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高校生

「久しぶりだね。最近イオ君、店にも来ないから」
彼が微笑むと懐かしい気分が甦ってきた。よくこの笑顔で伊於や仲間達を迎え入れてくれた。
神内とはまた違う意味で、この人のことも大好きだった。

瑞希は、「Finalement」という神内や伊於達が溜まり場にしていたカフェの副オーナーで、伊於達を気に入ってよくサービスしてくれたり一緒に話し込んだりして過ごした。
彼は線が細く物腰が柔らかで、一見女性のようにも見える中性的な青年だった。
年は近く若いが雰囲気や言葉遣いは伊於よりずっと大人のようだった。なんだか実の兄のように、伊於にとっては珍しくなついて、彼も弟のように可愛がってくれたのだ。

「最近はどうしてるの?
カメラは撮ってる?」
そして、伊於がカメラ好きだということを話した数少ない人でもある。
「俺、また撮り始めたんだ」
伊於が少し照れ臭そうにすると、瑞希は瞬いて嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「それはいい。俺、イオ君の写真大好きだからね」
瑞希は昔から伊於の写真が好きだと言っては、プロになることをすすめていた。本当に嬉しそうにしてくれているのが、伊於には面映ゆかった。

「そうだ、これから店に来ない?
休店日だけど、特別に一杯作るよ」
と、瑞希は伊於の腕をひいて歩き出した。伊於も久しぶりにあの店に行きたくなって、そのままついて行った。


「Finalement」の看板が降りた、イギリスのパブを思わせるような古い外観の店。ドアにかかった札を閉店のままにして、瑞希は伊於を中に招いた。

内装はアンティーク調の家具があり、まるでアンティークショップのようで、カウンターと酒が陳列する棚がなければ一見、barやカフェには見えない。

伊於はカウンターに促されて座った。この店は昼はカフェになり夜はbarになる。瑞希は殆ど昼勤めなので、酒を注ぐことはあまりない。

彼が淹れる珈琲はとにかく絶品だった。酒なんて飲み慣れた不良少年達が珈琲を飲むために通った程なのだ。
伊於も普段珈琲はあまり飲まないが、瑞希の珈琲だけは特別だった。

濃厚な薫りが魅了した。舌が焼ける程熱いのに旨い珈琲を二人分淹れ、ジャズ調の曲を流し、瑞希は伊於の横に座った。

彼が隣に腰かけた時、艶やかな香りがした。香水なんて詳しくないが、瑞希には香水がよく似合う。
「最近はどうしてたの?」
寛いだところで、瑞希はまどろむように言った。この人は時々くらっとするような色気を醸し出す。

瑞希のしっとりした雰囲気や色気、するりとかわされてしまうような意味深な素振りに、客は男女関わりなく悩まされるものだ。


「最近……? 特に変わりない」
「本当に? イオ君、少し雰囲気変わったよ」
伊於は若干ぎくりとした。どうしてこう鋭いんだろう。それとも、過敏になっているだけだろうか。
「変わったって、どこが?」
「う〜ん、なんだろうねぇ。顔つきが柔らかくなったっていうのかな」
「なんだそれ」

瑞希はにこりと笑んで、「なんだか今のイオ君、結構好きだよ」と言った。
伊於はなんだか落ち着かなくなって、誤魔化すようにカップに口をつけた。

「でも、前のイオ君も好きだなあ。中学生のくせに変な迫力あってさ、大人もちょっと圧倒されちゃうようなところあったよね。
でも神内には犬みたいになついちゃって、可笑しかったな」
くすくすと笑う瑞希に対し、伊於は少々複雑だった。笑われる筋合いなんてないし、そんな風に見られていたなんて気恥ずかしい。

伊於はどちらかというと小さな狼だろう。年上でも伊於の扱いには戸惑うところがあった。
幼さの残る顔でありながら、奇妙な迫力があり、どこか「普通」とは相容れないようなところがある。
昔から学校で馴れ合うような性格ではなくて、伊於のちょっと変わったところを神内は気に入ったのだ。

どこが変わってるのか、と伊於が自分で神内に尋ねたとき、彼は「さあ?」とあっさり流した。
適当だなあと伊於は憮然としていたが、そういう言葉にできない部分というのは誰にでもある。

純もそうだ。彼はちょっと変わってると思う。
だから、クラスでも一線を置いているようなとこがあって、自分みたいな奴と話したりしたんだろう。
純と妙に波長が合うと知ってから、少しずつ彼に惹かれていった。最初はどこにでもいるような奴だと思っていたのに、何故か彼はすんなりと伊於の心に入り込んできた。

どうしてなのだろうか。
何の接点もなかった筈の相手なのに、今、確かに純が心に棲んでいる。

彼に会いたいと思う。彼の顔が見たいと、ひたすら胸が切なくなる。
傍にいないというだけで、どうしてこうも、彼を求めるのだろう。








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