高校生 十一 その少年が現れると、真夜中の月のように人々の目を惹き付ける。 彼には天性の才能があった。誰もを魅了する、特別な人間にしか備わらない才能が。 そして、 天性の残酷さと、 冷酷な、 美しさ。 神内は不思議な恐ろしさがあった。大人達でさえそれを感じとった。 伊於は恐ろしいと感じるよりも前に、神内自身に強烈に惹かれた。 皆が敬遠し、されど注目し、ひきよせられてしまう神内の持つ魅力、強さ、彼の美しさに、何よりも強く憧れた。 伊於が神内のことを知ったのは中学に入ってからすぐだった。 同級生達は誰もが神内のことを噂した。彼は在学している間から既に伝説となっていた。 伊於は、彼と直接話すより前から彼のことを知っていた。学校内で、遠くから彼を見つけることがあったのだ。 遠くからでも、彼はすぐに分かった。実際話したことがなくても、耳に入ってくる噂で、あの少年が神内なのだと。 伊於は、純粋に、綺麗だと思った。 明るい色の髪色や、自信に満ち溢れた少し冷たい眼差し、端整な顔立ち、それらも勿論綺麗だったが、伊於は、神内の存在そのものに、とてつもなく惹かれた。 初めて話したのは… 音楽室だ。 神内がたった一人でピアノを弾いていて、偶然音楽室に入ってきた伊於は、初めて彼一人を間近で見たのだった。 彼はすぐに振り返って、演奏を続けたまま伊於のことを視線も逸らさず見つめた。 伊於は、緊張することもなく、不思議な恍惚感に包まれていた。 あの時彼が弾いていた曲…あれは何だったのだろう。いまだに分からないままだ。 彼は最後まで曲を弾き終わると、伊於を再び見て、ふっと笑った。その時初めて伊於は心臓の高鳴りを聞いた。 「変わった顔つきをしているな」 伊於は首をかしげた。変わった顔つき? 「お前、オレのことを知っている?」 「…知ってる」 「なんて知ってる?」 「…綺麗な人だと……」 「ふっ」 思わず口走った言葉に、恥ずかしさを覚える間もなく神内の微笑に魅了されていた。 彼の微笑。なんともいえない魅力に溢れていた。 目元にちりばめた小さな皺、射るような瞳が輝くのが何より魅力的だった。 「お前のこと、気に入ってやるよ」 彼はそれだけ言って、音楽室から出ていった。 伊於は圧倒的な幸福感に暫く動くことができなかった。 彼の一言は、この短い瞬間で、伊於の内側の何かを見つけてくれたのだと思わせた。それがなにより幸せだった。 それよりも、伊於の気づかないところで神内に惹き付けられていた心が、今彼を愛したのだ。 それから、伊於は常に神内の近くにいた。 恋ではなかった。けれど彼への感情は、単なる好意ではなかった。 家族愛や、友愛とは違い、憧れや羨望に近く、信仰心とも違う、愛情の感情だった。 彼は異常なところがあったし、欠点も山程あった。 だが、神内には根本的な特別さが、人を憎ませ愛させる、全くの才能があったのだ。 純と神内先輩が違うのはそこだ。 伊於は昔のことを思いながら、純のことを考えていた。 神内先輩を慕うことに躊躇いなど必要なかった。だが純へ抱き始めたこの感情に対して、伊於は不安を感じずにはいられなかった。 神内先輩のように、特別なところなど何もない少年。 大勢の中では霞んでしまうような、普通の少年。 同性の、自分のような男が、愛する理由など、見つからないような、そんな少年。 確かに神内先輩を愛したような理由とは全く違う。 純に憧れるわけではない。 羨望ではない。 それよりももっと、もっと、強烈な、感情。 「…いやだ」 伊於は自分の腕を強く握りしめた。 今まで知らなかった自分が、強い自我を持って目覚める。 ずっと、瞼を閉じ、ひっそりと眠っていた、奥深くの自分の一部が。純の存在が呼び起こした、自身の中の自身。 今伊於は、そんな自分と視線を合わす自信がなかった。 一人の人間を欲してやまなくなる不安に、耐えることなどしたくなかった。 彼を愛する幸福と、彼に愛されない不幸。 純に、心が支配されること。 彼を愛しても、いつか純が去ってしまうこと。 考えただけでぞっとする。 だけどもし… もし、純が愛してくれるなら。 彼の微笑、彼の言葉、仕草のひとつひとつが、自分だけのために与えられるなら。 彼を思いきり抱き締めることができるなら。 純のことを抱き締める。 そう考えると、いきなり胸が熱くなった。 ああ、もう遅いのだ。 彼を、愛してはいけない。 きっと、決して。 けれど、もう、俺は、 きっと 純を欲してやまない。 もう、手遅れなくらい。 前次 [戻る] |