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薄紫カメレオン



天井裏から見える一人の人物をそれこそ穴でも開くんではないだろうかと言う程見入るのは猿飛あやめであった。
あやめの職業は始末屋ではあるが、この天井裏に潜む目的は本職との関係性は皆無である。
それは、目線の先、その人物からして明らかである。
ふわふわとした後頭部を見つめる瞳は普段息を潜め忍ぶ気も更々無い程熱く、気配をだだ漏れにして見ていたが、その後頭部の人物はそれに気付いていないのか、後ろ頭を掻いただけで普段と何も変わらない生活を送っていた。
だが、女は知っていた。
その男が自分に気付いている事も、それでいて敢えて無視を決め込んでいるのも。
猿飛あやめの今、見入る男は、いや、また今日も見ているのは坂田銀時という男であった。
彼は彼女の想い人である。彼女の想いは人のそれとは常々変わっていた。
覗き見るという奇行からそれは容易に伺えるが、それだけではないのだ。
こうしてきっと己の存在に気付いているであろう男が決してこちらにそれを指摘しない事も彼女の気持ちには拍車をかける事であった。


そうして女は一つ満足そうに息を吐くと屋根裏を後にした。
最近はあまり長く彼を見なくなっていた。
いや、勿論時間が許す限り彼を見たいのは山々なのだが。
では何故かと問われたら、それは彼女が生業としている職業が始末屋だけではない事だった。
別に生活が苦しい訳ではない。
だが始末屋という職業は何かと不便な事もある。


「猿飛さんさぁ、あんたもうちょっと愛想よく出来ない?」

それは、もう一つの仕事、くのいち喫茶の店長に呼び出され言われた言葉であった。
始末屋だけでは世俗と関わりが無い。
そうなれば、生き方として都合が悪い。
闇に溶け込む事は忍としてはとても大事な事。
だが、闇だけに紛れていればそれでいいとも言えないのだ。
人は24時間の概念で一日を送る。
たったの数時間の闇以外にも人は溶け込み、生きている。
暗殺には闇が動きやすいとはいえ、殺すだけが私の任務ではない事もある。
身柄を確保するだけの身辺調査、尾行、そんな事もある。
忍びが動くのは闇だけではない。いついかなる時間、それに溶け込む事が大事なのだ。

「……私としてはこれがマックスです。
だって、愛した人なら笑顔なんか勝手に出来るけどそうじゃないし…いまいち難しいんですよね……どうでもいい人間に愛想作るのは」

「……いや、がんばろうよ。難しいけどがんばろう。
そういう態度だからあんた苦情が絶えないんだよ。
こっちもさ忙しいからクビまで切りたくない訳よ。
頼むから作り笑い位はがんばろうよ」


始末屋だけやっていればいい訳ではない。
忍ぶならば普段から色んな所に溶けていなければならない。
本当は、時間の許す限り、彼を見ていたいけれど、こうしてカムフラージュの様な事もしなければならない。
闇を隠す為に、明かりを作らねば、忍としては成り立たないのが現状だった。

「クビは困ります。
……分かりました。お客さんは皆、彼だと思う様に接します。石ころを彼だなんて無理に近いけれど、やってみます!」

「石ころってね、あんた接客業なんだからそういう発言はやめてよ。だからあんたちょっとMっぽい怪しい人にしか人気ないんだよ!」

「残念よね、私本当はMなのにね!M同士じゃ相入れないのに勘違いよね!!」

「いや、勘違いは君でしょ?!ここSMクラブじゃないからね、くのいちカフェだから、健全だからね!」






「んで、結局クビになったアルか」

「えぇ、なんでかしら?私、頑張ったのよ、お客さん全員を銀さんだと思って接したの」

それでもお客さんは銀さんじゃないから、所詮自己暗示の偶像、石ころを銀さんだなんてそんな錬金術みたいな事、土台無理だったのかしらね?
翌日、そう万事屋の応接間で首を傾げるあやめに神楽は呆れた様な目線を向けた。

