■去年の9月13日。それは蘭姫の誕生日の事である。 その日はたまたま日曜日。まだ二年の生徒会に入りたてだった戒連れられて桜聖学院高等部の演劇部公演会を見に行った。 その日はいつもは難しい宗教ネタの多かった演劇部の始めての”シンデレラ”の公演の日であった。 シンデレラの物語は知っている・・・・・絵本や映画で何度も見て憧れたものだ。 その王子の相手を誰として思いを寄せていたかは内緒だが蘭姫はそれを楽しみに出て行った。 初のシンデレラ公演。それはいつもの厳格な芝居ではなくミュージカル調の心地よい演目だった。 楽しい音が鳴り響き小鳥のような歌声が聞こえる。 主演は三年の女性先輩のようで笹目はまだその時は役には入らせてもらえなかった。 代わりにその親友、二年生のカトリック科女子が長身を生かし姉のうちの3人の1人として登場した。 笹目はその中でナレーションの雉鷹と共にバックコーラスで登場する。 だが蘭姫は演目のソレよりも小鳥のような美しい声のコーラスに心を奪われた。 ”この声は・・・どの人のものだろう・・・・・!” それが聞こえるたびドキドキと胸が躍る。 そして舞台が終了した。 その日の帰りである。 蘭姫がいつもの夕飯の支度ではなく”誕生日だから”と戒にそのまま買い物に連れられて。ウインドウショッピングを楽しんだ帰り。 お気に入りの一点が見つかって買ってもらったその洋服。 思わずお店側に頼んでその場で着せてもらって帰ってきた。その帰り。 いつもより帰りが遅くなり。近くの公園を通って近道して帰ろうとした時のことだ。 もちろん彼女は小学生。隣には戒がいる。二人で一緒に歩いていると噴水の方から歌声が聞こえてきた。 それは昼間聞いた”シンデレラ”のバックコーラスの歌の一部。 しかも ”あ・・・・あの人の声だ・・・・!!!!”蘭姫はふっとその公演で惹かれたその声を思い出す。 案の定噴水の近くを通るとその前で歌っている人影が見えた。 でも表情はどこか曇り気だったがそれにその日は蘭姫は近づく事が出来なかった。 実はその日笹目は当時の女部長に1人だけ他のコーラスと声のトーンが合ってないと注意を受けたのだ。いつもの練習はそれを気にして抑えていたがいざ舞台当日となるとその逸る気持ちが彼女を高揚させた。それが注意のきっかけだった。”コーラスの1人”として目立ちすぎたのだ。 そこで笹目は公園で。密かにもう一度声を合わせる練習をしていたのだ。 そこに蘭姫達が遭遇したわけだが。邪魔をしてはいけないと思い後ろを横切るだけで終わった。 ・・・・・・・どうやら彼女は歌に夢中に気づいていないらしい。 噴水の反対側に背中を向けて空を見上げて歌っている・・・・・・ その頬には密かに涙が伝っていたがその時の蘭姫には気づく事が無かった・・・ 「へへへ・・・それが私の始めてのめーちゃんとの出会いなんだよ。」 いつもの公園。蘭姫は初めてその日笹目を目にして声の虜になった事実を打ち明けた。 実は”人魚姫”の次の公演、それはまた新入生を中心としたミュージカル”シンデレラ”になる予定であった。 今度もまた笹目は主演を演じる事が出来たのである。それを嬉しそうに蘭姫に話すと蘭姫はその日の出来事を初めて彼女に打ち明けた。 「あの時のめーちゃんの声・・・凄く綺麗だったよ。・・・・・・本当に主役のシンデレラより綺麗な歌声だった・・・・」 とろけるような瞳でとろんとそれを思い出す蘭姫。 「・・・・・・・・・・バックコーラスが主役から歌を奪っちゃいけないんですけどね」 それに苦笑する笹目。 しかしそれから二人が再び出会い。”友達”となったのは更に先のことであるが。その時の自分の姿を見てもらえたのか・・・・と思うと笹目は少し嬉しく感じた。 「有難う、蘭姫ちゃん・・・ずっと私のこと見ててくれたんだね」 それから。 「一緒に”人魚姫の聖地”に行ってくれて有難う。」 笹目はそう言って蘭姫に微笑んだ。 「どうして?」と蘭姫は聞きたくなったがなんとなく返す事は無かった。 笹目のその表情が本当に心のソコから感謝をしていたようだったのでなんとなく口を挟んじゃいけないような気がした。 その手には先日買った笹目のお守りが握られている。 ”心願成就”の白いお守り。誰かへのお土産として買ったはずのもの。 だがそれはまだ彼女の手にあった。 「めーちゃん・・・ソレ・・・・・」 蘭姫が何かを言おうとすると。 「今日も会う事ができなかったの。」笹目はそう瞳を落とす。 ”会う事が出来なかった・・・”その人は”めーちゃんの好きな人なのだろうか” 鍾乳洞での戒との出来事にはびっくりしたけれどもその時めーちゃんははっきり”他に好きな人が居るんです”と言った。それからカセンさんと・・・見慣れない眼鏡の人達と合流して色々うやむやになって帰ることになったが。蘭姫は笹目のその持っているお守りは彼女の意中の相手に渡すものだと思っていた。 だから物凄く寂しいのかもしれない。蘭姫がそう思っていると。笹目が「これ。蘭姫ちゃんにあげる。」 と何かを渡してきた。 それは熊の形をした小さな可愛らしいブローチだった。 「これ。先日。蘭姫ちゃんにもらった誕生日プレゼントのお礼です。」 笹目はお守りをポケットに仕舞うとにこにことそれを蘭姫につけてあげる。 笹目の誕生日は4月6日。それはまだ春休み中のことである。 「めーちゃん・・お礼とか・・そんなのいいのに・・・・///」 蘭姫からのプレゼントは少々高めの可愛らしいキャラクターのシャープペンシルだったがあきらかにそれよりブローチの方が高そうだった。なんだか申し訳ない気がする。 しかし笹目は続ける 「私。蘭姫ちゃんがいなかなったら今の自分は居なかったような気がするの。」だから・・・これはその”お礼”そういって頭を撫でる笹目に蘭姫は”どういう意味だろう?”疑問に思ったがそれ以上は考えない事にした。 制服姿に光るブローチ。ここで道草食ってるのを誰かに見られるわけには行かない。 「それじゃぁ私・・・・・・夕飯の準備とかするようだから・・・!!!」 と蘭姫はそこで名残惜しくも帰ることにした「ごめんね。めーちゃん!!今日は有難う!!!」 そう言って足早に近くの部屋へと帰っていく。 笹目はソレを見送りながらまたシンデレラの歌を歌いだす。 今度はバックコーラスではなく主役の歌。 ”私の王子様は・・・・・・”本当は”誰”なんだろう・・・・・・・・。 笹目はポケットに手を当てながら空を見上げて歌を続る。 ・・・・次の公演は・・・鬼似鷹さんは見に来てくれるだろうか・・・・・・・・・・・・。 チケットが手に入ったら渡しに行きたいが。どうやって彼に渡せばいいかが分からない。 それでも・・・・・・・・”見に来て欲しい”そんな気持ちが彼女の胸の中を占める。 今度の演目は・・・・・・何事も無く無事に終わりますように ■END■ [*前へ][次へ#] [戻る] |