一.後悔 俺、死ぬかもな…。 恐怖心すら麻痺した頭で、ぼんやりとそんな事を考えた。 悔しいだとか、怖いだとか、いつか見ていろだとか、誰か来てくれだとか。 そんな感情は全て俺の中を通り過ぎ、今は何も残っていない。 身体中の痛みすら感じなくなってきて、死というものがいよいよ身近に感じられた。 平太が山賊に捕まった。 そう聞いた俺は、何も考えずに走り出していた。 あの臆病な平太が、何故一人で学園の外にいたのかはわからない。 ただ怯えて泣きじゃくる平太の顔が脳裏に浮かんで、 俺が助けてやらなければと、それしか頭になかった。 相手はたかが山賊だ。 何人いようが敵じゃねぇ。 そう考えた俺は今思えば、見事なまでに三病に掛かっていたんだ。 山賊のアジトに単身で乗り込んでみれば、敵は三人。 確かに『ただの』山賊だったら勝てただろう。 でも奴らは全員、元忍者だった。 落ちぶれたとはいえ、つい最近までプロの忍者として働いていた奴らが相手では、一人でかなう訳がない。 かろうじて平太を逃がしはしたが、俺はとっつかまってこのザマだ。 何が学園一の武闘派だ。 子供を売ろうとしていた奴らは平太を逃がした事に激怒して、その怒りは全て俺にぶつけられる事になった。 後ろ手に縛られて、殴る蹴るを繰り返される。 刃物を使わないのは俺で遊ぶ時間を長くする為であって、決して情けなんかじゃない。 瞼が腫れて、眼が開かない。 口に溜まった己の血を、吐き出す力も残っていない。 腹を蹴られて全てを吐き出した俺の中には、もはや何も残っていなかった。 足も、腕も、指すらも…動かす力は、もう出てこない。 だが…やがて、そんな時間にも終わりがやってきた。 俺は拷問を受けている訳じゃない。 奴らに有益な情報など何一つ持っておらず、憂さ晴らしに使われていただけだから。 その憂さが晴れれば、用済みだ。 一人の男が、刀を抜いた。 その顔には気持ちの悪い笑みが浮かんでいる。 俺が泣いて命乞いでもすれば、また奴らは喜んだのかもしれないが、 俺の中に、そんな感情など欠片も残っていなかった。 唯一、感情が残っているとすれば、それは後悔だ。 ここで死ぬことに対してではなく、俺の浅はかな行動のせいで、平太に俺の命を背負わせてしまう事が悔やまれる。 すまない…。 お前は悪くない。 だから、どうか気に病まないでくれ。 祈りにも似た気持ちで、そっと目を伏せた次の瞬間だった。 「けま…せんぱぁい…」 聞こえるはずのない声が聞こえて体が震える。 腫れて動かない瞼をなんとか持ち上げ、体をよじって視線を上げると、奴らに捕らえられた平太の姿があった。 「へ、た……?」 まさか…そんな…。 逃げられなかったのか!? 悔しさのあまり、視界が真っ赤に染まった気がする。 その中で、俺を見た平太が目を見開いたのが分かった。 「けま、せんぱい…けませんぱいっ…げまぜんばぁいっっっ!!」 俺を呼ぶ声が、心配の色を帯びていく。 それは今までに聞いたことのない、心が張り裂けそうな声だった。 情けねぇ…。 後輩を助けに来たはずなのに、こんな風に心配されるだけだなんて。 「いって! このガキっ!!」 平太が何をしたのかはわからない。 ただ、そんな声が聞こえた次の瞬間、 俺の体は揺さぶられ、目の前には顔を覗き込む濡れた瞳があった。 「けませんぱいっ! けませんぱぁいっ!!」 ゆさゆさと揺すられる体。 だが俺は、平太を安心させる為に微笑む事すら出来なかった。 「どけっ!! このクソガキっ!!」 「うぁっ!!」 平太の小さな叫びと共に、視界から不安げな瞳が消える。 そして次の瞬間、俺の体を衝撃が貫いた。 どんなに反省していても、 どんなに後悔していても、 『死の瞬間』は容赦なく訪れるのだと。 気付くのが…少し遅かったようだ。 [次へ#] |