高校生 六 学校を出た後、伊於の方向を訊ねると途中まで同じ道だったので、二人はもう少し一緒に歩いた。 外に出ると、目の色素が人より薄い伊於は、まぶしそうに顔をしかめる。 「幹田って色白いなあ。運動とかせんの?」 「…別に。俺インドアだし」 色が白いとか言われるとちょっとむっとする。伊於は小さい頃美少女顔だったタイプなので、散々可愛がられたが、逆にそれがトラウマとなっていた。 「ああ、幹田ってインドアな感じ似合うな」 「似合うとかあんのか?」 「さあ、ふふ」 純は微笑んだ。 彼の笑い方には、なんとなく掴み所がないような気がした。 そういえば純には一緒に帰るような友人がいないのか。彼といる感じからすると、人づき合いに慣れているようなのに。 だが考えてみると、純が特定の奴といつも一緒にいるような記憶がない。弁当を落としたときも、彼のために立ち止まるような奴はいなかった。 つき合いやすそうな奴なのに意外だな、と伊於は思った。 「佐原は、家でも料理するのか?」 初めて自分の名前を呼んだ、と純は口に出さずに思った。 弁当を作っていると言ったとき驚いた顔をしていたから、きっと不思議なんだろう。 「おれなあ、母親いないんよ」 思わぬ言葉に、伊於は口をつぐんだ。純は人にこの事を言うのに慣れてるいるような様子だった。 「小さい時に離婚してな。おれの親父めっさ不器用やから、自然とおれが作るようになったん」 伊於はしばらく黙ったままだった。 普通、こういう時どんなことを言えばいいのか、経験がなかった。 今まで思ったこともないが、自分に人間関係のボキャブラリーが少ないことを実感する。 「ま、珍しくないだろ。こういう家庭」 純はさらりとそう言う。伊於は小さな声で「そうだな…」と言った。 言った後、少しだけ後悔した。 道の境界で二人は分かれ、純は「じゃあな」とにっこり笑った。伊於は「ああ」とだけ呟いて、自分の道を歩いていく。 同じクラスでありながら、昨日と今日のことは思いも寄らなかった。クラスメイトと一緒に帰り道を歩くなんていうのは、伊於にとって中学の頃以来だ。 そういえば、ちゃんと弁当のお礼を言ってない。 ふと伊於は思ったが、今日のようなことは多分もうないだろう。そう考え、伊於はイヤフォンをつけて帰路を辿った。 家庭の事情について口に出したのはちょっとまずかったかな、と純は考えていた。 まあ、それほど気にすることもないだろう。一人親家庭なんてのは、今時ありふれている。 純自身、中学に入った頃には母親がいないことをなんとも思わなくなった。働きづめの父さんのために、家事をしなければならなかったから、深い関係の友人はあまりいなかったけれど。 家に着き、弁当箱を洗うため、まず台所に向かう。伊於が食べた弁当箱を開けると、ちゃんと水ですすいであった。 思わず笑みがこぼれる。見た目に似合わず几帳面なんだ。 「うまかった」と言われて、嬉しかった。 一体、どんな顔で食べたんだろう。残さず食べてくれたのだろうか。 知らず知らずの内に、その日は伊於のことを考え、いつもより気分がよかった。 前次 [戻る] |