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高校生
十四
純は驚きのため声も出なかった。堺は純の頭の後ろを掴み、もう片方の手で純の手を握った。
押し付けられる唇は、純の唇を優しく食む。純が僅かにもがくと、唇を離した堺は瞬きして純を見つめ、また口づけた。

純は苦しげに目を細め、堺の肩のシャツを掴んだ。抵抗とも許容ともとれないその仕草さえ、堺の胸を締め付ける。

唇を離し、堺は純の肩口へ顔を埋めた。純の香りがすることだけで泣いてしまいそうだった。
情けない。なんて弱々しいことだろう。
よりによって純にこんな姿を見せてしまうなんて、滑稽だ。
掌の中の純の手が震えているのが分かった。
昂る胸に堪らず深く息を吐くと、純の体がびくりと揺れた。薄い体を抱いて、密着させる。肩のシャツを掴んだままの純の手に力が籠る。

どうして、これだけのことに、こんなにも愛しさが込み上げてくるのだろう。


純は抱き締められたまま、固まってしまった。堺の鼓動が密着した胸に感じることが、異様に緊張した。
すぐ近くに堺の頭がある。堺がどんな顔をしているのか分からない。彼の吐息を耳の後ろに感じて、思わずシャツを掴む手に力を籠めた。
どうすべきか分からなくて、目を閉じた。



蝉が、哭いている。



さっき、一体何を言おうとしていたんだっけ。
段々と落ち着いてきた純は考えた。
図書室にいる人間は、誰もこちらを見ていない。そもそも目立たない場所なので、誰かに見られる心配もなかった。そのため激しく抵抗する気も起きなかった。

時間が経っていく。
堺は声もなく純を抱き締めて顔を隠しているままだ。


忘れてしまうことを、恐れる。
その言葉は、純にもよく分かる。きっと堺ほどに恐れているわけではないだろうけれど。
大人になってしまうということは、今自分の内側を占めるあらゆることの意味が変わってしまうということなんだろう。
圧倒されるような時間が、あっという間に過ぎ去ってしまう。大人になるにつれてその速度は早くなる。
今大事にしているものが、変わっていく恐ろしさ。

誰かを愛するとは、そういうことなんだろう。


「...優紀さん、俺...
俺は、忘れないよ」
純は低い声で、肩口の堺へ語りかけた。
「時間が去っていって、この場所がなくなったとしても...俺の中にはこの場所や、今流れている空気が、存在している。
それが俺の一部となっているんだ。今この瞬間だって」

堺の体温、蝉の声、図書室の静けさ、この切ない苦しみ。
現在目に映るものや、肌に感じるもの、耳に触れる音が、自分を形作ったものであることを、いずれ知るだろう。


堺は顔をゆっくりと上げて、純の目を覗き込むように見つめた。澄みきった眼差しは、静かで、悲しく、美しい。
堺のこの眼差しが美しいと感じたこの気持ちだって、純は自分の一部になることを知っている。
堺は純の表情が穏やかで優しいことに見とれた。

どうして大人じゃないんだろう。
大人になることを恐れながら、そう思うのだった。
大人だったなら、この愛情に圧倒されるだけの幼稚な感情が、行き場を定めることもできるかもしれないのに。
堺は先程純の唇を昂りのままに塞いだことを、恥ずかしく思ったが、それでも、あの口づけを純が忘れないだろうと考えると充たされた。

純は、唇にまだ感触が残り、熱を持っているのを感じた。


少年の感情は、真剣に哭き続けるこの蝉の声のように痛ましく、純然としている。
堺も純も、顔を見合わせながら、お互いの瞳の奥にあるあらゆる痛みや美しさを、いつになっても忘れないために、頭の中へ納めようと目を逸らさなかった。
そしてそこには、お互いに自分の姿が映されているのだった。
質は異なれど、愛しく思う少年の瞳に、二人は自分の姿を見出だした。






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