。
それでも、全て断っていた。
「まひろ先生!遅刻も遅刻、大遅刻ですよ!!」
「あぁ、悪い悪い」
病院に着けば般若のような顔をした同僚、みずきが仁王立ちして待ち構えていた。それはもう、患者が逃げ出してしまうレベルの怖さだ。
「もうミーティングも終わってしまったし...遅刻してきたのはまひろ先生だけですよ!それに今日は新しく医師が配属されてきたんです、あいさつしに行ってきてください!今、更衣室に向かったところですから追いかけて!」
「耳元で騒ぐなよ。鼓膜破れちまいそう」
耳がキンキンとした。大人しくしていれば美人なのに、なんて何度思ったことか。まひろと同い年で、美人なみずきは院内でもモテていた。しかし、異性からのアプローチが叶わぬものだとまひろは知っていた。
「そんなにぷんすか怒ってたら、みどりちゃんが怖がって逃げちゃうよ」
「なっ...!」
まひろの言葉に、みずきは顔を真っ赤にして口元を戦慄かせた。
「この...っ、」
「じゃあ、俺あいさついってきまーす」
そう、みずきは同性愛者だった。想い人は同じ科の看護師、みどりちゃん。
そうして反撃が来る前に、まひろはその場を退散し更衣室へと向かった。
――
―――――
―――――――
タンタンタン、と更衣室への階段を下りていく。途中、新しい医師の名前も顔もわからないことに気が付いたが、会えばわかるだろうと、己の勘を信じて向かう。
そうして更衣室の前につき、扉を開けようとした時。触れているだけのはずのその扉は、勝手に開いた。
「...っ、」
扉が開き、目の前に1人の男が現れる。その時、初めて気の抜けた顔をしていたまひろの眉間に皴が寄った。
「伊吹(イブキ)...っ、」
自身よりもわずかに高い身長。昔と変わらない、優しげな雰囲気を纏った偽善者。
「まひろ...なのか、」
そこにいたのは、今まで一度も忘れることのできなかった、元恋人の姿だった。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!