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理想的なカノジョ



もう一度、あの手で触れてくれるなら、今度はきっとその温度を刻み込む事を拒んだりはしない。

だから、触れられるまで、あざとく待ってしまったのは、きっと人生一番の大失態だと思うんだ。






「……なぁ、…手退けろよ」

手首を掴んだ。どの女も似たようなモンだが、手首というのは割と細い。
例えばそれは、括れ皆無の寸胴な女も、肉感的なスタイルの女も例外はない。

ここはスルリと握るのにも、今の様にこうしてがっちりと掴むのにも、最も適した細さを維持している。

だから、例えば、この女の様に、典型的な男の理想体型、所謂誘う体つきを持っていれば、尚更、手首なんかも理想的な形をしていて当たり前の様に思う。

ただ、この女の場合、理想的な外見部品とは裏腹に中身はとんとおっつかずなのだ。
本来ならば、掴まずとも汲んで欲しいものだ。


互いの呼吸が解る程の距離で目を覗き合うのに、己の手で己の口を塞ぐなど、そんな奇抜な所業、辞めて頂きたい。



「………離さねぇの?」

その言葉に、いつもの彼女ならば眼球に降参のニ文字を浮かべてくれるだろうと思い上がっていた俺は手首を掴む力など最初こそがっちり掴んだが、今はほぼ篭っていないように、添えていたのだが。

彼女はどこまでも理想的な行動を取る事が出来ない星の元に生まれた女らしい。

あなたこそ、と言う様に俺を睨むでもなく見入る事で圧倒した。


「……誘っといてそれかよ。お前、引き際間違ってるよ。
いいや、むしろ、お前の場合は、全部間違いだらけで一つも正解がねーよ、今までずっと」

ああ、やめた、やめたと掴んだ――いや添えただけの手を離し、距離も離した。

どうせ最初から、心に近付こうなど思った訳ではないのだから、今更離れても間に溝等一切無いのだが。

いや、もとより俺と女との距離は溝だらけだったか。


「………例えば、今そうしてどうなるって言うの?」

置かれた間合いが簡単には詰め寄れない距離だと分かったのか、それとも単に言葉を我慢出来なかったのか、……ああ、考え足らずなこの女の事だ。後者だという事は分かっているが、とにかく、女は離れて漸く手を離し口を開いたのだ。


「……さぁ、どうなるって…気持ち良くなるんじゃない?多分」

下品だとは勿論知っていて言葉を選んだ。
ここで、はぐらかす様な常套句を選んだとしてもどうしようもない。

「………それでどうなるのかしら?」


女は俺が絶対に言いようもないそのはぐらかす言葉を欲しがっているが如く誘導しているんだろう事も分かっていた。


「……今だけじゃねーよ。これからもだ、とでも言って欲しいのか?
先が無いのに、許せる程、自分は盲目じゃないと?
馬鹿言ってんじゃねーよ。
俺は先なんかお前と見る気は更々ねーし、そんな俺が見えて無い時点でお前は十分盲目だよ」


綺麗な言葉が欲しいならばそんな舌先を持っている男に鞍替えすりゃいい。

わざわざ家の二人がいない時間に尋ねて来て、迫って、俺を組み敷いたのはお前だろう。
それで、俺がいざ反応してみたら、掌返して引いて。

お前に俺を責める資格があるとでも思ってるなら、とんでもない勘違いだと思うんだけど。

自業自得だよ。
お前が責める可きは俺ではなく、自分自身の甘さだろう。

男心なんかはこんなもんだよ。
ウザイ女でも、それが見られる顔で、ある程度の条件が揃ってしまえば、手を出せなくは無い。
その後責め立てられる筋合いなんかねェよ。


「……いいえ、そうではないわ。私はそんな自分に都合の良い事を考えて質問したんじゃないの。
未来なんか無いのはハナから分かってる。
私が言いたいのはそういうんじゃなくて……」


――その後、貴方が抱える強い後悔の行き先はどこなのか。


私は、確かに少し考えが足りない所がある。
だけれど、それ故、私なんかで処理した欲情にきっと貴方は後々深く責められる。
なんでこんな女と、と。

そんな貴方は見たくない。

私が傷付くからじゃなくて、貴方が落ち込む顔をするのが嫌なだけ。
だって、私は平気だもの。寧ろ一度っきりだって貴方が私に触れてくれるならそれだって喜ばしい事。願ってもない、幸せだわ。
そこに例え貴方の一片の愛がなくたってね。


