高校生 十 君は、本気で誰かを好きになったことがある? そう問われた時、凍り付くような感覚が襲ったあの感情を、俺は今も恐れている。 両親が離婚した当時は、それなりに混乱した。 それまで信じていたものが、崩れてしまうということだったんだろうか? 純は幼かったけれど普通に両親は愛し合っていると思っていたし、二人とも同じくらいに自分を愛していてくれていると思っていた。 きっと理由は複雑なくらいに絡み合っていたんだろうが、二人はそれほど揉めることもなく別れた。 幼い純は母は出稼ぎに行くのだ、くらいにしか思っていなかった。実際、母は仕事が好きな人だったから。 だけど母は帰ってこないものなのだと悟った時には、純は少し大人になっていて、悲しむ暇があまりなかった。 どうやって悲しめば良かったのか、あの頃は分からなかったのかもしれない。 純の家庭の事情には、面白いくらいに純の感情の入り込む隙がなかった。 父の卓巳は、十分に愛情を注いでくれたと思う。母も、会うことはあまりないが時々手紙をくれる。 世の中に溢れる苦しみに比べれば、自分の不幸なんて取るに足りないものに過ぎなくて、これくらいのものが不幸だなんてぶら下げるつもりもない。 だけど、時々、 今までどうやって生きてきたのか分からなくなる。 十七年という、あまりに短い時間を、その、猥小さを、呪いたくなる。 自分は、一体、誰にとって、どういう存在だというのだろう? 自分という存在は、誰かという対象によってしか、確かめることができないのだろうか? 一体何のために生まれたのだろうという、ありふれた疑問を、大人達はどうやって理解を得たのだろうか。 それとも、俺はそんなことの答えを知らず、「そんなこと」と言ってその内忘れてしまうのだろうか。 誰かを本気で好きになったことなんてない。 「愛している」と囁く感情なんて知らない。 自分がいつか、誰かの耳元に、優しく、泣きそうになりながら、そうやって繰り返し呟く日がくることも、 想像できない。 優紀さん、あなたが俺を求める度、泣きたくなるのだ。 あなたを悲しませていると理解するから。 もし、優紀さんが俺を壊したいと言うのなら、俺はそれでもいい。俺は目を閉じてその手を受けとめたいと考えるだろう。 あなたが悲しむくらいなら。俺は彼に壊されて、消えてしまってもいい。 彼の、打ち震えた、切れ切れの、悲しみに満ちた声を耳元で聞くくらいなら。 どうして、俺は 彼を愛せないのだろう。 純は自らの顔を覆った。 そうじゃない、俺は、愛するのが怖いんだ。 純は愛することについて臆病だった。 だけど、誰かを愛したい。心の底から、純粋に。 そして愛されたい。心の底から愛した人に、本当の意味で愛されたい。 そんなことは当然の願望なのに、純は容易に受けとめることができなかった。 まるで、一種の罪悪のように。 優紀さんに嫌われたくない。 彼の心を受け入れることができればどんなにいいだろう。 けれど俺は…幼い。 幼いのだ。 誰かを本気で愛していると言うには、早すぎるくらいに。 彼はきっと俺を憎むときがくるだろう。 彼を愛する勇気がない俺のことを。臆病で、幼稚な俺を。 俺は、ただ誰かに傍にいて欲しいだけの、ただの子供に過ぎないのかもしれない。 だが、与えられたままの関係に甘んじるままでいられるほどの子供でもない。 「一人でだって、生きていける…」 そう信じていたかった。 前次 [戻る] |