「そんな事言ってるからダメだったんじゃないアルか?別に銀ちゃんだと思う必要はないネ。普通にしてれば問題ないと思うヨ。さっちゃんは両極端ネ」

片手をひらひら翳して理を説くその様は年下の振る舞いとは思えず、いやはやなんとも頼もしいとあやめは手を組んで感心した。


「じゃあ、私どうしたらいいのかしら?!神楽ちゃん!私に普通をご教授下さい、神楽様!!」

拝み倒す様なあやめに、神楽は目を下すと、悪い気はしないアルと呟いた。
そして、ふむふむ頷くと腕を組む。

「仕方ないネ、いいヨ、私がいい女の極意を教えてしんぜようではないアルか!目指せ、モテ子ですわアル!!」

神楽が全くの明後日を指差し、あやめと神楽の主旨の変わった特訓が始まった。

「だから、違うアル。こう、上目使いは顎を引いて、…イヤ、それじゃ視線で相手を射殺しかねないネ。
もっと優しく!可憐に!慈愛に満ちて!!」

「…こ、こうかしら?!」

「ちっがーう!まだ目線が違うネ!さっきよりマシになったけど、それじゃヤンキーネ、何見とんじゃ、ボケカスコラァみたいな顔してるアル」


「あの、銀さん、コレ、なんですか?僕が買い物行ってる間に何があったんですか?」

「いや、分からない。いきなり目の前で始まったからなんかの余興じゃね?ほっときゃ飽きてその内やめるだろ」

二人のやり取り、基、特訓に買い物から帰った新八のドン引きのリアクションとは違い、ずっと家にいて経緯を知っているであろう銀時は薄いリアクションでさも相手にしたくないという様子がこれでもかと滲み出ていた。
でも、これ、いつもより白熱してません?などと心配している新八に銀時はいいから黙って見とけ、と溜息を吐いた。

「……あー、もういいアル。分かったネ、さっちゃんは何してもウザ子ネ。……そうだ、いっそ黙ってりゃいいアル。黙ってりゃ銀ちゃんへの酷い変態発言も、他人への冷徹発言もどっちも出ないアル」

「ほら、飽きた。……つーか、さっちゃん馬鹿だろ?こいつに普通がわかる訳ねーだろ。普通じゃねーんだから。お前本当人を見る目がねーな、馬鹿じゃねーの」

神楽の投げやりな態度に戸惑うあやめとの間に、今までずっと相手にしていなかった銀時が割って入った。

「そうネ、こんな天パを好きになってる時点でかなり人を見る目が無いネ。
つーか。普通じゃねーってどういう意味だ、コラァ。お前に言われたくねーんだヨ、異端的貧乏人が!」

「うるせーな、俺を好きになるなんて目の付け所はかなりいいじゃねーか!後は本当どうしようもねーがそこだけは評価に値すんだろうが!普通の年頃の女の子ってのはな、飯を釜ごと食わねーんだよ!貧乏なのはテメーが毎日有り得ない程飯食うそれも手伝ってんだよ!」

また始まったと頭を抱えた新八に、すっかり蚊帳の外になったあやめはしげしげと目線を向けた。

「……な、なんですか?!買い物袋なんか見て…はっ!納豆なんか買ってないですからね!!」

「別に買い物袋なんか見てないわよ。私が見てるのは貴方、新八君よ」

「……えっ?!」

まじまじ真剣な目でそう言われた新八は悔しいかな、少し動揺した。

「……だっ!ダメですよ!!さっちゃんさんが好きなのは銀さんでしょう?!銀さんに振り向いて貰えない所かまるで相手にされないからって僕って!!僕は…あの、お通ちゃん一筋で!そりゃ年頃ですし、年上の綺麗なお姉さんに興味はない訳じゃないですけど…!」

