過去拍手
せめて夢だけでも
昼間はまだ暖かい日もあるが、夜は随分と冷え込むようになった。
寝る際には布団を頭から被って寝るようになった。そうすれば大抵朝まで温かくいられる。
が、この日は少し違っていた。
温かいはずの布団がやけに冷たいのだ。
おかしいのはそれだけではない。
足が何か堅いものの上にある。感触を確かめると、それは畳だった。

(何だ…畳か…。)

「…………畳!?」

あり得ない状況に寝ぼけていた楓の頭は一気に覚醒し、勢いよく体を起こす。
自分で言うのも何だが、生まれてこの方布団から体がはみ出るなんてことは殆んど経験したことは無い。
慌てたように体を確認してみれば、見慣れない手足が伸びている。
大きく骨ばった手、布団からはみ出た足。

「なんじゃこりゃ!?」

声も以前より低くなっているようだ。
鏡で自分の顔を覗いてみると、そこには大人びた自分が目を丸くさせてこちらを見ている。
どうしたというのか。散々努力をしても駄目だったのに、起きたら成長しているなんて。

「…どうしよう。誰に報告…。」

ぱっと頭に浮かんだのは蓮だった。
彼女ならきっと一緒に喜んでくれるに違いない。
早速出かけなければならないだろう。

「どうやって行くんだよ。」
「楓、早く起き…な…いと…。何、その格好?」
「うぉ!?いきなり入ってくるなよ、もう!」
「その姿どうしたの?」

楓の怒りを受け流しながら、紅葉は楓の頭から足の先まで視線を何度も往復させる。
昨日まで子供の姿だった自分の弟が一晩で大きくなっていたというのに、驚いた様子がまるでない。
楓はつまらなそうに言う。

「何か言うことはないのかよ。」
「…微妙。」
「はぁ!?微妙ってなんだよ、微妙って!!」
「まあまあ。それより、蓮ちゃんに見せに行こう。」
「あ、ああ。でも着物がないんだけど。」
「ちょっと待ってて。」

言い残し、紅葉は一旦部屋を後にした。
布団で待っていると、漸く紅葉が戻ってきた。その手には父親の着古した着物がある。
丈を直してきたのだろう。来てみると楓に丁度いい。若干縫い目がバラバラだが、彼女の優しさが今は嬉しい。
着替え終わると直ぐに診療所へ向かった。柊と蓮が驚くのを期待して。
診療所へ着くと、どうやら先客がいるようだ。

「あれ、葵さん?」
「あら、紅葉ちゃん。……と、誰?」

葵と蓮、柊は紅葉の隣の男を不思議そうな目で見つめる。

「これ、楓なの。」
「楓君!?」
「どうしたんですか。何か悪いものでも――」
「違うよ!今朝起きたらでっかくなっていたんだよ。」
「これはまた…。楓君ったら美青年だったのね。今度御座敷に―――」
「行かないよ!!」

妙に引っかかる言われようだが、三人が驚いてくれたのは、正直嬉しい。
やれば出来る所を見せられたのが一番の収穫だろう。
しかし、柊が紅葉と同じことを言う。

「確かに美青年なんですが、微妙ですね。」
「…。」
「そうですか?私はいいと思いますけど。」
「分かる気がする!背丈が微妙なのよね。」
「どういう意味だよ!?」
「大きくなっても視線は私と同じだものね。」
「で、でも双子だし…。」

蓮が庇おうとすればするほど惨めな気がするのは、決して気の所為ではないだろう。

「美青年というよりも微青年?」
「なるほど。美青年の“び”は微妙の“微”だったんですね。」
「ちがぁぁぁう!!!」






「微妙ってなんだ!?………あ?」
「大丈夫?」

がばっと起きると、傍らには紅葉がにこにこしながら座っていて。
辺りを見回してみると見慣れた天井、見慣れた箪笥、見慣れた部屋がそこにはあった。
ここは診療所ではなかったかと、ぼうっとした頭で必死に考える。

「寝ぼけた?」
「あ、うん…。」

朝ご飯だよ、そう言うと紅葉は部屋を出て行った。
その背中を見送り、手を握ってみたり、足を曲げ伸ばししてみたり。
鏡を覗き込むと普段通りの小さい自分が変な顔をしてこちらを見ている。何も変わっていない。
楓は少しがっかりしながらも、そっと胸を撫で下ろした。


[*前へ]

あきゅろす。
無料HPエムペ!