過去拍手
狐の餞
「こんな所で何をしているんです?」
「餞を。」
「そんなことをしても死者は還って来ないんですよ?」

嘗て住みかとしていた、今では更地となり果てたそこに花と線香を供え、手を合わせる。
思い出のこの地からは確かに懐かしい香りが残り、それでいて不思議と涙は出て来ない。
彼女の中では既に過去のものになっているらしい。
しかし一向にこの場から動けずにいるのは、何も出来なかったことへの後悔か、はたまた贖罪のためか。
何を悔み許してほしいのか、彼女にも分からないのだけれども。

「分かってるんです。私に出来ることなんて何もなかったって。今何もしないのも辛くて。」

唯の自己満足です。声だけで笑う彼女がどんな顔をしているか、彼からは見えない。が、きっと泣いているだろう彼女の頭をそっと撫でてやれば、彼女は顔を俯かせてしまった。
顔で笑って心で泣くのが人間だと言っていたのは誰だったか。酒の席でのことだった気もする。
随分と面倒臭い生き物がいたものだとその時には思ったものだが、それを目の当たりにすると、なるほど、確かに器用な事をする。
それなら半分は人の血が流れる自分にも出来るだろうか。
(無理、でしょうね。)
彼には不可能な事を、非力な彼女は難なくこなしている。ならばせいぜい

「笑いなさい。花だの線香だのより余程餞になります。」
「はい。」

彼女の返事を白煙が空へと運んでいく。


































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