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retake life
2




社長室に通され、高級な作りの机を挟んで上等な生地が使用されふかふかなソファに双方 腰を降ろす。
恐らく椹よりは年上であるはずの宝田は、目尻の皺が気にはなるにもとても若く見える。
目鼻立ちもくっきりしていてきっと若い頃は、かなりの女性に好意を寄せられていたはずだ。 いや、今ももしかしたら……



秘書が去ってから流れる重い沈黙を破ることがなんとなく出来ず気まずさから、燈羅はどうでもいい事を考え現実逃避をしていた。
先程、秘書に用意された紅茶の湯気が無色になり出した頃、やっと宝田が開口した。





「この前、白紙にした理由を知りたくて来たそうだね。
何故そうなったのか考えてみたかい?」







先日、街を歩いていた燈羅はスーツを身に纏った若い男に突然 声を掛けられた。
時間帯が夜間であれば男はきっと、明らかに未成年の燈羅を不審に思う警察だろうが、しかしその日は休日の昼間だ。
 警察でないとすると男は何者なんだと考えて出てきたのは、不健全な店のスタッフ勧誘しか思いつかない。 何しろ燈羅が歩いている街は繁華街だ。
昼間といえどそういうものは結構あると知人に言われたことがある。
勧誘は必ず無視しろと以前に言われた言いつけを守り、歩みを少し速めると男は慌てて名刺を差し出した。
 男の名前上に記載されている肩書きを注目すると“LME芸能プロダクション”とあり、燈羅は正直驚いた。
今まさに赴こうとしている場所がそこで、オーディションを受ける前にスカウトされたからだ。



正式な手続きをするため、事務所へ男と共に行きその後何故か社長室へ通された。
なんでも、この事務所は特殊な社訓があり、それに則って育てて行くに相応しい人材かどうか社長自らが確認をしているらしい。



何をするのかと緊張しながら宝田からの言葉を待っていれば突然スカウトの件は白紙にすると言い渡された。
失礼にあたる態度を取っていたわけでもなく、理由や説明は一切なしにその一言を告げただけだった。



何度考えたって分かるはずがない。
理解出来ないから今日、こうしてここまで足を運んだというのにこの男は何を言っているんだ。
沸き立つ怒りを外に漏らさぬよう抑え、男の言葉に答える。





「考えましたが、すみません。
分かりませんでした……」


「そうか…なら、理由を説明するが‥
俺は“芸能人”ってのは愛し愛される心がなけりゃ大成をなせないと思っている。
いつの時代でも、自分中心の奴は爪弾きにされる。
だから、ウチの心構えは常に観衆を愛する心。観衆に愛されたいと思う心を忘れべからずとしている。
しかし、一番大事なのはまず自分の存在を認め愛してやることだ。
ほとんどの人間は、これが出来ているからあえて心構えに入れてないが、君はそれが出来ていない。
自分を否定する奴は成長しない。
他者が成長させようと手出ししても、本人の意志が変わらない限り全て無意味な事だ」


「私、別に自分の事を否定なんてしてません」


「“私”?
性別を偽るのは自己否定にならないのか?」







宝田の言葉に微かに眉が動く。
表に出さず上手く隠しているが、燈羅の内心はかなり焦っていた。
自分の女装は見た目だけでなく、声に立ち居振る舞いに仕草と細かなところまで女の演出を徹底している。
あまりの完成度の高さに今まで誰一人として気付いた者はいない。
今後も気付かれる事はないと高を括っていただけに、どうやって誤魔化すかバレた時の対応を全く考えていなかった。



確信を持っていたわけではないが、前に会った時に感じた違和感とは何か探るため宝田はカマをかけてみた。
はじめは動じていなかった燈羅も威圧的な視線で真を突く見事な揺さぶりに動揺のあまり硬直してしまった。
 燈羅の反応から図星を突いたことに気付いた宝田は何故彼が完璧な女装をしてまで芸能界に入りたいと思う理由が気になった。
俳優部を希望するのであれば、わざわざ女性に扮装せずとも男であったって何ら支障はない。
むしろ見抜けない程の演技力は、素人とは到底思えない程だ。 その技術力とセンスは必ず話題となる。
女でなきゃならない理由でもあるのだろうかとつい考えが回ってしまう。




(‥‥あえて偽っているのは、話題性と自分の演技力を最も効果的にアピール出来るからとかなんだろうか?
いや、しかしなら自分に自信があり輝いた雰囲気を漂わせているはずだ)



燈羅からはそういった雰囲気を感じられない宝田はつい真意を聞きたくなり口が開くのを抑えられなかった。





「毎年行われる新人発掘オーディションの応募は女の子ばかりだが、決して男の子の応募募集をしていないわけではない。
女性でないと応募出来ないと思ってその格好をしたのか?」


「…‥いえ、違います。
服装もメイクも、注目を浴びるための策略ではありません」


「では、普段もその格好をしていると?」


「はい。
男性の中にはそういった趣味をもたれる方がいますが、私は違います」


「君の格好は、女の子に扮しているわけでもなく、成りきっているわけでもないと見ていて分かる。
女の子そのものだ。
しかし、何故そこまで徹底してるのか実は先日から気になっている。
訳を聞かせてくれないか?」


「‥‥‥私は、私です。 倉沢 緋奈の何者でもありません。
例え倉沢 緋奈以外の過去があったとしても、倉沢 緋奈以外の未来は絶対にない。
理由はこれで充分ですよね?」



(変わった言い回しをするな…過去は、関係ないってか。
そういえば、同じようなことを言った奴がいたな…‥
アイツに、この子を会わせたらどうなるのかすげぇ気になるし。
2人に、良い刺激があったらそれはそれで面白そうだ。この子の可能性に賭けてみるか)



「君が、固い決意をして此処まで来てくれたことはよく分かった。
その思いを無下にしてしまうのもなんだ。
俺が出す条件をのめれば、スカウト白紙の件は無かったことにしよう。
どうだい?」



(……条件? どんな内容なんだろう?
いや、どうだっていいか。せっかくのチャンスなんだ。無駄には出来ない)


「機会を与えて頂き、ありがとうございます。
是非、お願いします」


「うん。良い返事を聞けてなによりだ。
早速、条件の内容なんだが…これから2週間付き人として行動してもらう。
誰の付き人になるかは、その時次第だ。
色んな人の付き人になるかもしれないし、もしくは1人相手だけになるかもしれない。付いた人間にもよるが、1日拘束もあり得る。
そして、付き人中は“今の君の姿で”してもらう。どういうことか、分かるかい?



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あきゅろす。
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