童貞力発揮しまくりだとはこの様だろうか、新八はワタワタと慌てふためき、必死にまくし立てた。

「……何言ってるの?あなた。別にあなたになんか乗り換えないわよ。ってか相手にされてないってどういう事よ!されてるわよ!本当は気付いてる癖に気付いてないふりされたり、今日なんか馬鹿と罵られたわ!!珍しい!ずっと最近話し掛けてもくれなかったのに、今日は二回も馬鹿って言ってくれたわ!それに評価するだなんてお褒めの言葉まで貰えて、私ったらなんて幸せなのかしら!!目の前が嬉し涙で滲むわよ!!誰があんたみたいな童貞にくら替えするのよ!」

「あんたそれ虚しい現実実感しての涙ですから!!
童貞言うな!好きな人と、と大事に取ってる純情笑うなァァ!この汚れた世の中、ピュア保つのは許された人間だけなんじゃァァ、ボケェェ!一握りの戦士になんたる非礼!粛正してやる!この変態ストーカー!」

「……おい、新八、お前うるせーよ。近所迷惑考えろよ、何昼間っから童貞、童貞、叫んでんだよ、俺恥ずかしいよ、明日から街歩けねーよ」

「そうネ、お前が童貞だと主張する過程を聞かされる乙女の身になれヨ。
お前、痛々しいヨ、泣けてくるヨ。あ、私をオカズにすんなヨ、マジキモチワルイから」


「お前らの方がずっとうるせーし、ずっとキモチワルイわ!!部屋こんなぐちゃぐちゃにして!女の子のかけらも伺えないのにオカズになんかしねーわ!!」


えぐられつつ、無駄に精神的ダメージを受けた新八がひとしきり落ち着いて、なんで新八なんか熱い視線でみちゃったのかとあやめに神楽が問う。

「いえ、熱い視線なんか向けてないわよ。ただ、新八君って無駄に普通じゃない。普通過ぎる程普通じゃない?もう普通に生まれましたよーみたいな…いまいち好印象もないし悪印象もない、寧ろ印象自体無い普通さでしょ?たまに、生きてるのかしら、この眼鏡みたいな物体とか疑いたくなるもの」

「あんた絶対喧嘩売ってますよね?そんなに図星突かれた事がムカついたんですか?!」

「……図星じゃないわよ、何よ、あんたこそ喧嘩売ってるじゃない!」

またキーキー言い合う眼鏡二人に銀時は埒があかないとあやめをひっぱたく。

「黙れ、お前の言いたい事はもう分かった。だからあんまり童貞をおちょくるな、最近の若いのは怖いぞ、お前報復に今夜のオカズにされっぞ」


つまりだな、お前は普通の新八ならば善くも悪くもない限度を弁えた行動とやらを学べると思ったんだよな。
だから、観察してみた。そんなんだろうよ、どうせ。
そう言った銀時にあやめは流石銀さんだわ、話が早い、と張られた頬を撫で回しながらうっとり言った。


「……お前は本当馬鹿だな。限度なんかテメーに弁えられる筈ねーだろ。
他人が俺に思えない様にお前がセーブ出来る人間になろうなんてな、土台無理なんだよ」

下らねー事考えてねーで帰って糞して寝ろよ、ウザったい。
そう耳をほじりながら言う銀時に盾突いたのは神楽であった。

「いや、だから、喋んなきゃいいアル。さっちゃんは喋んなきゃまともネ。見かけはいいから無口キャラで売ればいいネ。美人で眼鏡で無口で巨乳。お前コレ最高のカルテットじゃねーかヨ!」

「いいや!こいつは黙ってようがウゼー。寧ろ黙ってられたら余計ウゼー。ここ最近で奇しくもそれは実感済みだ」

まだキャーキャーベタベタされた方がマシだって位薄気味悪いぞ、マジで。

そう言った銀時の言葉にあやめは俯いた。


「……嬉しい…」

「はぁ?!」

「嬉しいわ…私、こんなじゃない?だから、きっと変わらないといけないって最近はそればかり考えていたの」

あなたが話し掛けてくれないのは、きっと私が悪くて、昼間に上手くなじめないのも、私がいけなくて。
分からない事が多いのは私だからで、私が私を変えない限り、私はここからどこへも行けないんだと思っていたの。
だから、貴方に相手にされない事が怖くなって、見ているだけになっていた。
忙しいなんて言い訳を作って。
限度が分からないなんて学ぼうとした。