私は確かに盲目だけれど、貴方の姿だけはいつもよく見えるの。
貴方の苦しむ顔は見たくない。
だから、自分の目先の喜びより貴方が今後苦しむ道を潰したいから、こんな質問をしているの。


「私は貴方には一時のテンションで身を滅ぼすなんて真似をして欲しくないわ。私なんかで手をうたないで。後で絶対、自己嫌悪に苛まれるわよ」


「流石、ドMだなぁ、お前。
自虐までおてのものか。
だけど、残念」


冷静な顔で差し出すその言葉は、俺に向けて。
でも、俺だけじゃない。自分にも言い聞かせてる。
私は有益ではない女、貴方には有害だけの女。
警告に似たその言葉は、自分の耳にも酷い位鳴っているだろう。
それは痛い筈だ。酷く痛い筈なのに、鳴らし続けるその警告を平気な顔で聞いているのは、ドMだからか?それとも、強がりか?


誘った癖に、誘った時は俺が動くだなんて、そんなにお前には想定外だったか。
普通なら範囲内に置いて構わない答なのに、お前はどうしてそこまで辿り着けなかった?

俺が今まで重ねた行為の所為か?そうだよな、確かにお前は俺にとって不利益だ。
いや、不利益だった。


「……男なんてこんなモンだ。男にとっちゃいくら後でなんであんな女とヤッちまったんだなんて考えなんか付き物なんだよ。
お前がいくら有害だろうが、そんなの今更で遅ェんだよ。後の対処より今この気持ちを引っ込める事の方が難しいんだよ」


抱きたくなる。
もがくみたいにせめぎあう理性と本能がブチ壊れる。
壊れたらもうどうしようもない程、欲しくて仕方なくなる。
愛に溺れているんじゃねェ。欲望に溺れてるだけの馬鹿だ。
それが今の俺だ。
そんな醜い俺すら救うつもりならお前は俺より馬鹿だ。
救いようもない馬鹿だ。


「お前、俺が好きなんだろ?じゃあ、こっち来いよ。お前から来い」

「………好きよ」

だから、だから、だから…
好きだから


「……そこには行けない」


そう力強く言った後立ち上がった女は窓を開け、出ていった。


目的地は、今の俺じゃない。
そう切り捨てられた気分だ。

去り際の女の顔は、果てしなく続く絶望を見た様な顔をしていた。
歩み寄ってくれないのか。こんな安っぽい言葉じゃ、彼女を救えないのか。
どこまで深いんだ、あの女の愛は。


欲しいな、そんな強い気持ちを自分を犠牲にしてでも著せる言葉を口にする勇気が。
欲しいな、そんな女の希望を宿した顔が欲しい。


今までの奴の行動から平気な顔で明日も来るかな?
もう来ないかな?
あんな顔させたんだ、もう失ったかもしれない。

いや、でも…グルグル廻る賭け事をしてる様な肯定否定。

馬鹿なのは、あいつじゃない。救い様がない馬鹿は俺だ。

いつだって手を伸ばせば届くと思っていた。
だから余裕を見せてふざけてられた。

本当に触れようとしたら拒まれるだなんて、微塵も思っちゃいなかった。


どんだけ、自意識過剰だ、俺は。



あれから、窓を眺めて耽って一日、二日、一週間、幾日待ってもあの女が現れる事はなかった。


もう一度、あの手で触れてくれるなら、今度はきっとその温度を刻み込む事を拒んだりはしない。

だから、触れられるまで、あざとく待ってしまったのは、きっと人生一番の大失態だと思うんだ。


待つのは、もう疲れた。




欲しいモノは手前で掴み取れってか?
そんなもんだよな、悠長に待つだなんて大失態だ。


醜くても、みっともなくても、今更だろうが、もういいや。

奪ってやるよ。



やっと気付いた。
どうしても、もう、お前じゃなきゃダメなんだ。

この先に後悔なんて無い。

今なら言いきれる。
お前のゴールになったと。
常套句はもう決まった。




『俺を好きなだけ愛してくれ』








勝手な二人が書きたかったんです。そしたらなんか変な方向へ……。

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