高校生 十二 「雨の日が続くなあ」 しきりに雨が降り注ぐ外の様子を眺めながら、ぽつりと純は呟いた。 一週間近く雨が続き、八月だというのに少し肌寒いくらいだった。夏休みの下旬は、この雨のせいできっとたくさんの子供たちの計画がおじゃんになったことだろう。 伊於の弟、茜もその一人で、拗ねた顔で外を見る。彼は、本当なら今日純と伊於にイベントへ連れていってもらう筈だった。 それがこの大雨でイベントそのものがなくなってしまい、朝から機嫌がやや斜めなのだ。 「拗ねた顔するなよ。佐原が代わりに遊んでやってんだから」 「遊んでるっていうかこねたり回したりしてるっていうかって感じやけど」 純はイベントへ連れていくという約束を果たせなかったお詫びで、甘党だという茜のために幹田邸のキッチンでケーキを作っているのだった。 「ところでケーキなんか作ったことあんの?」 「んー何度か、な。俺は菓子に関してはやたら凝ってまうから、あまりしょっちゅう作らんの。時間かけてるせいで、茜もそろそろ飽きてきたみたいだな」 二人とも苦笑いをする。さっきから無口な茜の背中。 「珍しいんだぜ、あいつが他人にああいう拗ねたとこ見せるの」 「そうなんか? なつかれてると思っていいんかな」 「いいんじゃないの」 純は笑った。 茜は可愛い。伊於の母親になぜかやたら気に入られ、食卓に誘われることが多くなり、もうすっかりこの家に慣れてしまった。茜も随分、地を見せるようになったと思う。 「ところでさあ、幹田。ずっと気になってたこと言っていい?」 伊於はぎくりと体を強ばらせた。 いちいち小さなことで緊張が走る。 純はじっと伊於を見つめた。 「お前さ、また煙草吸い始めたのか?」 「え?」 「ここんとこ煙草の臭いがしなかったのに。だからあんまり俺に近寄らないわけ?」 伊於は内心ほっとした。純との間に一定の距離を置いているのはそれだけの理由じゃないが。 今は、この想いを伝えるべきじゃないのを知っていた。だが、避けすぎても不振に思われる。彼との距離が離れすぎてしまうのは嫌だ。 だからこうして今までのように、純を家に呼んだりしているが、純の傍にいると、落ち着かなくなる。それを、悟られてはいけない。 「吸うのが悪いわけ?」 「悪いよ。煙草臭い高校生なんて最低。体に悪いって分かってることなんでするんだ、親に養ってもらっておいて」 子供くさく叱り立てるが、純はこういう時、煩いおばさんのようになる。食事に関することもそうだ。『いい若いもんが』とかなんとか言って、伊於も随分口をだされた。 彼は健康であること、健康であろうと努力することに、特別な信仰を持っているようだ。また、それが彼の愛情の形でもあるのだ。 「高校卒業したら禁煙するよ」 「なにそれ」 「それに、俺はバイトの金で買ってんの。文句言われる筋合いはねえ」 「なに言ってもきかないってわけね」 伊於はポケットの中からシガレットケースを取りだして眺めた。 神内が吸っていたのと同じ銘柄。特に意味はないけど、今もこうして同じものを選んでいる。 「やめてもいいぜ」 「ん?」 伊於は一本出した煙草をくわえながら少し笑った。純は少しいぶかしげに見る。 「その代わり、」 「なに」 「俺の頼み、一つ聞いてくれよ」 端整な顔立ちが、にやりと笑みを作った。 保温したオーブンにケーキの土台と飾りつけとなるものをセットし、「よし」と純は満足げに言った。茜が隣で興味津々にオーブンの中を覗く。 「あとは焼き上がるのを待つだけ。飾りつけは一緒にやろな、茜」 「焼き上がるまでどんくらい?」 「二十分くらいかな。時々見といてや」 「よっしゃ」 純はにこやかに茜の頭を撫でた。 「さて、と」 ちらりと伊於を見ると、階段のところで待っている様子だ。 一緒に二階へ上がるのを待っている。 「なあ、幹田、本気なんか?」 「大体ね」 「なんで俺がそんなことしないといかんの」 伊於はにやにやと笑う一方、純は疑い深そうな顔をする。 オーブンは茜にまかせ、気の乗らない足取りで階段を上がり、伊於の部屋へ入った。 前次 [戻る] |