貴方は、私が否定した私をいいって言ってくれるのね。

「……大丈夫なのね、私、このままでいいんだわ!!そうと決まれば、新しいバイト探しよ!!じゃあ、銀さん、ありがとう!あと、神楽ちゃんと眼鏡にも一応御礼を言うわ、ありがとう!」








「……で、結局くのいちカフェに復帰したんですか?」

「えぇ、なんだかんだ言っても人間なんてマニアックだから、そういう需要があれば仕方ないらしくて」

「……広い世の中、探せばいるもんだな、物好きって」

あやめがくのいちカフェに復帰出来たと、菓子折りを持って現れたのは三日後の事だった。
そんな報告を生返事で答えた銀時にあやめは前と変わらずにベタベタと寄り添うと、素直じゃないのね。だなどと呟いた。

「……そんな事言って、1番の物好きは誰かしら?」

耳元でそう言ったあやめを銀時は引きはがし、窓を開けろと新八に言う。
開けられた窓へ向かいあやめを殴り飛ばすと捨て台詞を窓へ向かい投げた。

「……そりゃお前だろ、さっちゃん」


状況を変えようとなれば真っ先に自分を変えようと努力する。
気付いているのに気付いていないフリをする俺を否定しないで、どうあったって真っ直ぐ見る事をやめないお前が1番物好きだろう。


「銀さん、言わなくていいんですか?……さっちゃんさんのバイト先に掛け合ったの銀さんですよね?」


「いいんだよ、言わなくて。つーか絶対言うな、面倒な事になる」

ただ、昼間働いてねーと暇になった分、俺へのストーキング時間が増えるだろ?そんなん御免だからな、口利き位易いもんだよ。
それなのに勘違いされちゃ元も子もねーじゃん。


「……素直じゃないですね。本当はあなたが誰より彼女に変わって欲しくない癖に」


酷い言葉を与え続けて、もし本当に変わってしまったら。
それが怖くて気付かないフリをしていた。
そうしたら、自分を責める彼女は変わりはしないだろう。
そんな風に最近はずっと考えていたのだが、それでもどうも上手くいっている気はしなかった。

だけれど一度彼女を認める言葉を掛けてみれば、彼女は変わらないと言ってくれた。

もうそれで十分だと今は思った。

離れないでいてくれるなら、それだけで十分だ。


ずっと一方通行でも構わない。
彼女が夜でも昼でも染まるカメレオンでも、本当の色を出してくれるのがここだというなら、それでいい。


俺だけ知ってる事を、お前が知らなくても、色は変わらない。
それに気付けば一方通行も悪くはないと思った。


「本当物好きだよな、見る目ねー…」


しかし、想ってるのにこのままなんてもどかしくて切ない事、よくずっと続けてるもんだ。
俺にどこまで耐えられるか、出来りゃ隣で見ててくれ。









木綿様10万打キリリク、切ない銀さちです。

切ないというカテゴリーが私はどうやら広いようで、今回どんな切なさで行けばいいやらと悩んでいたら遅くなってしまいました。
今回の切なさは、置かれている根本が変わらない事、それによって想い合っているのに動けない二人。
他にもダークやら浮かんだのですが、記念すべき10万打、あまり暗い内容はどうかな、と思い、矢印は向いているのに現状維持のもどかしさ、それにより生まれた切なさ。そんなサブテーマで進めてみました。
リクエスト内容、沿っていますか、不安ではありますが、木綿様がお楽しみ頂けたら幸いでございます。

では、今回は10万打、ならびにキリリク本当にありがとうございました。


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