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case 6-1
チリンチリン

「お早うございまーす」
「遅刻だぞ荒木!」
「おはよ」
「…佐賀?!」
眼鏡をかけた年老いた教師はいつものように遅刻なのに平然と校門を過ぎようとする荒木に注意をするが、その後ろに思いがけない人物を見つけた。

「佐賀!最近真面目じゃないか!」
「真面目ったって遅刻だけどね」
ふわりと笑顔を見せる佐賀まや。
然し前まではサボってばかりで学校に来てなかった佐賀。来ること自体が珍しく、教師は目を丸くした。
「佐賀〜、お前頭いいんだからちゃんと真面目に来なさいよ」
「眼鏡うるさい〜」
「荒木は黙ってろ」
「はぁ〜?超ムカつくー!」
二人は校門を抜け、駐輪場に自転車を停める。するとそこに、ヘラヘラ笑いながら奏都がやって来た。

「最近仲良いじゃん、あーちゃんとまやちゃん」
奏都はまやに微笑みかける。
だがまやは「まあね」と一言だけで、無表情の儘鞄を肩に掛けると昇降口へ向かう。それを慌てて追い掛ける荒木。
「仲良いってか、あたしがくっついてるだけだけどね。…あ、今日も授業出ないから!」
「は?」
「学校来たのは時間潰しなだけだし。じゃね〜」
「またぁ?」
ミニスカートをなびかせ、二人は校舎に入っていった。

折角学校に来るようになったものの、二人は授業には一度や二度顔を出すだけ。真面目に教室にいることはほぼ無く、いつも使われていない空いた教室で何やら話をしているのであった。

「あ〜あ、折角あーちゃんがまやちゃんと仲良くなってきたのに、これじゃ俺の方は近づけねーなー…」
溜息をつき、奏都は渋々教室に戻った。


******

空き教室で机を並べる二人。
荒木はノートを広げ、スラスラとペンを動かしている。
「昨日の奴はイマイチだったねー。お触りサービスまでさせてあげたのに五千円なんて」

あの日から荒木はまやに誘われ、援助交際を始めた。
然し本番まではせず、食事やデートを中心に。だがそれだけで満足する客は少なく、、今は下着売りやお触りまでを限度としていた。
出会い系サイトや如何わしいサイトの掲示板に出来るメニューを書き込み、それに食いついてきた奴を相手にすると言うやり方だ。
最初は慣れていない為、荒木が客に会う時はまやも付き添って三人で会っていたが、二対一は嫌がる奴が多いので直ぐに単独に変わってしまった。だが荒木が仕事している間もまやは必ず近くで待機し、何かあった時にはすぐに駆け付けられるようにしている。
そして稼いだお金は必ず等分。
どちらが幾つ仕事をしても必ず差がないよう等分にし、『二人の仕事』として互いに不満を持たないようにしていた。

「ケチだったね」
「ねー!今日はもっとくれる奴来ないかなぁ…でもさ、会いたいとか言って来てもすっぽかしたりする奴もいるじゃん?行ってみたらメールが途絶えたり」
「冷やかしね」
「ムカつくよねー!そいつと関わってた時間とかパケット代なんて超無駄!あとやらせてって本番目当ての奴とか…」

まやは目を伏せた。
ノートには今まで関わった男たちのメアドとHNがアルファベット順に丁寧に記載されていた。更にそいつがどんな奴だったか、どんなメニューを希望したかも細かく記載されている。勿論HNやアドレスは変えられる為、似た様なHNやアドレス、それからメールの口調が似てる場合や同じメニューを同じ様に頼む奴はほぼ同一人物と見做した。
二人は客との交渉は全てサブアドレスで返信をしていた。
然し何度も記事を書き直したりサブアドレスを変えている為、相手側も一度関わった二人とは気付かずにまた交渉してくることも少なくない。または男の方がアドレスを変えていることもある。
その為にこうしてデータ化し、新しく返信を寄越した奴とノートを照らし合わせ、気前の悪い奴や冷やかしだけだった奴、またはすっぽかしやそれ以上を要求してきた奴等、もう関わりたくない奴と同一人物だと判断出来た場合には返信しないよう、自分たちから気付けるようにしていた。

そんなこのノートは荒木の提案である。
すっかり荒木はまやとの活動が板についてきていた。


「まやちゃん」
ふと、荒木がまやの手を握る。
まやが荒木を見ると、荒木は長い付け睫を揺らしながら満面の笑みで言った。

「あたし、まやちゃんに出会えて良かった!」
「?」
目をキラキラ輝かせる荒木。まやは一瞬、「レズ?」と思ったが、その余りにも嬉しそうな顔に少し戸惑う。

今まで他人を寄せ付けず、孤独に生きてきたまや。父も母もいるが、収入が少なく家が極度の貧乏で毎日の暮らしもままならない。その為、家族を支えようと援助交際をしていた。
家族は誰一人そのことに気付かず、まやの稼ぎを頼りにしている日々。
稼いだ金を素直に等分してきた荒木とは違い、まやは自分で稼いだ金は金額を誤魔化し、多く取っていた。
荒木は何も知らない。
なのに自分を信じてくれる荒木…。

「…ありがとう」
初めて、他人の心を温かく感じた。
ただ見た目を美しいと遠巻きに言うのではなく、荒木は傍に寄り、近くで自分を見てくれる。
他者を受け入れられなかった汚い自分の荒んだ心に、荒木は容赦なく入り込んでくる。

荒木の手を握り返せば、荒木は嬉しそうに微笑む。
「このまま一生これで稼いで行けたらいいよね!ずっとやろうよ!」
無邪気な笑顔だ。
こんなのを一生やりたいだなんて、あまりに能天気な考えに賛同は出来ず、ただ荒木を見つめるまや。すると荒木は突如窓辺へ行き、窓を開けると駅の方を指差した。

「ねぇねぇまやちゃん!駅前の建設中のやつ知ってる?あと五年くらいかかるらしいんだけどさ、すっごい高いタワーらしいよ」
「ふぅん」
「出来たら行こうね!ねっ!」
きゃいきゃい騒ぐ荒木。まやは目を細め、荒木の隣へ行くと、そっと髪を撫でた。

「そだね、行こうか」
「うん!」
ニコニコと微笑み、サラサラな髪が風に戦ぐ。荒木のキツい香水の香りが鼻を突くが、まやは顔色一つ変えなかった。







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