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涙粒、ホロリ、ホロリ
*泣き虫なキョン。



俺は物心ついた頃から『お兄ちゃん』だった。

『お兄ちゃん』だから泣かないの
『お兄ちゃん』だから我慢しなさい
さすが『お兄ちゃん』ね

いつもその言葉に励まされ、時に疎ましく思ったものだった。
何時しか俺は我慢を覚え、物事を率先して気づいてあげられる長男気質になったものの、どこか無感情な人間へと成長してしまった。

だからだろうか。時々だが感情の起伏がおかしくなるのは…。



ゆっくり静かに部室のドアを開き、中を確認する。

…誰もいないよな。
本日の団活は休み。ハルヒ達は女子だけで買い物に行くと言っていた。
横目で廊下を確認して、さっと中に入る。
二歩、三歩…と歩みを進め、窓際辺りで足を止める。

「…もう、いいかな」

そう呟いた瞬間、じわりと視界が揺れ始める。

「…っ、ふ…っ」
俺は床に崩れ落ちるように座り込んで、ボロボロと涙をこぼす。
何時しか俺は涙を隠すようになっていたせいか、理由も無いのに突然泣きたい衝動にかられるようになった。そして、誰もいない場所で一人でこっそり泣く。
誰にも言っていないし気づかれていないが、この癖は未だに直っていない。
泣くときは決まって子供のように嗚咽が出るまで泣きじゃくってしまい、一回泣くとしばらく再起不能になる。我慢していたものが一気に出てしまうような、そんな感じだ。

「ひ…っく、うぇ…っ」

パタパタと床に水滴が落ちる音を聞きながら、俺はいつものように泣き続けていた。

「誰かいるんですか?」
突然ガチャッとドアが開く音が聞こえ、俺は思わずそっちに顔を向けてしまった。
「…っ!?」
「え…っ?!あなた、泣いて…!」
ドアを開けた古泉が、入り口で驚いた顔をして立っていた。
何でこいつがここにいるんだよ…!
古泉はツカツカとこっちに寄ってきて、俺の前に座った。見られてしまった恥ずかしさに顔が熱くなる。もしくは別の感情のせいか。
今すぐ逃げたいのに体が動かない。
「どうしたんですか…?誰かに何かされたとかですか?」
「…、っ」
うまく声が出ず、首を横に振って答える。
「…もしかして、僕達が無理させた…とか」
「…、が…ぅっ」
違う、そういう訳じゃないんだ。
そう言いたいのに、俺の口からは嗚咽しかでない。
ああもう、古泉が困ってるだろ!
古泉は眉をひそめて俺を見つめている。
早く泣き止みたいが、自分の意志で止める事なんてできない。
必死で止めようとしていると、次第に横隔膜が痙攣をし出す。胃をグッと押されている感じがして気持ち悪い。
すると、突然古泉が「失礼します」と小さく囁いて俺に顔を近づけてきた。
え?と顔を少しあげると、目元に暖かい感触を感じて…。

「ぅ…えっ?!」
こいつ今何した?!
キスされたんだと気づいたのはだいぶ後だった。それ位非常事態に動揺していた。
「…すみません。こうすると涙が止まるってテレビか何かで見たものですから」
…それって母親が子供にするとかじゃないか?!記憶ねじ曲がってるから!
「でも、止まってます」
「…ほんとだ」
古泉に言われた通り、あんなに止められなかった涙がピタリと止まっていた。
しかし既に泣きはらした顔を見られたくなくて俯いていると、古泉が小さく口を開く気配がした。
「あの…、どうして泣いていたんですか?」
そう聞かれ、チラッと視線を向けるが古泉が申し訳なさそうな表情を浮かべていて、何だかバツが悪い。

「…時々、無性に泣きたくなる事があって…、…それで」
「…いつもこうして一人で?」
俺はこくりと小さく頷く。
だってこんなの格好悪いだろ、いい年した男が。
俯いて鼻を啜っていると、ふいに暖かいものが俺を覆った。
「ぇ…っ?!」
「…そんな寂しい事しないで下さい。僕で良かったら側にいますから。だから…」
抱き締める古泉の温もりがひどく心地よくて、せっかく止まった涙腺が再び緩みかけた。
「…き、気持ち悪いだろっ?!こんな、いい歳した野郎が…っ!」
「…でしたら、先程のように僕が止めてあげます。あなたが泣きそうになったら側にいますから…」
そう言う古泉の声が何だか必死そうに聞こえた。
「…何でそんなに俺の事気にかけてくれるんだ?こんなの、放っておけば大丈夫だからさ…」
古泉は優しいから。だから俺の事に親身になってくれていると、そう思った。
古泉は腕の力を緩めると、俺の肩に手を置き視線を合わせてきた。

「…あなたが好きだというのは理由になりませんか?勿論、恋愛感情の意味です」

うっすら頬を染めて笑顔を浮かべる古泉の言葉が信じられなかった。
「う…、そだ…。だって、そんなの…っ」

有り得ないだろ、こんな都合のいい話。
俺の脳が白昼夢でも見せているのかと思えてくるが、この腕の体温は紛れもなく本物で…。
歪む視線で首を横に振り続けていると、突然唇に暖かい感触を覚えた。
思わず目を見開くと、目から雫がポロリと落ちる。

「すみません…。…でも、これで信じてもらえましたか?」

優しく笑うその顔が滲んで見えた。

「…そ、だぁ…っ」
あんなに泣いたというのに、ボロボロと目から涙が溢れ出す。
「ああ…っ、泣かないで…?」
再びそっと目尻に唇が触れる。
次第に涙は止まるのだが、嗚咽は止まらなくて肩を揺らしていた。
親指で目をなぞられ顔を見上げると、古泉は少し苦しそうな笑みを浮かべていた。
「すみません…。嫌ですよね、こんな…」
俺の様子を見ながら話しかけてくる古泉に、俺は首を横に振った。
「ちがっ…、…やじゃない…。お、れも、古泉が…、好き、だから…っ!」
聞こえたかわからないくらい震える小さな声で答えを示すと、古泉は一拍間が空いてから思い切り抱き締めてきた。
「はは…。夢のようです…。あなたに断られる覚悟でいたのに…」
安心したように吐息を吐きながら話すその背中に俺はそっと手を回した。

…夢のようだなんて、それは俺の台詞だ。


本当は、今日初めて泣けてきた理由があった。

何気なく9組を覗いたら古泉が同じクラスの女子と話しているのを見た。それだけなのに突然あの症状に襲われた。
初めてそんな風に泣けてきて自分でも驚いたし、どれだけ古泉に執着してんだと自嘲したくなった。
…こんな事絶対古泉に言えないな。


俺は少しだけ…と思いその体温に甘えながら、俺は一筋涙を流した。




何かキョンを泣かせたかったとです。そして古泉に泣きやましてほしかったという。



2009 6/13


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